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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
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54.帰郷

(わあ……!)



 馬車を降り、小走りで駆けた先でフェルシアは足を止めた。

 眼下に広がる草原。そこにはいくつもの青い花が群れている。細い葉や茎が立ち並び、頂上に開く五枚の花弁も凛々しく愛らしい。


 セランの花畑。こうして自然の中に咲く様を見たのは子供時代が最後だ。あまりにも懐かしく、天色あまいろの下、鮮やかな青がサアッと吹かれる光景は思い出そのままだった。


 彼女が息を止め、立ち尽くしていると声がかかる。


「もっと近くで見たらどうだ?」


 フェルシアは振り返り瞠目(どうもく)した。せっかく手を取り降ろしてくれた相手を、自分はつい置いてきたのだ。


「あ……すみません」


「いいんだ。だがあまり遠くには行かないでくれ」


 苦笑するライナスに恥ずかしくなりながら、フェルシアはまた前を向く。そっと花畑の横に屈み、手を伸ばそうとして。とあることに気付き手を止める。


「触らないのか?」


「……いいのですか?」


 彼女が顔を上げれば、ライナスも隣に膝をついた。その自然な仕草にフェルシアは指先を震わせる。


「さっきから君は変なところで遠慮するな。ここは君の領だ。好きにしたらいい。それに俺も…またあの光を見てみたいな」


 彼女はぱちりと目を瞬かせた。



 「君の領」。そう、ここは……グローリーブルー領だ。



 テュリエールの王都から森を抜け、国境を越えたばかり。途端に二人を出迎えたセランはまさにその徴だった。


(私、帰ってきたんだ……)


 やっと滲み始める感慨に、フェルシアは手を下ろし周囲を見渡した。

 

