表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
6/114

5.実習初日

 ピチチチ……と遠く、日の出を告げる囀り。

 その音に、自室で寝ていたフェルシアは目を覚ました。けれど室内はまだ薄暗い。


 彼女は身を起こし、そっとベッドから抜け出す。そうして窓辺に立ってカーテンを開くと、夜明けの空が見えた。


 白から紺へ、グラデーションを描く頭上には雲一つない。

 その中でフェルシアは山向こうの色に目をとめた。


 夜闇の名残の藍色。あの美しい瞳と重なる。

 凛と力強いのに静謐で、自信に満ちた彼の眼差し。


 すぐにそう思ったのはやはり今日が特別だからだろう。



 今日はライナスの隊での「特別実習」の初日だ。



 フェルシアがゾエグ公爵と話した後、学院を通し話がまとまって二週間経つ。

 いよいよだ。気を引き締めねばと、彼女は深呼吸をした。



** * * *



 王都中心、王城の隣にあるウェルゴールド基地。


 国内でも最大規模の軍施設のここは、広大な面積を有する国軍の中核だ。門前に立てば、訓練場の向こう、立派に構えた本舎が重々しく圧を放っている。


 馬車を降りたフェルシアは歩道にぽつんと立ち、束の間その光景を眺めていた。


(相変わらず大きいわ…)


 受付のある大門からして圧巻だ。それに間隔を空けて配置された警備兵も、鋭い目つきで辺りを警戒している。


 ここへ来たのは学院の授業以来だ。あの時は同級生と固まって歩いたが、今日は己一人。余計近寄りがたい。


 だがここまできたのだからと、フェルシアは思い切って踏み出した。

 己の容姿は目立つので、そろそろ気付いた兵から「近衛の犬が何の用だ」と思われていそうだ。


 彼女は受付の前に立って学生証を提示する。


「おはようございます。士官学院生のフェルシア・グローリーブルーと申します。本日は…」


「…ああ!聞いてる。ちょっと待ってろ」


 台詞を途中で遮られるがその反応は剣呑なものでなかった。意外に思いながら、フェルシアは去って行く相手を見守る。

 するとほどなくして、門の内側から一人の軍人が現れた。


「どうぞ入ってきて。私が案内するわ」


 それは軍服をまとった女性で、見覚えのある顔だ。フェルシアが挨拶すると彼女は笑顔を見せる。


「この間は挨拶できなくてごめんなさい。私はオリヴィエ少佐の書記官で、ルルリエ・ガーランドよ。これからよろしくね」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ウェーブした茶髪に榛色の瞳。にこっと柔らかな表情をしたルルリエは、確かに以前、ライナスの背後に控えていた人物だった。


 なるほど。書記官だったのかと納得しながら、フェルシアは気になって尋ねた。


「失礼ですが。もしやガーランド元帥のご家族でしょうか?」


「ええ、ミゲル・ガーランドは私の祖父なの」


 次いで「でもあんまり気にしないでね」と困ったような笑み。それにフェルシアは密かな感動を覚えた。


 ガーランド元帥は国軍の現トップ。平民からのし上がった傑物として有名で、国民に英雄的人気のある人だ。その家族に会えるとは、有名人本人にも会えた気分だ。とても感慨深い。


 しかし続いたルルリエの声に気を引き締める。


「…えっと、フェルシアと呼んでも良いかしら?」


「はい」


「ありがとう。私の事もどうぞルルリエと呼んで」


「…いえ。ガーランド准尉と呼ばせて下さい」


「ううん、いいのよ。皆そう呼んでるから」


 ねっ、とまた笑まれる。

 …上官を名前呼びとは、初めての提案だ。しかしここはとりあえず了解しようと、フェルシアは頷いた。


 その後、ルルリエから「まずは少佐の所へ行くわ」と言われ、二人して本舎へ入る。


 階段を上がりながらフェルシアは周囲を見渡した。

 相変わらず質素な内装だ。装飾も最低限で、質実剛健な軍部らしい。


 フェルシアは将来、近衛騎士として王城に務める。だがあちこちに絵画を飾ったうるさ…否、色鮮やかな視界や、貴重品の中で動くのは神経を使うだろう。

 そのため、やっぱり自分には(こっち)の方が合っていそうだ、と彼女が思ったところで。

 階段を上りきって二人は三階へ着いた。すると近くの部屋から男性が一人顔を出す。


「お。来たな」


「あら、テッド」


 近付いてきた彼も見覚えのある人物だ。ルルリエと共にライナスの後ろに立っていた下士官。

 フェルシアが自己紹介すると相手はニッと笑んだ。


「テッド・レイン。少尉だ。この間は災難だったな」


 この間、と言えば学院での出来事だと思うが…。

 フェルシアは意味がよくわからず、「いえ、これからお世話になります」とだけ返した。

 するとテッドも「おう。頑張れよ」と言ってくれたが、フェルシアは怪訝な思いだ。


 さっきから会話が普通すぎる。


 ルルリエといいテッドといい、己への険を感じないのだ。そういえば門の受付でも。

 基地に来てから、フェルシアの想像と真逆の雰囲気がここにはあった。もっと邪険にされるはずなのに。


 一瞬考えたフェルシアは、ライナスが何か指示でもしたのだ、と結論付ける。


 きっと己を警戒させるより、親しげにして油断させた方が目的を達成しやすいのだろう。

 フェルシアが内心そう頷いていると、テッドがルルリエへ言った。


「少佐なら執務室にいるぞ」


「わかったわ。少し準備をして行くから」


 そんな気安いやりとりの後テッドが去る。だが途端、ルルリエがくるっとフェルシアへ振り向いた。


「さて」


 その瞳はフェルシアの首から下、青灰色の学生服を眺めている。

 なんだろう、と不思議に思う後輩へ。ルルリエは朗らかに告げた。



「とりあえず、着替えましょうか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