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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
109/114

51.浮気現場?

 さして時間もかからず、自分達以外の全員が倒れ伏すか逃亡したころ。構えを解き、ライナスは振り返った。


「殿下、ご無事ですか?」


「ええ、もちろん」


 エルヴェリーナの足元、赤い爪先の向こうには、首へ刃を突きつけられ蹲るラダンがいる。

 槍を振り回すエルヴェリーナは予想以上に強く、ライナスの背後で反乱軍をあっという間に伸してしまった。


「お手伝いをありがとう。借りができてしまったわね」


 彼女はそう言うと、やっと追いついた騎士にラダンを拘束させる。その指示も手慣れており、とても一朝一夕で身につけた仕草ではなかった。


「いえ。素晴らしい腕前ですね」


「そう?ふふ……強い女性はお好き?」


「ええ。私が好きな女性はただ一人ですが」


 にべもなく告げるライナスへ、エルヴェリーナは首を傾げる。


「まあ……情熱的ね。妬けちゃうわぁ」


 口を尖らせるエルヴェリーナ。彼はそれに微笑んでみせ、こんな時でも思わせぶりな言動の人物だと感じる。うっかりして、またあのに勘違いされてはたまらない。


「殿下。この後はどう……」


 その時。ライナスはふと横を向いた。


 かすかに音が聞こえたのだ。鈍く、ドンというような……。だが現在は争乱の最中で、特に不思議はない。

 しかし違和感が拭えず、彼は広間を見渡した。小さく雨音の響く室内。灯りがなく薄暗いものの、壮麗なステンドグラスがきらきらと美しい。


(……奥か?)


 一見して人の隠れられそうな所はない。念のためと一歩踏み出せば、また声がかかる。


「あら、どうかなさって?」


「こちらからなにやら音がしました。少し見てみても?」


「……そう?いいわよ。そちらにはなにもないはずだけど」


 不思議そうなエルヴェリーナを背に、ライナスは部屋の奥を目指した。


 暗い角を眺め、彼は一人の顔を思い浮かべる。フェルシアは無事だろうか。

 襲撃を聞き王宮に到着したライナスはすぐエルヴェリーナに出会った。そこで「フェルシアを探すの?じゃあ手伝ってあげるわ」と言われついて来てみれば、まさかの事態だ。宰相までこの紛争に関わっていたとは。

 そして自分はいまだにフェルシアとは会えていない。彼女なら無事だと信じているが、その姿を見るまで気が気ではない。


 そうして壁をたどっていたライナスは、またしても聞こえた音に確信した。


「ねえ、なにかあって?」


「ええ。今、人の声のような……」


 少し離れこちらを眺めるエルヴェリーナ。それに答えながらライナスは目を眇める。


 近づけば近づくほど。やがて広間の奥、やや右寄りの壁の前に立ったころには、明確に会話らしき響きがあった。

 二人分の、なにやら言い合う声。しかもその片方は……。


「王女殿下。つかぬことを伺いますが、こちらの部屋には仕掛けでも?」


 振り返れば、エルヴェリーナは頬に手を当て驚く。


「そうなのかしら?ごめんなさい、私にはよくわからないのよ」


 当たりだ。さも不思議そうだが、彼女はなにか知っている。

 直感しライナスは腰の剣柄へ手を添えた。切迫した状況だ。エルヴェリーナが教えないなら無理にでも開けるしかない。


「この中に誰かいるようです。教えてくださらないのであれば、壊してでも調べましょうか?不審者やもしれません」


 そう言って笑み、剣を抜いて見せれば。こちらの本気を感じたのか、さすがのエルヴェリーナもたじろいだ。彼女は「あら……」と呟き、軽く溜息をつく。


「仕方ないわね。他の方には内緒よ?公爵様」


 エルヴェリーナは口元へ人差し指を立てた。だがそんなわざとらしい仕草はどうでもよく、ライナスは早く開けてくれと思うばかり。


「ええ。お願いします」


 彼も頷き、己の前に立つ相手を見守る。


 ここは王の住まいだ。抜け道や隠し扉があっても不思議はない。だがどうしてその中にあの娘が?

