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英雄の願い事 ~たとえ地獄へ落とされようとも~

作者: 葉室 律

三作目にして、恋愛(異世界)です。暖かく見守って下さいましたら、嬉しいです。

 襲い来る魔獣たちの前に真っ先に駆けつけて、人々の盾となることを約束します

 強大な魔物を前にしても、決して退かぬと誓います

 この身を人々の剣として捧げましょう


 だから女神様、どうか、どうかお願いします




「すべては、角ある隻眼石蜥蜴(ネームドモンスター)を倒した、あなた様のおかげです」


 女神の気配が漂う、荘厳な神殿は居心地が悪い。

 その上、目の前の神殿長が、これでもかと称賛してくる。


「カダルの砦は持ち直し、カナル地方は救われました」


 それはなにより。

 だが、その後はいらん。


「人々を救う英雄に、女神の祝福を」

「いや、女神の御前に出れるほど、俺は清廉な者ではないので。

 祝福は結構だ」


 だから、女神像の前には行かないぞ。

 案内しようとしても無駄だ。


「英雄様は、相変わらず謙虚であられる」


 そうそう、いつもの通り、あきらめてくれ。

 神殿関係者には、あまり強く言って困らせたくはない。


「御前に出れないほどの愚行を繰り返しているのは、むしろ我ら神殿の者でしょう。

 女神さまの慈悲()の一滴が、この世のどこかに落とされたはずなのです。

 古の巨獣共の封印が解けるという未曾有の災いをして、星見の巫女も、大いなる力(女神の慈悲)が動いたと証言しております。

 なのに、我らは、いまだに見出しておりません」


 そうだな。

 いまだに神殿関係者は、姿形もわからない助け(女神の慈悲)を、手あたり次第探しているな。

 それっぽい噂があればすっとんで行って、肩を落として戻ってきてるな。


 紛い物に騙されないのは、さすがだが。


「そういえば、いまだ我らの助けは必要ありませんか? 癒し手(ヒーラー)はおられましょうか。人々を救う英雄の、その助けにならんとする信徒たちも多いのですが」


「いや、相棒がいるので、十分間に合っている」


 いらない、それだけは絶対にいらない。


「女神様の信徒についてきてもらっても、守り切れなかったら、と思うと肝が冷える。どうかこのままで」




 神殿を出て、相棒が待つはずの宿屋へ急ぐ。

 思ったより時間がかかってしまった。

 もう日が傾いてしまっている。


 早く、早く、夕暮れになる前に。


 急げ、急げ、陽が朱く染まる前に。


 もしも、陽が落ちて、夜空に星が輝くようになってしまったら。




 50年前の絶望を、今でも覚えている。



 引退するんだ。

 最後に、君に会ってから終わろうと思って。

 故郷(始まりの町)が見える、この丘。

 暗くなってきたら、空には星が、星樹からは蛍火が浮かぶ幻想的な景色が好きだった。

 そんな大好きなこの丘で、終わろうと(ログアウト)と思って。


 夕陽に滲むように微笑む相棒を、最後にもう一度、目に焼き付けようと振り返って。


 朱い夕陽に滲むように、輪郭が燐光に解けていく相棒が、見えた。


 駆け寄ろうとする足は動かず。


 伸ばそうとする腕はぴくりともせず。


 引き留めようとする声は、何一つ、上げられなかった。


 夕陽が落ちた後の夜の丘、残されたのは夜空に瞬く星と星樹、そしてただただ浮かぶいくつもの蛍火だけだった。




 最初の出会いは、遥か昔のことなのに、色褪せてなお鮮やかに思い出せる。



 冒険だよ!

