勇者が視たAチーム
「ーーーーーー……」
ハルマンは、わたくしをつぶさに値踏みする。
己の中でわたくしという存在を確としたのか。
黒のヴェール越しの瞼を閉じた。
「ーーーーーー其の徘徊する死体はーー現状無害。故に、安息の地の元、快癒させよ」
「つまり、拠点で全快させろってことか?」
「……そうきますか…」
『ーーえ!? 全快!? 応急手当てじゃなくって!?」
フィクションさんの動揺は無理もありません。
傍から見たわたくしは、自称タラプ島住民の怨念から自然発生したアンデット。
当然、自然発生だと確定した訳ではなくーー初対面だから信頼もできない。
そんな、クッッッソ怪しさ満点フルスロットルアンデットを、拠点に招いた挙句全快させろとはーーなんと横暴なことか。
……正直わたくしも、応急手当てが関の山、どうにかして必要な情報を聞き出す必要があると思いましたがーー実際は必要なかったらしい。
しかし、しかしですよ。
ーーーー何故、ここまで協力的なのか?
ーーーー拠点の位置まで明かすものか? 応急手当て程度に留めないのか?
「ーー意義あり!!」
赤髪の青年が低い声で申し立てます。
イアソンさんは「待っていました」と、言わんばかりに振り向きました。
「ま、お前ならそう言うよな、リチャード。どうして反対なんだ?」
「素性知らぬアンデットを、拠点に連れてまで回復させるとは可笑しな話だな。そして…現状無害…だと? いつか有害になるのなら、今ここで殺せ」
赤髪の青年ーーリチャードはわたくしを睨む。
「ーー左様。獅子の心臓を保有せし勇猛な者よ、其の主張に誤謬無し。
ーーしかし、我が判断に曇り無し。其は必要不可欠である」
「では問おう、応急措置ではならぬ理由を。全快とは、些か過剰ではないか? 現に泥人形共の拠点は残す所あと三つ…」
「えっ」
「ーーーー何故そこまで肩入れする!?」
終末の体現者にーー嗚呼、恐れず喰らいつくリチャードを。
ハルマンはーー笑った。
「あーーー、と……その…こう…どうしたものか………」
分かりやすく額に汗をかきーー
分かりやすく震えて動揺しーー
流暢から一転しどろもどろになっていくーー
「どうやって説明しようか……ここまで喰らいつかれるとは思わぬかったわ……。ええ?」
先程の威厳はどこへやらーー
「な……なんでだろうな? あの、内なる真祖様がそうおっしゃったから……としか表現しようがないな。うん」
哀れにも、ただの不審者に変わり果ててしまった……。
「……つまり、ただのカン、と? ぶち殺されたいらしいな!?」
「ち! 違うわたわけ!! ただのではなく! 内なる真相様からの天啓であるわ!!」
「ーーーーそれすなわちカンだろうが! この大馬鹿者め!!!!!」
「違うもん!! 真相様からの天啓だもん!!」
……などと。
やいのやいで大口論。言い訳がましいハルマンを、正論でねじ伏せるリチャードの図の完成。
『なんだろう、この落ちっぷり。君の親戚かな?』
(ーーどういう意味ですか?)
『天才なのに変人なところ』
(ーー後先考えずにプラトニウム放つ方に言われましても……)
蚊帳の外になってしまったわたくし達。哀愁漂う目で眺める。
しかし、翼を生やしたお姉さんがわたくしを一瞥ーーすると、
「私は、ハルマンさんがただのカンでおっしゃたとは思いません」
「はぁ!?」
「だろう!!」
二人はガバッ! と勢いよく彼女に振り向いた。
「なにせ、今のハルマンさんはその身に真祖さんを降ろしているのでしょう? なら、本当に内なる真祖さんが伝えているのかもしれませんよ?」
神降しーーのようなものでしょうか?