 ライナスは逸る気持ちを抑え解錠を待った。


「そうね……。確か……こうかしら?」


 グローブをした手が壁の木細工に触れる。そうしてエルヴェリーナ指先を動かせば、やがてカチッと小さな音が鳴った。

 キィ……とかすかな音とともに、ゆっくりと壁が動いた先。そこでライナスが見たものとは。



「きっ、キスは…好きな人としたいので…!」



 そう叫び、想い人が他の男を押し倒す光景だった。



* * * * * * *



 望み通り扉が開いた。



 だがフェルシアは焦りに焦る。

 なぜなら目の前には二人の人物。しかもその片方は今最も会いたくない人物だった。


(お二人とも、もう行ったと思ったのに……!)


 エルヴァルドに迫られたせいで気配に気付けなかった。すっかり固まるフェルシアの下方から声が上がる。


「ヴェーナ……本当に邪魔だぞ。今からいいところだった。なあ、フェルシア?」


「えっ?そ、そんなことはありません……!」


「まあ。そんな風に上になって。大人しい顔をして積極的なのねぇ、フェルシア様は」


「違います!」


 エルヴェリーナの言葉に、フェルシアは己の態勢の最悪さに気付いた。王太子に乗り上げているなんて。ありえない。


 そこでフェルシアは飛び退こうとして……なぜか動けなかった。しっかり腰に回った腕が邪魔をしている。

 彼女は腕の持ち主へ抗議しようと口を開く。


「殿下、離し―――ひぁっ!」


 フェルシアは慌てて口を押さえる。いやに高い声が出た。自分でも初めて聞くほどの。


「あらあら、とっても可愛く鳴く猫ちゃんね?」


 次いでのんきな感想が聞こえるがそれどころではない。


(今、背中撫でられた……!)


 フェルシアは唖然として眼下を見るが、エルヴァルドは「なんだ?」と笑うのみ。顔を上げればエルヴェリーナも妖しく微笑むのみで、助けてはくれない。


「あの、もうやめ……っ?」


 笑い合う双子に挟まれ、フェルシアが困惑していると。突然、ひょいっと身体が宙に浮いた。


 一瞬で高くなる視界。


 フェルシアが目を白黒させていると足が床につき、脇を持って立たされたと知る。見ればもう、目の前には見慣れた背中があった。


「あ……ありがとうございます……?」


 助けられたと気付きフェルシアはライナスを見上げる。だが背後からでは表情は分からず、目を瞬かせているとエルヴァルドもさっさと穴から出てきた。


「ライナス様、お怪我は……」


 おずおずと見上げ、尋ねようとするフェルシア。だがその声は強い口調に遮られる。



「エルヴァルド殿下。ご無事で何よりです。ですが、これは一体どういうおつもりですか?」



 その台詞はあからさまな糾弾だった。息を飲むフェルシアとは対称にエルヴァルドが不敵に笑う。


「どういう意味だ?」


「とぼけるのは止めていただきたい。二度目ですよ。フェルシアを暗がりに引き込んで妙な真似とは、あなたはあまりにも度し難い」


「妙?そうは言っても、大したことはさせてもらえなかったな。そうだな……キスくらいか」


「しっ、してません!」


 フェルシアは慌てて割って入った。ここで嘘をつくなんて、ひどい。


 エルヴァルドの背後でエルヴェリーナが「まあ、本当にそれだけ?」と嘯く。煽るくらいなら黙っていて欲しいのだが。


「ライナス様。あの、なにもしていません。今のはでたらめで……」


 信じてくださいと、下から覗き込んだが、ライナスはこちらを一瞥したのみで返事はくれなかった。

 その反応に衝撃を受けるフェルシアを置いて、応酬は続く。


「このことは後日書簡にて抗議いたします。金輪際、彼女に不必要な接近はお控えを。私も両国の融和を妨げたくはありません」


 その脅しに彼女は息を飲んだ。ライナスはこの出来事を外交問題にしようとしている。


 彼はロドグリッドで国王に次ぐ重要人物の一人で、代々王家との繋がりも深い。今だって議会を束ね、いずれ軍のトップに立つ人間だ。それに有言実行の人が嘘を言うとも思えなかった。いざとなれば彼は容赦なく鉄槌を下すだろう。


