フィクションが視た悪魔の証明
大外れだ。
「チェックメイトだ。
モヘンジョは最初から泥人形共のスパイだった。奴は情報と資材を横流しにし、この空想建築境界を創り上げて我らを閉じ込めた。
共犯者たる名無しは、クリアスモッグを焚き、幻覚魔法で邪神の幻影を見せた。
───これが事の真相だッ!!!!」
千切れた氷じみた睨み。
白銀に輝く手向けた剣先。
嗚呼、なんと恐ろしい風貌なことか……。
だが、大外れである。
全くもって違う。
決して泥人形の味方ではない。
どこかで勘違いしたのだろう、訂正や反論を入れれば落ち着いてくれるさ。
そんな魂胆を持つ僕。
だが勇者の瞳を介して覗く僕は、すぐに愚かな思いを正すことになる。
────揃いも揃って向ける、人類共の懐疑の視線によって。
「モヘンジョはタラプ島の占領が起きる前から、人類であるにも関わらず裏切った背信者だった。
奴はタラプ島奪還作戦を失敗させるべく討伐隊に入り込んだはいいものの、膨大な物資を前に、泥人形側が勝てるとは思わなかった。
そこでクリアスモッグを焚き弱体化した所を突こうと立案したのだ」
──これだけではない、と言葉を足し、
「奴はここ空想建築境界を乗っ取ったという」
「……まじで?」
「まじだ。現に我々は瞬間移動してきた。
だが些か変だな。いくらプロでもそんな事は可能なのかと。できたとしても速すぎる、ここにきて二時間の出来事だ。
そこで発想を逆転させた。
──元から奴が作り上げた世界だと。
こうすれば乗っ取れた理由になるな?」
モヘンジョは肯定も否定もしない。
ただただ、リチャードを眺めている。
「それと、奴は我々を思考誘導させにきた。裏切り者は二人いるかもしれないのに、あたかも一人であるかのように推理を披露したのだ。(二十話より)
なんと小賢しいことか」
「ほう? ではわたくしの役割は?」
「クリアスモッグを焚くには、ドーピングに詳しくないとできないが、我々は効果のみ知らされていて、絡繰の詳細は伏せられていた。(十四話より)しかしモヘンジョは薬学に詳しくない。
そこで打開策として、泥人形に名無しを作ってもらったのだ」
「わたくしの創造=打開策? とてもではありませんが、話が見えてきませんねぇ……」
リチャードは瞼を閉じた。
今までを思い出す。
「──初めから疑問に思っていた。
何故ハルマンはネームレスを信じたのか」
その答えは、「内なる《真祖》が無害だと告げたから」だ。(九話より)
この理屈にリチャード以外は納得し、勇者を匿う事にした。
「──だが、冷静に考えるとやはりおかしい。確かに魔法的な観点からすると十二分にあり得るが……」
それよりも重要な大前提があった。
幼稚園生でも分かる、極々当たり前な事。それは──
「──素性の知れん不審者をッ! 何故信じるのかッ!!!」
「まさに──正論ッ!!!!!」
無害以前にリチャード達視点では、勇者はどこ産アンデットなのか特定されていない。精々、タラプ島のアンデットではないことくらい。
「それで信じるとは……ザッツライト。ぐうの音もでません」
「おい不審者。お前が言うな」
いっそ、当の不審者が頷くレベルである。
「──あまりにも不自然だ。故に私は魔法の使用を疑った──”洗脳魔法”というな」
洗脳魔法──読んで字の如く洗脳する魔法。
これで思考を歪曲させ、不自然ながらも自分(勇者)は加入した……とでも言いたいのだろう。
だが──その理論は無理がある。
「なるほど。それなら不自然さに説明がつく……でもですね? それだけでは通らない」
疑われているにも関わらず、いや疑われているからこそノリノリで返答する勇者は。
「──その説を立証するには、
”わたくしが洗脳魔法を使える”証拠が必要。
人を非難するにはまず根拠が必要ですよ? まさか単細胞よろしく怪しいから疑っている訳ではないでしょう?」
わざとらしく唇を歪ませる。
リチャードは鼻息を鳴らす。安い挑発には乗るまい、と。
「ふん、できるさ。その前に問おう、”アンデットはどこが有能か?”」
質問の繋がりが見えてこない。首を捻り、勇者は素直に答えることにした。
「……再生力、耐性力、あとエーテルがある限り体力が無限ですかね」
「それもあるが最も重要なポイントは、素材やら術者の腕前やら色々関係するが、アンデットに好きな能力を付与できる点だ」
骨からハイスペックバイクに変化した、カローン・ナウスが良い例だろう。
「──そこで貴様は、主人である泥人形に洗脳魔法を使えるよう調教された」
「机上の空論が過ぎますよ。わたくしがアンデットであるためありえますが、ありえるだけ……
唐突に洗脳魔法を挙げ、挙句主人は泥人形とは──」
「──言いがかり、でございます。か?
