9.これから
夕陽の下、基地の通用門から続々と帰っていく隊員達。
その集団の少し後ろにぽつんと歩く一人の影があった。彼女は元の青灰色の制服姿で、きびきびと門を目指している。
来た時と変わらないその様子に、ふっと笑ってライナスは窓辺を離れた。執務机に戻ったところでノックが鳴る。
返事をすれば入ってきたのはルルリエだった。実習生の見送りから戻ってきたのだ。
「ただいま戻りました」
「ご苦労。どうだった?」
すぐに問えば、彼女は一瞬躊躇って答える。
「…そうですね。すごくしっかりした子だと思います。静かで、落ち着いていて。さすがですね」
己の問いを正確に読んだ返答。それにひとまずは問題なさそうだな、とライナスは判断した。
実習が順調なのはわかっている。それよりも今日一日、共にいたルルリエがどう感じたのか、それがライナスは知りたかった。
ルルリエは祖父ガーランド元帥の側で、兵士から高官まで、色んな人物を見て育った。朗らかで人懐っこい性格だが、人を見る目も確かだ。
「彼女ならすぐにうちに馴染めるかと。隊の皆は……互いに様子見、といった雰囲気でしょうか」
それにもライナスは頷く。フェルシアが注目されるのは仕方ない。
なにせあのグローリーブルーの実子。隊内でも彼女の現状を嘆く者から、我が隊に招けて光栄だと思う者まで様々だ。
日々指導しているので行動に移す者はいないはずだが、なにせ大所帯。何が起こっても不思議はない。
「そうか…。だが、彼女なら大丈夫な気がするんだ。あの訓練を見ただろう?」
するとルルリエはも思い出したのか、「ええ」と苦笑する。
今日の午後、集合訓練で腕立て伏せなどの筋力トレーニングをした。その際、フェルシアにも一緒にやらせてみたのだが、これが面白かった。
フェルシアは始終きっちりと正確な姿勢でリズムを刻み、難なく指示を完遂したのだ。あれには、特に終盤、汗だくで苦しむ隊員達から「ありえない」「あんなに細いのに。本当に女か」と聞こえるようだった。
それを見たライナスは彼女の逸話を思い出す。
フェルシアが学院に入った際、案の定、ゾエグ家と親密だからといじめに遭ったらしい。だが彼女はそれらを丸無視し、初試験の実力で黙らせたと。
なにがあったのやら、当初の悪口「近衛の犬」が、夏には「やばい女」に変わっていたとかなんとか…。
人伝手の話だが信憑性はある。ライナスが講師を務めた際も、学生は皆フェルシアを遠巻きにしているだけに見えた。
「人は見かけによりませんね。確かにあれなら皆、逆に自分を顧みねばなりません」
己より何歳も若い女性に体力で負けたなどと。その上嫌がらせをすれば、軍人として、また男としての矜持を捨てたも同然だ。
「皆の良い刺激になればいいがな。だが一応、気を付けておいてくれ」
その促しに「はい」としっかり頷くルルリエを見ながら。ライナスはここまでの努力を続けるフェルシアの苦労を思った。
…彼女がそうしなければならなかった理由も。
「…それで、あの。少佐」
おずおずとした気配にライナスも顔を上げる。見ればルルリエは笑顔を消していた。
「この間の話はやはり本当なのでしょうか。その…」
「…ああ」
ライナスは察する。いずれルルリエにも協力してもらうため、すでに告げておいた件だ。しかし心優しい彼女には信じがたいのだろう。
その神妙な表情を受け、彼は言葉を引き継ぐ。
「―――本当だ。彼女はゾエグ公爵と脅迫関係にあるかもしれない」