表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
110/114

52.帰国へ

「……ではお嬢様。私はこれで離れますが、問題ございませんか?」


「ええ。あなたも気を付けて」


 振り返ったフェルシアがリリィの問いに答える。すると相手は一礼して去ってゆき、その背を馬の(かたわ)らで見送ると彼女は一息ついた。


 晴れ渡り、清々しい空。自分の周囲にも多くの使節団員が立っており、それぞれ荷の確認などで忙しない。ざわつく雰囲気の中でフェルシアは感慨を覚えた。



 晩夏の月末。今日、使節団はテュリエールから帰国する。



 一ヶ月の交流も終わり、外交に関するいくつかの交渉もまとまった。最後にあった暴動も、こちらは軽傷を負った者がわずかにいたのみ。

 抵抗勢力をまとめて一網打尽にできたと、王やエルヴァルドは満足げらしい。フェルシア自身、狙われていたことへ複雑な思いはあるものの、もう心配はないと言われた。


(なんだか、あっという間だったわ)


 初めはライナスを待ちわびて過ごし、最後は思いがけない出来事ばかりで圧倒された。だが、それでもこの国に来てよかった。

 自分の家門について知ることができて……自分の気持ちにも気付けたから。全部、ここへ来なければわからなかったことだ。


 しみじみとそう思いながらフェルシアが装備を確かめていると。


「フェルシア」


「……エルヴァルド様、エルヴェリーナ様。おはようございます」


 背後に立っていたのは麗しい双子だ。今日も白金の髪と紅の瞳が神々しい。


「もう帰ってしまうのね。あなたとお話しするの、とっても楽しかったから寂しいわ」


「そのような。誠に光栄なお言葉にございます。この度はありがとうございました。」


 その「楽しい」は本心だろうか。こちらを揶揄い、面白がっていただけでは?とフェルシアは疑問になる。


「本当だな。俺も面白かった。今からでも滞在を伸ばしてはどうだ?国内を案内してやるぞ」


 本音を隠さないエルヴァルドが言う。

 そういえば結局、あの隠し通路で彼が自分へ迫ったのは半分冗談だった。ただの言い合いにとどめてくれた……とフェルシアは思うことにしている。全く許してはいないが。


「ありがたきお話ですが、もう帰らねばなりません。次の機会にぜひまた」


 直々の誘いを彼女は丁重に断った。テュリエールは過ごしやすく美しい所だったので、機会があればまた来たい。


「そうか……。公爵に飽きたらいつでも言え。邸一つくらい用意してやる」


「え……あ、あの。あまりそういう事は……」


 周囲の誤解を招きそうな台詞にフェルシアが焦れば、エルヴァルドはおかしそうにしていた。


「ははっ。冗談だ」


「そう?私はいい案だと思うわ?その時は私が滞在してあげるから、たくさん遊びましょうね」


 ね?と艶やかに微笑むエルヴェリーナ。

 フェルシアはたじろいだ。さっきからこの双子の「遊ぼう」は、「(フェルシアで)遊ぼう」に聞こえる。それに頷こうか、どうしようか迷っていると。


 ゴンゴン、と鈍い鐘の音が聞こえた。出立が近い合図だ。


「時間か。気を付けて帰れよ、フェルシア。ヴェーナ、行くぞ」


「ええ。ではまたね、フェルシア」


「はい。お二人ともご健勝で」


 手を上げて去っていく二人。それへフェルシアも礼をして……だがやはり、思い切って声を上げた。


 気になって仕方ない。あの事が。


「あ、あの。エルヴェリーナ様……!」


「なあに?」


 遠ざかるエルヴァルドを背に、ふわりと白金を揺らす王女。彼女は今日も女神のように美しい。この姿を目の前にすれば、誰だって部屋に招くのではないか。


「その。……この間の、ライナス様の部屋の件、なのですが……」


 フェルシアがおずおずと尋ねたのは、例の宣言についてだった。


 ライナスの部屋に行くと言って笑んだエルヴェリーナ。その後どうなったのかが、フェルシアはどうしても気になる。

 実はフェルシアは昨日以来ライナスに会えていない。退避所に送ってもらいそれきり、姿も見ていなかった。


 声を潜めて尋ねればなぜか一瞬、エルヴェリーナが黙る。そしてすぐ艶やかな笑みを見せた。


「ああ……。気になる?」


「……はい」


 なんとも思わせぶりな表情だ。こうしてエルヴェリーナに尋ねるのは抵抗があるが、背に腹は代えられない。

 ライナスの事は信じている。だがエルヴェリーナと話すのはこれが最後かもしれず、本人の口から顛末を聞こうと思った。


「一昨日ね。会ったわよ。彼と」


「えっ……?」


 どきっと心臓が跳ねる。


 ということは、やはり彼女は本気だったのだ。ライナスは冗談だろうと笑っていたが……。


(じゃあ、ライナス様はどうしたの?)


 しかし目を見開くフェルシアへ、相手は軽く肩を竦めた。


「……と言っても晩餐の前にね。廊下で偶然」


 予想外の台詞にフェルシアは首を傾げる。考えていると、エルヴェリーナは口を尖らせた。


「ええ。そこで少しだけお話をして……最後に釘をさされちゃったわ。『あまりフェルシアを揶揄ってやらないでください』って。それで気付いたのよね」


 フェルシアからあの「夜這い宣言を」が彼に伝わっていると。そう言うエルヴェリーナの視線に、フェルシアは目を泳がせる。


「……はい。言いました」


「いいのよ。楽しかったわ。そうなったら面白いわぁ、と思って教えてあげたんだもの」


 フェルシアは閉口した。

 やっぱり自分は遊ばれている。あれも、エルヴェリーナに慌てふためく様を観察されていたらしい。ライナスの「君は揶揄われたんだ」という声が脳裏にまざまざと浮かぶ。


 すると、ふふ、と紅い唇が笑みをこぼした。


「だから、始めから部屋に行くつもりなんてなかったの。それに行ったところで追い返されたでしょうね。あの方、私にちっとも興味がないんだから。……どう?安心できて?」


「は、はい」


「……ああ。でもあなた、もう少し彼にはっきりしてあげた方がいいわよ。殿方だって不安になる時もあるわ。これから婚約するなら尚更ね」


「エルヴェリーナ様……」


 華麗な笑みを親しげに緩ませ、助言をするエルヴェリーナにフェルシアが驚いていると。


 背後から「フェルシア」といつもの声がして、フェルシアはピクリと肩を揺らす。それへエルヴェリーナは紅の瞳を細め囁いた。


「……じゃあ私はもう行くわ。またね」


 そっとこちらの肩に触れ、今度こそ去りゆく後ろ姿。

 それを静かに見送り、次の人物が目前に立つまでの間。フェルシアはエルヴェリーナの言葉の意味を考え、また顔を赤らめそうになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