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点火

この話は線香花火のように儚く短くなくてはならないし、夏の一日のように気だるげで長ったらしくて、でも懐かしくて、潔く終わりが来るようでなくてはならない。

 ライターで、細い火薬に火を点ける。

 始めは静かに、橙色の蕾が紙縒りの先で丸まっていく。やがて、一本、また一本と、ぱちぱちという微かな音を立てながら火花が飛び始める。

 火花の立てる音の間隔はどんどん短くなって、牡丹のように花咲く。春に咲き、夏の前には枯れてしまうくせに、夏の終わりに、こうして亡霊のように現れる。牡丹の亡霊はさらに激しさを増し、松の葉のように大きく、力強くクライマックスを迎える。

 夢のような一瞬の後、静寂が戻ってきて、火花が一本、また一本と菊のように散っていく。

 終えたばかりの恋の起承転結を、火花と重ねて思い出す。

 火が、落ちる。

「あ」

 目を上げると、ひとりの男が、自分と同じように落ちた火の行く末を見ていた。

「終わった」

 つぶやく声が重なる。

 花火の最中は聞こえなかった虫の声が戻って来る。しかし、聞き違いではないはずだ。彼は、「落ちた」でもなく、「消えた」でもなく、「終わった」と言った。夏の刹那的な火の花に、その言葉はふさわしいと(つぼみ)は思った。

 深夜を少し過ぎた、居酒屋裏の喫煙所。灰皿を挟んで二人はお互いを見た。

「これから、映画のオールナイトを観に行くんですが、先輩も来ますか?」

 数秒前まで、まったく誘うつもりがなかったのに、蕾はそう言っていた。

 煙草を出すためにポケットに突っ込んでいた男の手は、空っぽのままで引き抜かれた。頭に巻いていたタオルを取ると、少し痛んだ金髪と、無計画に開けたピアスが現れる。男は菊池(きくち)といい、居酒屋でバイトをする蕾の先輩であった。

「行こうかな」

 菊池は、数秒前まで言うつもりのなかった言葉を言っていた。

 蒸し暑い空気がゆるゆると喫煙所を通り抜けていった。

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