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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
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7.続・気にする人々

 その邂逅かいこうはライナスの所属する基地内にて起こった。


 元帥室から廊下へと出た彼が目にしたもの。それはちょうど角から向かってくる人の姿であった。

 ライナスも避けずに出迎え、ますます歪む顔へ笑ってみせる。


「お久しぶりです、ウォルフ中佐。お元気でしたか」


「お前、まだいやがったか」


 この相手は入軍時から「さっさと辺境の配置を希望しとけ。もしくは隠居して領地でも守ってろ」と言ってくるので、これくらい普通の挨拶だ。


「ええ。閣下もお元気そうでなによりです」


「チッ。お前の顔がなけりゃもっと『お元気』なんだよ」


 ウォルフの荒い口調にも、ライナスは「相変わらずだな」と思うのみ。

 会うたびの嫌味は流すようになって久しく、階級や爵位、過去に学院で彼が先輩だったことをも考慮すれば特に違和感はなかった。


「この間はお会いできず大変申し訳ありません。手紙をいただきまして助かりました」


「本当だな。男に待たされるなど、不愉快極まりなかったが?」


「ああ…。奥様とご一緒でしたのにご挨拶もできず残念でした」


「いらん。お前は会わなくていい」


 去年、ウォルフはかねてよりの婚約者と結ばれた。だがそれが琴線に触れたのか、彼はまた嫌そうにして話題を変える。


「…そういえば、お前のところの猿だが」


 その比喩ひゆにライナスはすぐさま意味を察した。が。


「すみませんが閣下。一体どなたのお話でしょう?」


「お前のとこに住みついてる白っぽい猿だ」


 これは意趣いしゅ返しだろうか。さっき自分が彼の妻の話をしたから…そう気付きながら、ライナスは仕方なく一つの名を出した。


「…まさかフェルシアのことでしょうか。彼女が何か?」


 ウォルフの正門部隊の新任下士官はたった四名。全員名前と顔を憶えているくせに、彼は己に言わせたかったらしい。


 しかしさっきから「猿」と連呼されているが、一体どういう意味なのか。湧き上がる疑問を抑え、ライナスは相手の言葉を待った。


「あいつは来た日から色々とやらかしていてなあ…。知ってたか?屋根に飛び移って物盗りを捕まえた、とかな」


「…いえ。それは知りませんでしたね」


 唐突に始まった暴露にもライナスは微笑みながら返す。その内心、突飛で活発なところのある彼女ならやりかねない、と納得さえあったが。


 ライナスは保護役としての状況把握も兼ね、定期的にフェルシアから話を聞くようにしている。

 だが彼女は、大抵のことを「訓練をしていました」「命令に従い、仲間と協力してやりとげました」と言うばかり。

 ライナスとしても彼女が困っていれば手を貸すまで、というスタンスで話を聞いており、詳しく尋ねたのは例の崖登り訓練が初めてだった。


「店の二階から飛び降りて痴漢野郎に圧しかかったこともあったな。怪我して帰っただろ、腕に」


 そう言ってウォルフに示されたのは右肘で、ライナスも「ええ」と頷く。

 さすがに怪我をしたのは知っていたが、これも真相は初耳である。フェルシアは「容疑者を取り押さえるときに一緒に倒れてしまって…」とだけ言っていた。


「先週は暴走馬車に飛び乗って無傷で帰ってきやがった。車は木っ端微塵(みじん)だったが、あいつなぜか馬は連れて帰ってきて、全員開いた口が塞がらねえの」


 どうせ「さっさと追え!」と言ってやらせたのだろう…と、さっきからライナスは「それをあなたが言うんですか?」と言いたいのを耐えていた。ここまで続くとその無茶を容認している風にしか聞こえない。


「笑うよなあ…。あれは野猿か?普段どんな教育してる?それともあの家の人間は全員ああなのか?」


 あれは異常だ、と楽しそうにうそぶく声。そこにフェルシアを責める様子はいっそない。

 フェルシアが正門部隊に着任して早四ヶ月。彼女は高所も暴れ馬も恐れず、この自由な上官のもとで、日々ずいぶんと本領を発揮しているらしい。


「…確かに、彼の一族は昔から有名です。閣下が感心を持たれてもおかしくないでしょう」


 ライナスは予想が当たったと思うばかりで、淡々と返した。


「しかし…部下の管理は上官の役目です。突飛かつ独断性の高い行いを許していては、閣下の尊厳に関わるのでは?」


「それがおもしれぇ。他の適当にやってる奴より日々の余興くらいにはなるだろうが」


 本心と揶揄いが混じって、もう滅茶苦茶な返答だ。

 それでもライナスはウォルフの性格をよく知っていた。これは…一線は越えずとも、線の内側いっぱいまでフェルシアを弄って遊ぼうとしているのだ。そう気付いたライナスは溜息をつきたくなった。