 ライナスから帰路でグローリーブルー領に寄らないか、と提案されたのは例の湖から帰る時だった。驚いたがフェルシアに断る理由はなく、各所調整をして実現している。

 ハース公爵夫妻には笑顔を向けられ、ウォルフには「お前らもか」と言われて。帰途で離脱する者は他にもいたらしく、意外にあっさり送り出されたのだった。


 視界いっぱいの丘陵、まばらに群生するセランの青色。遠くには樹海や山が見え、それを左手にして向かえば、領民の村や昔遊んだ大木が見えてくるだろう。


 自分にとってかけがえのない場所。この美しい故郷に焦がれ続けて今、ようやく帰ってきた。


「早く姉君にも見せてやれるといいな」


「……はい。ありがとうございます」


 ライナスの言葉にフェルシアも頷く。その気遣いに深く感謝しながら、フェルシアはいよいよ目前の花に触れる。


 瞬間、指先でポウッ……と淡い光が浮かび上がる。


 とてもとても小さな輝き。しかしそれは隣り合う花々へ伝わり、やがて花畑全体が発光すると、ふわりと幻想的な光景が広がった。

 ほんの数秒、視界に穏やかな青い輝きが溢れる。それはとても懐かしく、フェルシアはどうしようもなく胸を締め付けられた。幼少期、家族で笑い合った時間を思い出すのだ。


「……綺麗だな。やっぱり君はすごい」


「そうでしょうか……?夜に見てもとても美しいですよ」


「それも見てみたいな。今度見せてくれるか?」


 その問いにフェルシアは驚いてから……そっと微笑んだ。


「……はい。ぜひ」


 これから一週間、二人とも領内で過ごす。その間、彼が喜ぶならいくらでも見せたい。


 ふわふわとした光が消え、また穏やかにそよぐ花々を前に。それらを眺めていたフェルシアはあることを思い出した。



「……ライナス様、知っていますか?《幸運の徴》を」



 ふと仰げば、ライナスがかすかに首を傾げる。


「知らないな。どういう意味だ?」


 フェルシアはスッと一つの花を指さした。それは他と同じく、花弁の先から中央まで綺麗なセラン・ブルーに染まっている。


「花の中央が白くなっているセランのことです。かなり珍しいのですが」


 これは王都では知られていない話だった。だがライナスはすぐ合点がいったらしかった。


「……ああ。『珍しいから見つけられれば幸運』、という意味か?」


「そうです。私も小さいころ、数回しか見つけられませんでした」


 あの花を探すのは領内で定番の遊びだった。子供時代、自分も時間をかけて探し回り、見つければ当分ご機嫌だった。今も花畑と見くればつい目で探してしまう。


「……じゃあ、少し探してみるか」


「え?」


「駄目か?そう言われると気になるんだ」


 驚いてライナスを見つめれば、彼は首を傾げさらりと黒髪を揺らした。その言葉がどこまで本気なのか、フェルシアには読めない。

 何気ない雑談のつもりだった。だがまさか彼がやる気を見せるとは思わず、フェルシアは予測だにしない展開に戸惑う。


「わ、わかりました。私も探します」


 自分はきっとまだまだライナスのことを知らない。彼がそうしたいと言うのなら、一緒にやってみて、その先が知りたかった。


 だが……《幸運の徴》は毎日探しても見つからない代物だ。今は午前中だが、最後には諦め切り上げざるを得まい。少し立ち寄ったつもりが長くなりそうだ。


 そんな内心は口に出さず、フェルシアもライナスに続き花畑へ入った。しゃがんで周囲をじっと見つめれば、なぜか隣から笑む気配がする。


「あの……?」


「ああ、いや。真剣だな、と思って」


「……ライナス様。あれは本気で探さないとありません。私を見ている場合ではないですよ……?」


 フェルシアは眉を寄せた。ライナスはすぐに見つかると思ったようだが、もっと集中するべきだ。そう言えばまた笑われ、彼女はますます不可解だった。


「ああ、わかった。だからそう睨まないでくれ」


「……それ以上笑うのであれば、私はもう手伝いませんが」


「それは困るな。気をつけよう」


 フェルシアは「今、また笑いましたよね」と目くじらを立てそうになったが、大目に見る。

 ライナスはあの花がいかに珍しいか知らないのだ。仕方ない。そう己へ言い聞かせ、フェルシアは花畑の中を探し続けた。


 簡単そうでこれがなかなか難しい。光の加減や、合間に萎れたものが混じると一目ではわからない。


(懐かしい。いつも兄妹で探したのよね)


 そういえば夢で思い出した、兄と過ごした日も最後はこれを探した。結局見つけられず、夕方にはリーシャと三人で帰ったが。

 我知らず笑みをこぼし、フェルシアが場所を変えようと立ち上がった時。



「……あ。あったよ。これか?」



 背後からの声に彼女は耳を疑う。


「えっ?」


 まさか、と視線をやればライナスは一輪の花を持っていた。そっと掲げられた小さな青。それは花芯が白く、ぽつんと染めたようだ。


 フェルシアは思わず彼に近寄って眺める。これは………本物だ。


「そんな……信じられません……。いつもは全然見つからないのに」


「よかった。昔から運だけはちょっといいんだ」


 ちょっとどころでなく、フェルシアからすればそれは豪運だ。子供の時だったら「ずるい!」と言って泣いたかもしれない。

 だが彼女も今は大人なので、驚愕の後、瞳を輝かせた。


「おめでとうございます。これでライナス様は今日一日を幸せに過ごせますね」


「今日一日?そういう意味だったのか」


 人生とは幸運ばかりではない。苦労の日々に、ほんの少し恵まれるくらいがちょうどいい。そんな教えがこの花には込められている。


「そうです。欲張ると夜に悪夢を見てしまいますから。必ず、今日一日を大切にしてください」


 その説明に、彼の優美な唇が弧を描く。


「その言い方、君は悪夢を見た口だな」


「……小さい時は色々あったので」


 フェルシアは小さく咳払いをした。ライナスはいつも、気付かなくていいところまで気付いてしまう。

 彼はじっと白抜きのセランを見つめた。


「これは人にあげても良いのか?」


「?はい、問題ありませんが……」


 すると「まさか」とフェルシアが思うと同時。ライナスはスッとその手を差し出した。

 目の前でふるりと揺れる、青と白の花に彼女は瞠目する。


「じゃあ君に。もらってくれるか?」


「え……あの、いいんですか……?」


 これは大変珍しいものだ。こんなに早々に見つかったことも、フェルシアにはまだ信じられないのに。


「ああ。俺は君に幸せになって欲しい。それに……」


 告げられた言葉は真摯で、素直な想いが感じられた。だがそこで彼女は一つ思い出す。


(あれ?これって……)

 

「どうした?」


「……いえ。あの」


 つい固まった表情を彼が訝しむが、フェルシアは口籠った。


 これは……なんとも説明し辛い話だ。

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