 フェルシアはぞくりとした。全く想定外だ。自分は「他人に見られたらまずい」と思うだけだった。


「それならむしろ俺達が仲良くするべきじゃないか?ちょうどまたフェルシアに求婚したところだ。婚約もしていないならチャンスはあるだろう?」


「……!殿下、それは」


 エルヴァルドの求婚はハッキリと断った。なのになぜ、ここで口に出すのか。


「そうなの?あらぁ……。だから二人して盛り上がっていたのね」


 また余計な合いの手が入る。話の雲行きが怪しくなり、フェルシアは頭が痛くなった。まるで自分が求婚を受けて喜んでいたような雰囲気だ。


「違います……。エルヴェリーナ様。エルヴァルド様も」


 ライナスに勘違いされては困る。エルヴァルドも言うなら最後まで言ってくれと、焦っていると。


「フェルシア」


「はい」


 明瞭な声にフェルシアは姿勢を正す。すると今度こそ真っ直ぐ自分を見つめる紺藍の瞳があった。


 ライナスは静かに問う。

 


「本当のことを教えてくれ。君はどうしたい?」



 その声は淡々としていて感情が感じられない。けれど分かる。今、彼は……。


「殿下と結婚するか、私と帰るのか……今ここではっきりさせて欲しい」


 その口調は真摯で、だが力強くフェルシアの心を揺さぶった。

 選ばせようとする台詞。けれどその瞳に潜む、縋るような色がこの心を捉えて離さない。


「私は……」


 エルヴァルドとのことを誤解されるのは嫌だ。ならばここは、いくら恥ずかしくとも宣言する必要がある。

 意を決し、フェルシアはスウッと息を吸った。そして。



「エルヴァルド殿下、婚姻の件はお断りしました。私はライナス様と帰らねばなりませんので。……キスをしたなどと、偽りをおっしゃるのも止めてください。私達はただここへ隠れていただけです」



 結局、二人で壁の内側に隠れたのも、エルヴァルドは揶揄い半分だったのだろう。有事を利用しまんまと追い込まれ自分が情けない。今は証言してくれる者もおらず、もっと慎重になるべきだった。


 後悔しきりでフェルシアが口を閉じれば低い声が続く。


「……ということです、殿下。私も彼女を愛し、求婚している立場です。何度も申し上げますが彼女の名誉を傷つける行いは到底見過ごせません。これ以上の干渉はお控えください」


 フェルシアはぎょっとした。思いがけず公然となされた告白に驚き、ライナスの横顔を見つめる。


 こんなにも堂々と言われるとは思わなかった。だが彼は昨日、ハース公爵にも自分のことを話しており、もはや隠す気もないのだと改めて知る。


「二度も断られるとはな。仕方ない、今は諦めてやろう」


「未来永劫諦めた方がよろしいかと。彼女は生涯私の妻として過ごします。殿下にも早くよいお相手が現れることを心から願っておりますよ」


 その薄い笑みは冷たく、ライナスはいまだ溜飲を下げていない。これは今後と言わず、今日からフルテュリエール側へ圧力をかけそうだ。その気配をエルヴァルドが「はっ」と払う。


「婚約もまだのくせに気が早いことだ。フェルシア、こんな面倒な男を好きになっては後悔するぞ?」


「……こ、………後悔などいたしません」


 するわけがない。こんなに誠実な人はきっともう自分の前に現れない。

 ライナスともし一生共に過ごせたなら。そう想像して赤くなりフェルシアは俯く。突き刺さる三人分の視線が痛い。


「フェルシア……」


 ライナスが思わずといった風に呟き、彼女はますます恥ずかしくなった。つい返事をしたが、さすがにこの想いを気付かれただろうか。


「まあ……。ヴァル、あなたふられちゃったわね」


「うるさい。そう言うお前こそ公爵に逃げられていたではないか」


「私は気にしていないわ。たまには上手くいかないこともあるし、もしあちらにお嫁に行きたくなったら大変だもの」


「ふん。負け惜しみだな」


 向かいでやりとりする声を聞きながら。ライナスの視線に耐えられなくなり、フェルシアが一歩下がろうとしていると。


 エルヴェリーナが「さて」と言い、見れば彼女は出入口を示し微笑んだ。


「そろそろ行きましょうか?二人とも、お仲間と合流したいわよね?」


 ここから案内するわ、と促すエルヴェリーナ。確かに、自分達は早く退避所へ行かなければならない。 ハース公爵や同僚もきっと心配しているだろう。


 我に返ったフェルシアも頷き、四人はそろって移動を始めた。

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