どうやらハルマンさんの力は、純粋な自身の実力だけではないらしい。
「そうだ! 今の我は真祖様をこの身に宿す存在!! ふっ、真祖様は憤慨しているぞ? 真相を告げたのに、愚かにも信じてくれないと。
……くっ、これが貴様のディステニィーか!?」
「こいつ! 援護があった途端、生き生きとしやがって!」
怒りのあまり、今にも殴りかかろうとするリチャードを。
イアソンは制止した。
「ブリュンヒルデの言い分もあるな……
よし、ハルマンの言う通り、こいつを拠点に連れ全快させる。異論はあるか?」
「無い。早く連れて行け」と、アスクレピオス。
「異議なし」と、翼の生えたお姉さん。
「イアソンが言うにゃら従ってやる」と、猫耳少女。
「イアソン様の言う通りに」と、魔法使い。
「ないよ。無辜な命を奪わなくて済みそうだ」と、温和そうなお兄さん。
「カンというのは信用できるものだ。信憑性があるなら尚更な」と、民族衣装の青年。
「と言う訳で、多数決でこのアンデットを連れていく事にした。どうだリチャード、文句あるか?」
ーーまさに鶴の一声。ギリシャの英雄イアソンの名を冠する者に相応しいカリスマ性。
混沌とした話し合いを纏め上げたイアソンを。
恨めしそうに歯軋りするリチャード。
「……どうなっても知らんぞ」
弱々しく捨て吐く様はまるで負け犬。悪にも見える。
しかしながら、事情を詳しく知らないわたくし達から見れば至極ど正論である彼。
その腕を、ハルマンはとった。
「ーーーーー責任は我がとる。信じてくれ」
ーーーーーーーーそう真摯にされては断りにくい。
その光景を尻目に、わたくしは。
(ーーーちょっとは大人しくしよう………)
そう、決めたのでした。
「ーーひゅう! それってよぉ、俺責任取らなくていいってことだろぉ!? サイコーかよ!!! あ、さっきの戦いで疲れたから俺らも休むわ。ーーーーーじゃ、モヘンジョ、やってくれ」
………なにを?
なんて、疑問を挟む余地なく、民族衣装の青年が唐突に詠唱を始める。
「ーーーー遍く全てを統べる雷雨に寵愛されし我が真の姿ーー今こそ解き放とう! 空想境界建築!!!」
世界が溶けていく。
民族衣装の青年が頭上に掲げた掌を基点に、ぐにゃりと世界が廻る。
ーー気がつけば、わたくし達は焼け野原ではなく、絢爛豪華な城にいた……
反射してしまう程汚れのない白亜の壁。シャングリア、ダイヤモンドの高価な装飾品と、豪勢な花の数々……
色鮮やかなステンドグラスから見える外の世界はーーーーーー
虚無。
何も無い。光が一切存在しない暗黒の世界。黒の絵の具をぶちまけたら、ああなるのだろうか?
ーータラプ島は何処に消えたでしょう……?
わたくしの疑念も露知らずーー
イアソンは両腕を広げる。
「ようこそ、Aチーム拠点へ。ここはモヘンジョ=ダロの心象風景…びっくりしたか?」
ああーーそれは世界から隔絶された空想世界……
「歓迎するぜ? 新たな仲間よ。手始めに名を聞かせてもらおうか?」
光の差し込まないステンドグラスを背に、イアソンはわたくしに手を向ける。
そして他の6名が、わたくしの言葉を今か今かと待っていたーー
ぺこり、と礼儀正しく勇者は挨拶する。
「わたくしは名無し。名も亡き少女、ネームレス。」
イアソンは愉快に鼻を鳴らす。
「名前が無いのが名前かよ、イカしてんな。
俺はイアソン・テッサリアー。Bランク冒険者でチーム・アルゴーナウスを率いている者だ。
いつか王になるから、跪いて損はないぜ?
じゃ、お前らもしろよ」
魔法使いの少女は優雅に一礼。
「私はメディア・コルキス。Aランク冒険者、チーム・アルゴーナウスに所属しています。よろしくね」
翼の生えたお姉さんは柔和に微笑する。
「私はブリュンヒルデ。Aランク冒険者をしております。獲物は槍と爆弾。よしなに」
温和そうなお兄さんは小さく手を振る。
「サラディンだよ。マルムークの騎士をしているんだ。仲良くしようね」
猫耳少女はニカッ、と笑う。
「ピロークテーテ! Bランク冒険者でチーム・アルゴーナウスに所属しているヨ。よろしくにぁ」
民族衣装の青年は手をVに変形。
「モヘンジョ=ダロ。ガンダーラ郷の宮廷魔法使いだ。どうだ? 凄いだろ?」
アスクレピオスはやや苛立って。
「僕はアスクレピオス。医者だ。あとCランク冒険者、アルゴーナウス所属。さっさと治療させろ!!」
リチャードは舌打ちをした。
「……リチャード。モスクワの騎士」
「つーわけで、よろしくな! ネームレス!!」