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別の世界ではただの日常です

喫茶店の戦士

作者: 茅野榛人

 私は、ここの喫茶店でコーヒーを飲んで、休憩をするのが好きだ。

 これまでに様々な喫茶店でコーヒーを飲んで来たが、初めてここの喫茶店に入店し、コーヒーを飲んだ日から、私は抜け出せなくなった。

 ここのコーヒーにしか無い味と魅力、そして店内に立ち込める雰囲気に、私はとりつかれてしまったのである。

 しかし唯一、気になる所がある。

 それは……若者のたまり場になっている所である。

 その理由は、ここの喫茶店にしか無い、非常に映える商品を販売しているからである。

 その為、若者達が頻繁にここの喫茶店を利用し、集っているのである。

 最初はそれ位のレベルであったのだが、最近、そのレベルが上がって行ってしまっているのである。

 なんと、若者達が喫茶店に入店する人達を、勝手に審査し、ここの喫茶店には不釣り合いだと判断すると、その人に聞かせるように悪口を言い、追い出してしまうのである。

 いつの間にか、ここの喫茶店に入店するには、若者の目と言う、非常に厳重な審査をパスしなければならなくなってしまったのである。

 そして、私もその審査をパスする事が出来なかった客の、一人になってしまったのである。

「何考えてそうなのか分からないのよねえ」

「毎回同じコーヒーしか飲んでないんだよあいつ……」

「ロボットかよw」

「この可愛過ぎるスイーツも食べないで、なんでこの店いんのあいつ……」

「カッコつけたいんじゃね?」

「ええ……引くわー」

 若者の審査が始まってから、私がここでコーヒーを嗜む度に、このように丁度私にだけ聞こえるように、ひそひそと喋るのである。

 私にだけしか聞こえない為、若者達がここを出入り禁止になる事も無いのである。

 最初は酷い世の中になったなあ位にしか思っていなかったのだが、こうして何度も悪口を言われ続けると、流石に歯ぎしりをしてしまう。

 しかし、ここで感情を爆発させて、怒ってはいけないのである。

 少し前に、スーツを着た男性が、若者にガツンと言ったのだが、若者は、まるで何の事か分からないと白を切り、それどころかその場面を撮影され、インターネットで、何もしていない若者を急に怒鳴りつけた人として定着してしまい、それ以降、その男性がここの喫茶店に入店して来る事は無かったのである。

 ここまで来るともはや怖いとさえ思えて来る。

 しかしだからと言って持ち帰りはしたく無い。

 私はここのコーヒーと、ここの喫茶店の雰囲気を同時に嗜みたいのである。

 喫茶店に集う若者達の攻撃には、絶対に負けない。

 これは、戦いだ。

 歪んでしまった喫茶店の価値観を、戻してみせる。

 最終目標は、若者達による客への迷惑行為をストップし、審査も何も無い、誰でも気軽に入店出来る喫茶店にする事。


 最初の作戦としては、若者達に舐められている今の現状を打破し、若者からの敵意を減少させる事から始めるべきであろう。

 しかしだからと言って若者達と全く同じ側に立つと言う訳では無い。

 若者達の領域に潜入し、詳細な情報を収集するのである。

 これまでに見て来た光景を振り返ると、若者達は、友人関係以外に、非常に強い結束力のようなものを持っているように思える。

 私は、この若者達の間にしか存在しない輪の中を、確かめたいのである。

 早速、アクションを起こすとしよう。

 まず、若者達がほぼ必ず注文している喫茶店のメニューを注文し、スマートフォンで写真や動画を撮ってみよう。

「あいつ……私達の真似してるー」

「嘘! マジで……」

「私達に負けるのが嫌で、抵抗し始めたんじゃない? ま、あんなん抵抗にも何にもなってねえけどな」

 殆ど効果が無い。

 真似をしていると言われてしまった。

 しかし収穫はあった。

 若者達は、一度不釣り合いだと判断した客に、決して希望を与えないと言う事である。

「ねえ! あのスイーツ食べたくない?」

「え、何あれ! 可愛い! 待って待って超キュート! 食べたい! でも……値段ヤバ」

「値段ヤバくて買えないんだけどさあ……」

「うう……食べたい……」

 ほう……なるほど……。


「ねえねえねえねえ……あれ見てよ」

「えー! 何あれ! あの値段ヤバい超キュートなスイーツを……三つも! 不釣り合い客のくせして何あの態度? 馬鹿ムカつくんだけど」

「生意気な事しやがってあいつ……」

 冷静に考えてみればそうだ。

 若者達のウィークポイント、それは金銭面だ。

 ならば私は、そのウィークポイントを突き刺すような姿勢に出れば、流石に折れない訳には行かないはずだ。


「はーいちょっと失礼!」

「あ! おい何する! 返せ!」

「嫌だね、俺らだって、あのスイーツ食いてえし!」

「ふざけるな……」

 盛大に財布の金を奪われてしまった。

 まさか若者達側からもアクションがあるとは、予想していなかった。

 これは、本格的に戦わなくてはならなくなった。

 絶対に勝ってやる。


 あの財布の金を奪われた日から、全力で若者達と戦闘を繰り広げた。

 私は若者達ほど暴れる事は出来ず、喫茶店の席からしか攻撃を仕掛ける事が出来ないと言うハンデがあったが、私は退かなかった。

 そして気が付けば私には、憩いの場を取り戻し、誰でも気軽に入店出来るようにと言う目標以外にも、若者たちに、ここの喫茶店から追い出された客の無念を晴らすと言う、新たな目標が出来ていた。