 私はヒーラーだから、君はアタッカータイプなんだ。

 大丈夫、絶対に死なせないからね。



 たくさん、たくさん、冒険をした。

 大地の果てへ。

 果てを越えた、妖精の地へ。

 失われた天空の都市へさえも。


 手を携えて、乗り越えた。


 そうして強くなって。

 神威に比する装備さえ授かって。


 何が悪かったのだろう。

 強くなりすぎたのが、悪かったのだろうか。


 女神の助け(天の御使い)がなくとももう大丈夫なのだと、どこで判断されてしまったのだろう。




 襲い来る魔獣たちの前に真っ先に駆けつけて、人々の盾となることを約束します

 強大な魔物を前にしても、決して退かぬと誓います

 この身を人々の剣として捧げましょう


 だから女神様、どうか、どうかお願いします


 俺から相棒(俺の御使い)を、取り上げないで




「あ、おかえりー、神殿はどうだった?」


 いた、いてくれた、還らずにいてくれた。


「特には。

 神殿の移動秘跡(ポータル)の許可も取れたから、明日には出発できる」

「そっか、良かったぁ。前は勝手に移動(テレポ)してたんだけどねぇ」

「今やると、目立つどころの騒ぎじゃないぞ。個人移動はもはや神技だ」


 おまえには簡単なことだろうがな。


「いろいろと調べ回りたいから、今は目立ちたくなーいー。面倒をかけるけど、付き合ってね?」


 目立ちたくないのは、きっと俺の方が上だと思う。


「なら、広げてる装備をしまえ、今すぐしまえ。

 そんな聖天装備、古代遺物を通り越して、もはや神代遺物だ」


 在るだけで周囲の浄化をしていそうな、神聖な気配を漂わせる装備。

 そんなもの。

 神殿関係者にでも見られたら、一発でアウトだろうが。


「はーい、お母さん。

 でもこれ、戦闘用ではあるけど、普通に標準装備なんだけどねぇ」

「だれが母親だ、いいから今すぐ街着を出せ」


 女神の気配を隠せ、早く、早く。


 見つけられる前に。


「けどまぁ、50年でずいぶん変わった、あー、黒電話からスマホぐらいか。そりゃ、変わるよね」

「黒電話? スマホ?」

「ううん、なんでもないよ」


 どこをどう聞いても、なんでもない、わけじゃないが。

 追及しないぞ。

 俺は墓穴を掘る趣味はない。


「ほんと、君がいてくれて助かったぁ。

 でないと、どうしたら良いか、わからなかったよ、感謝、感謝」

「そうだな、50年ぶりに会った第一声が、ここどこ、だったからな。

 星樹の丘から見える町も、けっこう変わってたか」


 50年ぶりに会えた相棒は、星樹の丘で呆然と立っていた。

 どうして自分がここにいるのか、まったくわかっていないようだった。


 それは、そうだろう。

 俺だ。

 俺が、願ったからだ。

 相棒を返せと。

 他の誰でもない、俺の相棒(御使い)を返せと。


 女神の助け(慈悲)を歪めたのは、俺だ。


「いくら長命種(200年種)といっても、50年は長いぞ。

 わからなくなってても、無理はないさ」


 正しく使命を負った御使いならば、きっとこんな混乱はなかっただろう。

 現状のすべてを把握し、助けの手が必要な所へ駆けつけ、未曾有の災いから人々を救っただろう。


 少なくとも、ここがどこ(どの世界)かさえも分からず、災いが起こってることさえ知らないことはなかったはずだ。


 ここは、ニホン、でも、チキュウ、でもない。


「でも、変わってないことだってあるよ」


 それはそうだ。

 たかが50年。

 夕陽も、夜空も、星樹も、世界も。

 相棒がいなくなったっていうのに、何一つ変わりはしなかった。


 待って。

 待って。

 待ち続けて。


 50年経って、ようやく、変わった。


「この世界で、君が一緒な所、変わってないよね!」


 ずっと、一緒にいると、約束する。




  ◇   ◇   ◇   ◇   




 ずいぶんと、昔の夢を見た。

 相棒と再会した頃の、泣きたくなるほど幸せな夢だった。


 暴れ回る巨獣を追って、西を倒せば東へと、世界中を駆けて倒し続けた。


 薄絹の代わりに鎧を。

 金貨の代わりに剣を。


 地位も栄華も無い、ただただ災いと相対する日々だったけれども。


 俺は、誰が何と言おうと、幸せだった。

 

 だから。

 天の御使いをかすめ盗った罪科から、逃げるつもりはない。


「逝かないでっ、ああ、もう、寿命にはなんで回復魔法が効かないの」


 天命に逆らおうとは、相変わらず無茶をする。

 逃げ続け、隠し続けた女神の御前に、とうとう引きずり出されるだけだというのに。


「わたしを、独りに、しないでっ……」


 ああ、でも。


 天命(女神)に逆らってまで、一緒にいたいと思ってくれた、この幸福。


 天の御使いを(地獄へ)かすめ盗った罪科を(落とさ)架されて(れて)もなお、余りある。


「心配するな」


 わずかに声を出すことさえ、今では全力を振り絞らなければならない。


 相棒(天の御使い)を地へ留め置いているのは、俺だ。

 今生の最期になってさえ、相棒の手を離すことができない。

 その俺さえいなくなれば、相棒は天へ還れる。


 それも、もうすぐだ。


 ほら。


 燐光が立ち上り始めた。

 あの夕陽の丘の再現だ。


 相棒の輪郭が、燐光に解けていく。


 あの時、夕陽に解けていく相棒を引き止めようとしても、ぴくりとも動かなかった腕。

 その腕が、今、相棒の腕を、掴んでいる。


 願いは、叶えられた。

 もう十分だ。


「あ……、一緒に、連れて行って、くれるのね?

 嬉しい」


 待て。

 ちょっと待て。

 無理心中を喜ぶんじゃない。

 いや違う。

 違うだろう!?

 おまえ、女神の元へ還れるんだぞ!?


 俺が連れていくんじゃなくて、俺が連れていかれる、だと思うんだが。

 まぁ、いい。

 こいつのどこか抜けてる所は、今さらだ。

 まったく。

 女神の御前に罪人のごとく引きずり出されるか、問答無用で地獄に叩き落されるか、どちらかだろうと覚悟していたんだが。


 どうやら、二人一緒に拝謁が叶うらしい。


「…………ありがとう、ずっと一緒にいてね」


 おまえが望んでくれるのなら、どこまででも。





 



 襲い来る魔獣たちの前に真っ先に駆けつけて、人々の盾となることを約束します

 強大な魔物を前にしても、決して退かぬと誓います

 この身を人々の剣として捧げましょう


 だから女神様、これからも、彼女と共に歩んでも良いですか?


二人を暖かく見守って下さり、ありがとうございました。

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