 だがそこで次の予定もあり、相手に釘を刺しつつ話を切り上げようとしたのだが。


「他には、喋らせても暇つぶしになる」


「はい…?」


 そういえばまだあのことを聞いていない。ふと思い出したライナスが身構えれば、()()()が始まった。



「たまにお前のことを聞くと、必死になって『事実無根です』『憶測はやめてください』とか言うんだよな、あいつ。おい……本当に大丈夫か?…ふっ…」



 吹き出すように笑われて、ライナスは今すぐ立ち去らなかったことを後悔した。これは無駄な揶揄からかいを聞いた、そう思うばかりだ。


 しかも昨夜は妹のステラまで己に似たような話をしてきている。二人とも揶揄やゆするくらいなら黙っていて欲しいし、ウォルフなど思いっきり笑っているのだが。


「普段は静かなもんだが、お前と付き合ってんのかって聞いたら目の色変えんだよな。『訂正を求めます。少佐のご威光に障りますので』だと。良かったな、愛されてるなあ?」


 フェルシアの言っていた通り、いまだにウォルフとの攻防は続いているらしい。だがそれはライナスにとって盛大な皮肉でもあった。


「あいつにお前はどう見えてんだ?神か何かか?このままいけば、お前が誰と付き合おうが結婚しようが、手放しで喜ぶんじゃねえか?…ふ、…笑わせてくれるよなあ……」


 …いやあ、大変だな?と。


 フェルシアが己へ一切()()()()興味がない、ということを的確に把握してのあざけり。

 ウォルフの鋭い容貌もあり、歯を見せて笑う表情は悪意たっぷりだ。自分と彼女のすれ違いを知ってから言いたくてたまらなかったのだろう。


 いつしかライナスまでもが彼のおもちゃにされていた。

 これを解消するにはフェルシアとの仲を進展させるしかないが……おそらく彼女はかなり鈍い。例え両想いになれても、フェルシアがウォルフの下にいる限り、己が巻き込まれる展開は続くだろう。


 そんな嫌な未来を見通し、ライナスはこう切り出した。


「さすが、余裕でいらっしゃいますね。中佐」


「あ?」


「そういった小話を延々とされるということは、先週お任せした件についてすでに『整った』と見てよろしいでしょうか?ああいえ、類稀たぐいまれにご優秀な閣下のことだ。聞くまでもありませんね。気が付かず大変申し訳ございませんでした」


「……おい」


「いやあ。今週に入っても知らせがありませんでしたが…心配無用でしたね。卓越たくえつした手腕を持つお方の事だ。まさかもう完了済みとは。私もまだまだでございますね」


 目前のあからさまな「げっ」という顔に対し、ライナスはホッと安堵して見せる。

 本当はこの件は遅延予定と聞いていたが、もはや遠慮はいるまい。


「ちょうど明後日に将官以上へと報告予定なのです。ああ、閣下を催促する羽目にならず安心致しました。…つきましては、明日夕方までに結果をお待ちしておりますね」


 ライナスはそう言って背後の元帥室へ視線をやった。さあ、相手はどうするだろう。


「…くっそ。…お前…」


 すると小さく、しかし心からの呪詛じゅそが聞こえた。


 こんなもの、普通に「まだできていない」と言えばいい。

 だがそう返して、「そうですか…。ご有能な閣下ならば、と期待したこちらが甘かったのですね。お気になさらないで下さい」などとがっかりされるのは性に合わない。相手のそんな葛藤が透けて見え、ライナスは多少溜飲を下げる。


 本当に件の情報が必要なのは一週間後であり、まだ急かす必要はない。だが彼は己とフェルシアで遊んだ報いを少しは受けるべきだ。


 そんな内情を明かさずとも、こちらも意趣返しとさとったウォルフがあからさまに睨みつけてくる。


「……チッ。…口出ししてぇんなら、最低でも俺より出世しろよ」


「何のお話かわかりかねますが…大いに検討しておきます。中佐の貴重なご助言に心から感謝致します」


 あからさまな捨て台詞にも若輩らしく真摯に返す。だが彼の言う通りだ。権力があればあるほど守れるものも大きい。愛しい彼女のためにも着実かつ早急に上へと向かわねば。


 そうして静かに顔を背け合うと、人気のない廊下の両端へ二人の佐官は別れていった。

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