6.憧れの色
コンコン、と鳴った音にライナスは顔を上げた
「失礼します、ガーランドです」
彼が応じればすぐに扉が開く。次いで入室したのは二人の人物だった。
その片方に目を留め、ライナスがわずかに目を細める。
「士官学院四年生、フェルシア・グローリーブルーです。オリヴィエ少佐、このたびは貴重な機会をいただきまして感謝を申し上げます」
ライナスも立ち上がって微笑んだ。
「我が隊へようこそ。グローリーブルー君、待っていたよ」
「ありがとうございます。どうぞフェルシアとお呼び下さい」
会うのは先月以来だ。彼女はやはり静かな表情で己を見つめる。
フェルシアと握手したライナスはさっそく例の件に言及した。
「それからその服、似合っている。…よくできているな」
後半はその背後にいる部下に向けて、だ。すると、当のルルリエは誇らしげに口を開いた。
「はい。報告の通り、前式がベースになっています。なるべくシンプルに仕上げたのですが…」
いかがでしょう?との声にライナスはフェルシアを再度眺める。
「後ろは…ああ、今と同じか。いい感じだ」
背を向けた姿も違和感はなく、彼は頷いた。
フェルシアが今着ているのは詰襟と青色の特徴的な下士官服だ。
といっても一代前の意匠をアレンジしたもの。何かフェルシアに歓迎の意を示したくて、ルルリエに相談し手配した。
それにこれから一ヶ月間、学生服のままでは隊に馴染み難かろう。
(やはり彼女にはこの色が似合うな)
ライナスはしみじみとそう思った。
セラン・ブルー。紫がかった、深みのある鮮やかな青。
フェルシアの故郷、グローリーブルー領原産のセランという花から抽出される色だ。そのため、別名グローリーブルーとも呼ばれる。
軍服がこの色になったのは数百年前だ。国軍を創設したグローリーブルー家を表敬し、一門を象徴するセラン・ブルーが用いられるようになった。
これは今も昔も変わらぬ国軍の誇りだ。
そしてさすがというか、当たり前か。この色がフェルシアに似合わぬわけがない。
真っ白な肌や白銀の髪によく映える。特に彼女の左眼はセランの花色と瓜二つだ。生地よりも少し薄いそれが、隣の赤とそろってぱちぱちと瞬く。
その見事な調和に、ライナスは表情を変えないまま感心した。パズルのピースがきっちり嵌ったような、非常な満足感を覚える。
フェルシアは正真正銘、栄光の青の所有者だった。
「着心地はどうだ?」
「問題ありません」
短い答えにも「それは良かった」とライナスは微笑んだ。
「では閣下、説明をしても?」
「ああ。二人とも座ってくれ」
ルルリエの声を機に、三人で室内のソファへ移る。最後にフェルシアが座ると、書記官殿はテキパキと書類を配ってから喋り始めた。
「………と、こんなところでしょうか。少佐、何かございますか?」
しばらく説明が続いた後、問われたライナスも顔を上げる。「特にないな」と答えればルルリエは逆側へ水を向けた。
「フェルシアはどう?」
「はい。よろしいでしょうか?」
そうしてフェルシア達がやりとりする間、ライナスは日程表を捲りつつ、その様子を観察していた。
いよいよ実習が始まるが当の彼女は相変わらずだ。上官のそろった場でも平静を保ち、その心の内は見えない。
しかしさすがに緊張するのだろう。やや言動がぎこちないか。
そのささいな変化を捉えながらライナスは考える。そもそもフェルシアはどういう性格なのだろう、と。
年齢に似合わぬ落ち着きぶりだが、これが子供のころからなのか、後天的かもわからない。
生い立ち以外の人となりや、普段何を考え、どんな事で喜び、悲しむのかも。己は何も知らない。
なのでまず自分は、この一ヶ月を通してフェルシアという人間を知らねばなるまい。
彼女は基本的に己の書記官、ルルリエについて行動してもらう。おのずとライナスといることも多くなるため、そのうちに見えるものがあるといいが…。
ライナスがそう思っていると、話し終えた二人が立ち上がる。
「では少佐。行って参りますね」
「ああ、気を付けて行きなさい」
それに右手を上げれば、始めの予定のため彼女達は去っていく。
扉の閉まる音がして、ライナスも執務を再開しようと立ち上がった。