表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
100/114

42.古き血

 フェルシアはライナスへ昨晩の出来事について話した。


 ダンスの後、エルヴァルドから場外へ誘われたこと。たどり着いた部屋で壮麗なステンドグラスと肖像画を見せられ、例の王女とセラン神の逸話を聞いたことも。

 フェルシアの躊躇いながらの回想をライナスは黙って聴く。


「……以上です。あの……、ライナス様はどう思われますか……?」


 口を閉じ、見上げた彼の顔はやや難しげだった。どんな反応をされるかと、昨夜ほどではないが緊張する。


「そうだな……とても興味深い話だ。根拠は弱いが、もし事実であれば君の親族が見つかったことになる。喜ばしいだろう」


 その言葉にフェルシアは驚く。まさか肯定的に言ってもらえるとは思わなかった。


「相手が王家なのは驚きだが。そもそも隣接した地で、元より考えうる繋がりだ。そう考えればなにも不思議はないな」


 地域で血が混ざるのはよくあることだと、さらりと言われフェルシアは瞠目どうもくする。


(不思議はない……)


 ライナスの口ぶりはいつもと変わらず穏やかだった。表情にも嫌悪や忌避は全く見られず、ひとまずホッとする。だが。


「その様子だと、君は嬉しくはなさそうだ」


 返す言葉に、フェルシアは瞳をかすかに震わせた。


「そう、ですね……。どう思えばいいのか、よくわからないのです」


 置いていかれる、と不安だったのを除けばこれが正直な感想だ。


 見下げた紅茶に、赤い右眼が映る。これが北国との戦時下ならこの色は危惧ばかりだったろう。しかし今はテュリエールと和平さえ結ばんとしている。

 そのせいか嫌がるも危ぶむも曖昧で、気持ちが整理しきれていない。


「もし……もしそうでも。……なにも変わらなければいいな、とは思いますが」


 呼び寄せてまで、あの部屋を見せてまで。エルヴァルドがしたかったことがもし、昨日の「王太子妃」発言にあったなら。自分は今望むほとんどを失うだろう。


 このままライナスの側で、姉の目覚めを待つかけがえのない日々。


 ここ最近はずっと変わりたい。成長したいと思っていたが、昨日から本当に予想外のことばかりだ。するとそこで納得したような声がした。


「ああ。それで『帰りたい』と泣いていたのか」


 フェルシアはついピクリと反応した。あの時自分はどんな顔をしていたかわからないが、少なくとも泣いてはいなかったような……。


「……ライナス様?私は泣いてなどいなかったかと」


「そうかな?目が赤かったからてっきり……」


 訂正を求めれば不思議そうに返される。これは見たままを言われたのか、また嘯かれているのか判別できない。


「み、見間違いかと。それか、ただ赤かっただけでは」


「となると泣く前だったのか?まあ、俺はそうして縋ってくるる君が可愛かったから、どちらでもいいが」


 どちらでも、と微笑んで躱されフェルシアは絶句した。指摘の内容はもちろんだが、それよりも。


(どうして?今更、『可愛い』くらいで……)


 当然のように挟まれた一言が気になって仕方ない。以前から言われていたのに、今はどうしてか心がざわざわと落ち着かなかった。

 小さく唸りそうな己を置いて、話を戻される。


「まあ少なくとも、変わらないよ。君が思うような方向には」


「それは……?」


 首を傾げれば、いつかを思い出させる声がして。彼女は思わず膝上の手をぎゅっと握った。


「この件は事実関係を調査した上で、陛下に奏上するだろう。だが……真偽どちらであっても。君も俺も、目指すものはなに一つ変わらないだろう?」


 見返す瞳は真摯だった。出立前、邸の蔵書室で見た色の通りに。


 惑わされるな、と語りかける輝きにフェルシアはハッとする。

 テュリエールでの目的は、書簡の内容を確かめると共に使命を果たし、無事に帰国すること。一事に囚われ、揺らいでいてはなにも成せない。


「はい……!」


 しっかりしなくてはと思い直し、フェルシアは背筋を伸ばした。するとまるで褒めるようにライナスから微笑まれて。

 視界の中、木漏れ日のように温かな笑顔に見惚れたフェルシアは、ああ……やっぱりまだまだ彼の側を卒業できそうにないと、自覚する。


「ああそうだ、フェルシア。昨日殿下が言っていたことだが」


 ふと変わった声音に注意を向けていると、ライナスは悪戯っぽく笑んだ。


「彼がまた昨日のような申し込みをしてきても、絶対に頷いてはいけないよ。一旦話を引き取って、すぐ俺に報告してくれ。適切に対応しておこう」


「はい、わかりました」


「ちゃんと断れるのか?君は意外に押しに弱いからな」


 例の婚姻申し込みについて言われ、フェルシアは目を泳がせた。相手は王太子だ。正直、面と向かって接するのはライナス以上に緊張する。


「……大丈夫です」


「わかった。君を信じよう。目を離した隙に君をとられていたら困るからな。頼んだよ」


 そう言ってライナスからそっと頭を撫でられ、フェルシアは頬を染めた。この愛でる仕草が含む意味を、自分はもう知っている。


 その後も二人は午後の陽射しの中、穏やかに歓談を続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