表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
111/114

53.あの時のこと

 カタン、カタンと規則的な振動と、ガラス越しに流れる風景。外に広がる野山をゆるやかな風が抜け、辺りはいたって平和な雰囲気だった。


 だが対照的に、フェルシアのいる車内は沈黙に満ちている。



(えっと……ど、どうしよう……?)



 彼女は膝上の両手をきゅっと握った。

 ちら、と見る斜め向かいにはライナスが座っている。使用人は皆出ていって二人きり。しかし彼もまた外に目を向け、じっと黙っていた。事情があり帰路の途中で同乗したが、ここに座ってから会話がない。


 どことなく気まずい。だがこれはきっとテュリエールでの事が原因だ。王宮の広間で彼とした、キスとか結婚だとか、あの大胆な話の。


 テュリエールを発つ前は人混みにいたので、ライナスと話すのもあまり緊張しなかったが、こうして密室で向き合うとどうしていいかわからない。


「……どうした?何かあるのか?」


「え、あ……はっ、はい」


 ライナスの声にフェルシアの両肩が跳ねる。何度も盗み見ていたので、彼も不審に思っただろうか。


 彼女が顔を上げれば、涼やかな瞳と目が合う。白昼にて、日差しを孕んだ双眼は紺碧にも似てとても美しい。そう感心しながらフェルシアは口を開いた。


「あの……先週の反乱では助けてくださりありがとうございました。あの後も大変忙しかったと聞いています。お疲れではありませんか?」


「いや、問題ないよ。ありがとう」


 そう答える姿に疲労は伺えない。反乱後に夜遅くまで働き、この一週間余りも移動続きなのにさすがだ。だがそこで続いた問いにフェルシアは目を泳がせた。



「だが助けたと言っても、大したことはしていない。……君がどうしてああなっていたのか、詳しく聞いていなかったな」


 

「それは、ですね……」


 フェルシアはきゅっと手を握り合わせる。「ああなって」とはエルヴァルドと隠し通路にいたことだろう。やはりこの説明からは逃れらないと、フェルシアは躊躇いつつ事情を口にした。


「あの前に王宮内での戦いに巻き込まれまして……。そこで出会った殿下が、出口を案内するとおっしゃったのです」


「それで、あの壁の中にいたのか」


 彼女も頷く。そうだ。自分は脱出できると思い暗闇に入った。


「は、はい。その後は、お話しした通りです。殿下の話をお断りしたところで扉が開いて……」


「フェルシア?君はわかっているはずだが?」


 素早く挟まれた言葉に、フェルシアは「えっと……」と口籠る。最も聞きたい箇所を飛ばすなと、彼はそう言っている。


 あの時壁に入り、広間に出ようとした途端、エルヴァルドの雰囲気が変わった。

 いつの間にか壁際に追い込まれ、頬をとられて。……それでやっとフェルシアも抵抗したなどと、この力強い目の前ではとても言い辛い。


「……途中で、殿下と婚姻の話になりました。それをお断りしましたら………一度でいいから、口づけをと。それで」



「あの男、やはり一度殴っておけばよかったな」



 フェルシアは目を剥く。今、ハッキリと物騒な台詞が聞こえた。聞き間違いではない。


「ライナス様……!」


 滅多なことを、と彼女は焦る。仮にも相手は王太子だ。だがそこで向けられた鋭い視線にフェルシアはかすかに震える。



「もし君が正式に俺の婚約者であればその程度文句は言わせない。そうでなくとも、他にも後悔させる手段はいくらでもある」



 あの場では仕方なく物理的手段に訴えなかった。しかし報復を諦めたわけではない。そう示すような口調にフェルシアは固まる。


(……これからのテュリエールとの交渉、大丈夫かしら?)


 固唾を呑む己へ静かに、しかし確固とした声は続く。


「君も。軽い接触から後戻りできない関係に追い込むのは簡単だ。警戒に昼も夜もない。……だから気を付けるよう言ったつもりだったが?」


「……すみません」


 それについては反省しかなく、フェルシアは項垂(うなだ)れる。自分は有事を利用しそそのかされた。


「相手が悪い上、異常事態だったからな……。だが、今後はより注意してほしい」


 小さな溜息が聞こえ、フェルシアはおずおずと顔を上げる。見ればライナスの瞳から鋭さは消えており、彼女は少しホッとする。


 あの広間でエルヴァルドと対峙した時、ライナスは糾弾の姿勢を隠さなかった。だが日頃、激情を見せることなど滅多にない人だ。どう説明したものか悩んでいたが、心配し過ぎずともよかったかもしれない。

 そう思い、フェルシアが胸を撫で下ろしていると。


「で?彼を拒んでいる内にあんなことになっていたと、そういうことでいいのか?」


「!……は、はい。いつの間にかああなってしまって」


「……そうか。まあ、俺も君達の騒ぐ声で仕掛けに気付いた。確かに殿下の言うような雰囲気じゃなかったな」


「そうなのですか?」


 言われフェルシアは目を丸くした。壁の中でエルヴァルドと言い合ううち、自分も声が大きくなっていたらしい。あの時はとにかく相手を拒否をしようと必死だった。


「そういえば、扉を開けた時に言って……」


 続いたライナスの言葉にフェルシアは息を飲む。


「!ライナス様。あれはお忘れください……!あ、ほら。外がとても綺麗で……」


 まさかあれを聞かれたのかと、彼女は慌てて顔を背けた。

 すると目に映ったとある光景。それを見て動かなくなるフェルシアの前で、ライナスも外へ顔を向ける。


「……ああ。もう入ったか。降りてみるか?」


 目を見開き、黙り込むフェルシア。しかし願ってもない誘いに、彼女は窓から目を離せぬまま尋ねた。


「……よいのですか?」


「もちろん。そのために来たんだろう?」


 車外に広がるなだらかな丘。その穏やかな景色へ時折、鮮やかな青がひらりと舞った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