まず唐突ではない。
洗脳魔法と幻覚魔法は、脳を破壊し錯乱させるという点では同じだから、魔法学会では同一視されている。洗脳魔法が使える=幻覚魔法が使えると見做していい。
邪神の幻覚が出た以上、誰か洗脳魔法を使えるのは違いない。
そして泥人形共は、”アンデットを作ること、もとい死霊魔法が使える”」
──そういえばメディアさんが言ってな(二十二話より)と、勇者は脳裏にちらつかせる。
「なるほど。では教えてくださいな──その根拠を」
上から目線で傲慢に、悪逆に見下ろすその面。
リチャードにとって不快で気に食わないものだった。
けれども今は、飄々とした化けの皮が剥がれる様を想像すると。
「何か変でも?」
「はっ、その間抜け面、遺伝子レベルで刻んどけ」
──リチャードはつい、頬が緩んでしまう。
「簡単だ。もし死霊魔法の腕前が無いなら
────アンデット対策はできやしないッ!!!」
「「「あ……あああああああああああ!!!!!!」」」
イアソンとモヘンジョ以外の討伐隊は驚嘆をあげた。
討伐隊派遣前、タラプ島で泥人形共は原住民を虐殺して、怨霊の発生を防ぐため対策を施した。(十二話より)
過去事実は覆せない。よってリチャードの理論に説得力が増す。
この理論で討伐隊の勇者への疑念は、疑わしいからほぼ間違いないに、そして警戒体制へ変化した。
孤立無援な状況だが……それなのに勇者の笑みは崩れていない。
想定通りです、とでも言わんばかりに。
「素晴らしいですよ。泥人形さんがアンデットを生み出せる……説の信憑性が上がりましたね。でも疑問はまだありますよ?」
クックッ、と喉を鳴らす。
「──……貴様が何故怪我をしていたか、か?」
「ええ、リチャードさんはわたくしがスパイだと。でも、五体満足の方が活動しやすいのでは?」
怪我がある……それだけでディスアドバンテージ。
自ら枷を掛ける愚か者に見えますか?
そう言外に問いかける勇者に、
だがリチャードは嘲笑する。
「──簡単なロジックだ。貴様の役目はドーピングの詳細を探ること……そういえば誰か、知識により詳細が分かる奴がいたな……」
「……僕とハルマンだな」
アスクレピオスが前に出る。
「だが──僕は誓って情報を流していない。呟いてさえいない。ハルマンは……知らんが」
「貴様はしてないだろう。意識的には、な」
「──────まさか」
アスクレピオスは絶句した。
脳裏に浮かぶは、あまりにも非道で邪悪な手法。
まさか、と。たとえスパイだったとしても、一度は助けられた恩人が、そんな事するのか、と。
「そのまさかだ。
ああ──アスクレピオスと名無しが二人きりになった瞬間があったな?」
事実は──覆せない。
「──── ”名無しの怪我を治癒する”という時間がなぁ!!
作戦会議の時には、既にモヘンジョはアスクレピオスの人となりを知っていたはずだ──医者として患者を治癒するという高潔な信念を!!」
アスクレピオス(彼)は、善人だ。
命を尊び、医療の進歩を願う、まさしく英雄。
だからこそ勇者が異世界人であると、あっさり信じた。
そこで必ず接触できると踏んで、実際に接触した所を、洗脳魔法で聴き出す。
これで二日目でようやく動いた理由に説明がつく。
そして、モヘンジョが異変に気付かなかった理由──それは気付かなかったではなく共犯者だから黙っていたからだ。
「アスクレピオス────ッ!!
貴様は利用された!!
貴様の他者を治すという情け深い献身が、今、こうして踏み躙られたのだ!!」
「──違う」
非難の絶頂に、勇者は否定を。
邪悪な笑みではなく、真剣な趣で。
リチャードの眼球を射止める。
「絶対に違う。それだけはない。たとえわたくしが敵でも、人の信念を踏み躙る事は無い」
急な変化にリチャードは驚くも、
「──信じられないな。そんなもの自己申告だ。何度でも言える」
考えを改める事はなかった。
「────」
しばしの間、薄寒い空気が流れた。
それは灯りのない人気もない、爛れた秋の街のような……不気味さが。
勇者は真顔だった。
唇を固く閉じ、ずっとリチャードだけを見つめていた。
それが、あまりにも恐ろしくて。
──リチャードに恐怖を与えるには十分だった。
「そうですか」
勇者は言葉と共に、淑やかに微笑んだ。
「良いですね、素晴らしい推理です。拍手しましょう」
静寂な空気に、拍手音だけが虚しく響く。
『よくないよ。ほんとよくない。これ、詰んでんじゃん』
全くもって、笑えない偶然だ。
『僕らは第三陣営だから、泥人形の味方ではない。となるとたぶんモヘンジョも冤罪で、真の裏切り者はまだ潜んでいる。けれども僕らは訂正できない!
