プロローグ - 八年前の夜 -
八年前、グローリーブルー辺境伯家は壊滅した。
領地のマナーハウスにて、親戚を集めた晩餐会の夜、突然館そばの樹海から魔獣が大挙して押し寄せたのだ。
魔獣とは凶暴、強靭な獣の総称だ。これらに当主も総出で応戦したが、圧倒的な数の前には為す術もなく。一夜にして血族のほとんど、そして騎士団、領民の多くを失った。
この悲劇を生き残ったフェルシア・グローリーブルーはあの時のことをよく憶えている。
灯りも落ち、そこかしこで家具が倒れ。そして足元には人と獣の死体が転がり、赤黒い血にまみれた館内の惨状を。
いつもはのどかで明るい実家は、瞬く間に不気味な闇に沈んだ。
そんな中、偶然出会った姉に震えて縋り、歩いて、歩いて。ずっと他の家族を探していた。
だがその結果、とある扉の先で姉妹を暴力が襲う。
「あ、…あ、ぐァ……っ!」
目の前の光景にフェルシアはへたり込む。どうして、どうしてと、そればかりが頭を占める。
姉が兄に、―――首を絞められている。
いつも優しい彼が、なぜ?
だがフェルシアが目を疑ったのは、それだけではなかった。
少女をむごたらしく持ち上げる彼は外見も変貌していた。
一族の象徴である白銀の髪が抜け落ち、ぼこぼこと隆起した頭。粘膜のようにぬめり、体液を滴らせる肌。片目はギョロッと見開いている。
それに。
(……あれは、そんな)
兄の近く、月光の届かぬ壁際に凭れる……今や肉塊と化したそれは、見慣れた衣服をまとっていた。
それは昨日、「フェルのひいおじいさんには羽根が生えていたんだぞ!」とわけのわからない冗談を言っていた―――父だ。
ヒュッ、と息を止めるフェルシアの耳へ、今にも絶えそうなか細い音がする。
「…ぁ…、ぁ………」
窓の前で持ち上げられ、暴れる肢体は急速に力をなくしていた。
とにかく兄を止めないと。このままでは姉まで……。
フェルシアがやっとそう思った時だった。遠い人の声とともに、館へ救援が到着したのは。