 ここまで来たら、決着がつくまで絶対にギブアップはしない。

 例え私の身に、何かが起ころうとも。


 喫茶店のトイレから戻り、席に戻ろうと歩いていた時、私とすれ違った若者の女性が、突然叫んだ。

「いや! 何すんのあんた!」

「はい?」

 私は何もしていない。

「あんた! 私の身体すれ違いざまに触ったでしょ! 何考えてんの馬鹿! 変態!」

 ヤバい、これはきっと若者達が私を消しにかかっているに違いない。

「え? とうとうあいつやらかしたの?」

 若者達が、冤罪を真実にして固めようと、全力で動いている。

「顔だ顔……顔ちゃんと撮れ……」

 撮影もされている。

「これでもうあいつは終わりだ……」

 私の負け……になってしまうのか?

「皆さん! 私! この人に身体触られました! この人ですこの人!」

「おい君達! いい加減にせんか!」

 突然聞き覚えのある声が喫茶店中に響いた。

 声のした方向を向くと、そこには変装をした、若者にガツンと言った男性がいた。

「お前!」

「もうやめなさい君達! あの人は冤罪だ!」

「はあ? 冤罪? あんたこの人の味方すんの? まあでもそっか! あんた意味も無く私達を怒鳴るやつだからねーしょうがないしょうがない」

「その辺にしなさい」

「は? あの……それは俺らの台詞じゃね? へへ」

「はあ……分かりました……分かりました! これを見なさい!」

 そう言うとその男性は、スマートフォンを取り出し、動画を見せて来た。

 その動画は、コーヒーを様々な角度から撮影している動画だった。

「は? この映像に……何の意味が?」

「ここを見なさい」

 そう言うと今度は先ほどの動画のある場所を拡大して見せて来た。

「あ……」

 そこには、私と、若者の女性が歩く所が映っており、私が一切若者の女性と接触をしていない事が証明された。

「これでもまだ白を切るか!」

「こ……こんなのフェイクよ! 第一……何でスイーツじゃなくて! コーヒーをそんな色々な角度で撮るのよ!」

「俺はな、ここの喫茶店のコーヒーと、雰囲気が、大好きなんだ。だから……それを壊すような奴は……誰であっても許せないんだ!」

「……だ……だったら私だって! ここの喫茶店のスイーツと雰囲気が大好き! だから! そ……それを壊すような奴は……だ……誰であっても許せないのよ!」

「そうだよ……そうだよ!」

「そうだ!」

「そうだそうだ!」

「じゃあせめてこれだけは聞いて欲しい!」

 喫茶店中の人達が静かになった。

 ここで……ここで若者達に気持ちを伝えよう。

「私も、あの人と同じで、ここの喫茶店のコーヒーや、雰囲気が、大好きだ。だから君達と敵対するような態度を取って来た。でも、さっきの言葉を聞いて、私は心が揺らいだ。私がここの喫茶店のコーヒーや雰囲気が好きなのと同じ……いやもしかしたらそれ以上に! 君達はここの喫茶店のスイーツと、雰囲気が、大好きなのだと……もう……戦いはやめよう。私の負けだ……私は……持ち帰りで我慢する事にするよ」

「……負けじゃねえよ」

「ん?」

「あんたの負けじゃねえ……俺達の負けだ」

「私……あんたの迫力に……圧倒されたわ」

「何て言うか……その……ごめんなさい!」

「わ……私も! 酷い事沢山言っちゃってごめんなさい!」

「こ……これ! 前に奪っちゃったお金……全額です! すみませんでした!」

 まさかの、若者達が、次々と頭を下げ始めた。

「いや……その……私こそ……色々……悪かったな……」

「分かれば……それで良いんだ……俺も……悪かった!」


 こうしてここの喫茶店で起きていた若者達による客の審査は完全に無くなり、誰でも気軽に入れる喫茶店になった。

 この事はSNSでも話題になり、私は暫くの間インターネットで有名になった。

 更に事態これだけに留まらず、ここの喫茶店以外で発生していた若者達による客の審査が、立ちどころに消滅して行くと言う結果になり、喫茶店の価値観までもが変化した。

 今の喫茶店は、若者達のたまり場では無く、様々な人達が、気軽に利用することが出来る所である。

 気が付かないうちに、私は物凄く巨大な力を与えていたのだなと思った……なんてね……。

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