なんせ君は本当に怪しいし──!!』
(──”ダンジョンマスターたるリッチと喧嘩して怪我を負った異世界人。ただ単に怪我を治してもらうためだけに来た”……とか、信じてくれなさそうですし、信じてくれましても、別件で殺されますね。ははっ)
僕は人類に復讐を誓うアンデットの王。すなわち、人類の敵で。
そいつの味方……うん、殺される。それはそうとして殺されちゃう。
スパイと誤認し、確信の域まで達している人類達。
皆実力者で、囲まれているこの状況。振り払うには骨が折れる。
振り払ったとて空想建築境界に閉じ込められているため、外に出る事は不可能。
──詰んでいる。僕らはそう、詰んでいる。
けれども勇者は不敵に笑った。
「でもですね。貴方、ひいては皆様は、今回の件の本質を分かっていない。分かっているのは──イアソンさんとモヘンジョさんだけですかね?」
ちらりと、イアソンに目配せする。
同時に討伐隊達もイアソンに集中を注ぎ、イアソンは舞台に上がった。
「……そうだな。今回は、俺もリチャードもモヘンジョも名無しも、全員扱いは同じなんだがな」
「は? 奴と同一視するな」
「──するさ、実際同じだからな」
大層立派な推測も、この一言でたちまち破綻する。
それは────
「リチャード──お前が裏切り者ではない証拠はどこだ?」
「は!?」
素っ頓狂に声を上げたリチャードは。
「いやいやいやいや、何を言うのかイアソン。私は討伐隊に組み込まれている……裏切りようが──」
「──え? リチャードくん、それおかしいよ。自分で言ったでしょ、モヘンジョくんは討伐隊に組み込まれる前から裏切っていたって。なら君にも当てはめれるよね? それくらい分からない?」
「こ、このっ!!」
リチャードの破綻をこことぞばかりに煽り散らかすサラディン。
そう。リチャードは、考慮していなかった。
「──みんなみんな、自分が裏切り者ではない事を証明できない。なんせ、洗脳魔法なんてものがあるんだからな」
「まさに悪魔の証明……この件で必要なのは、確固たる推理ではなく──信用、なのですよ?」
『あーそっか、おかしいのは洗脳のせいです。今まで洗脳魔法を使える事を隠していたんです。とか言われたら、お手上げじゃん。どうしようもないや』
ここは魔法が飛び交う世界。
洗脳魔法だけではない、未知の魔法が使われていたら、誰も証明できない。
「つーわけで、すまん。俺はリチャードの推測は共感できない。自分が裏切り者ではない証明してからにしてくれ」
「────あら、既に信用が地の底這っている方がおりますわ」
光明が差したかと思えば、また陰る。
アルジュナは名無しに指す。
「誰も自分が裏切り者ではないと証明できないから信用勝負……納得しました、異論はございません。
ですが…ならばこそ、一番信用できない名無しを吊り上げるべきでしょう」
「酷い人……初顔合わせた時、わたくしを可愛いと形容してくださったのに」
「可愛いのは事実だけどね、それはそうとして慈悲は無いわ。
ねぇイアソン、覚えてる? 貴方が私め達と名無しの扱いについて話し合ったことを」
モヘンジョの空想建築境界内で休息を取っていた時間のことである。(十二話より)
「あの時、私めが『名無しを匿ってもいい、ただし目の届く範囲に置いて前線に出すな。見張っていなさい』と結論を下したでしょう。
あの決断を下したのは、《真祖》が告げたからであって、ただの保留に過ぎない。私め達Bチーム、Cチームは名無しのコトなんにも信じてないの。そうよね?」
「然り。我々の無実の証明は不可、同時に名無しの証明も不可。洗脳魔法なぞ厄介な使い手の可能性が浮上しているのなら、殺すが吉」
「命の価値かっる。泣きますよ」
やっぱ倫理観中世ヨーロッパかぁ……と、
謎の言葉をぼやくと、勇者は肩をすくめた。
「まぁ、それはさておき。貴方方は間違えている。わたくしは信用最底辺ではなく、下から二番目なのです」
「誇れねぇよ」
「お前以上に信じられねぇ奴どこにいんだよ」
「モヘンジョか?」
「うるさいですよガヤ。今から黒幕を外野から引きずりだしてやるのですから」
そう勇者が宣誓布告をした時、ビマーナが止まった。
「──それでは、右手をご覧ください」
指し示すは命令の看板。
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タラプ島占領の、ねー
実行犯泥人形の”姉”のねー
名前を呼ぶのねー
なお、泥人形の名前は、グズ、ロタ、スクルド、なのねー
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下手くそで乱雑な字で書かれた、絶対に解けるはずがない命令。
だが、勇者は迷いなく解いた。
「答えは──ブリュンヒルデ」
そして、見えざる壁は壊れた。
これが指し示すのは、裏切り者はブリュンヒルデだということ。
勇者はブリュンヒルデに向けて不敵に笑った。
「さぁ、口論の時間でございますよブリュンヒルデさん。舞台に上がりなさい」
当のブリュンヒルデは。
──冷え汗を流し顔を真っ青にして、モヘンジョを睨みつけていた。




