君が視た後半戦の幕上げ……たぶん
何が楽しいのか、名無しは愉快げに手を合わせた。
「わたくしが思うに、その方は邪神様を崇めていない。従って邪神様が降臨しようがしまいがどうでもいいような」
名無しの仮説に、イアソンとピロークテーテは目を瞬いた。
知らない言語を耳にしたかのような、面妖な顔を貼り付けて。
「……え、えと……あぁと、まじで? まじで言ってるのか?」
「? 本気ですよ? 何故そこまで首を捻って……?」
──どうしてここで引っ掛かるのでしょう? と。
釣られてだんだんと不安になっていく名無し。
だがそこはリーダー。
数十秒ほど黙り込むと、顔をあげる。
そして一瞬。たった一瞬だけ──笑った。
──真夏の丑三つ時の柳に等しき薄寒さと陰りを持った、したり顔だった。
不気味さは伝播し、名無しの背筋を舐めまわした。
──ああ、どうやらわたくしは、何かしくじったらしい。
名無しは悔しさを押し殺しながら、表面上は保ちつつ、理由を探り始める。
ただ、傍から見ると、今まさに語ろうとした女の子が硬直した謎現象に映っている。
なのでピロークテーテは心配し始める。
「ど、どうしたニャ? 何か悪いものでも……」
「いやいや、大丈夫だろそこはアンデットだし。緊張でもしたんじゃね? 俺が話すわ」
事情を知らない人からすれば、イアソンの行動は優しさからくるものだと思うだろう。
けれども名無しは全くそう見えず。
また、今までの名無しの行動から違うと察する二人だが、あえてスルーを決め込む。
「空想建築境界で一番謎なのってさ、命令なんだわ」
「性格悪さの滲み出たあれか?」
「それそれ。それさ、なんで名前を指定してないんだろうな、て」
例えば、“イアソン、ピロークテーテはただちに殺し合え“とでも命令に書いてあったとしよう。
そうすれば、一同は誰かを犠牲にしないと先に進めなくなる。
そして裏切り者がいたならば──というか作戦中名前を呼び合っていたから、可能であったはずである。
──なら書かないのは何故?
──人類という敵がいるにも関わらず?
「変だろ。術者は本気で俺らを殺そうとしているのか? しかも、ご丁寧に命令をクリア可能にしている」
名指しが無いのは言うまでもなく。
最初の命令は人道的にアレだが、犠牲を出さずにクリアできた。
さらには古屋というセーフティもある。
次の命令の巨人は、何故か魔法を放たなかった。
さながら難易度調整かのように。
「かといって殺したくない訳でもなさそうだし……なんだろ、
“死んでもいいし、死ななくてもいい。それよりずっとここにいて欲しい。“
命令からは、そんなスタンスを感じるんだよ」
それもまた変である。
邪神と混沌神は殺し合っている。主人から敵を見つけ次第殺せと、命令までされているのに?
「てことは術者は邪神降臨に興味ないんじゃね?
だから邪神降臨の儀をぶち壊されてもオールオッケーなんじゃね?
これで本気を出す理由が無くなるよね?
──とゆーことを名無しは言いたかったてわけ」
「ふーん、一応理にかなっているけど、だとしたらどうして結局本気出したニャ? 一手間増やしてどうするニャ?」
名無しは首を傾けた。
「そこからは、感情論な気がするんですよね。
”このままでは大好きな泥人形ちゃん達が殺されちゃう! 助けなきゃ!!”とか。
何かしらの信念に基づいたものだと思います。
命令に関してはああいう理由ではないと辻褄が合いませんし……」
「……信念、ね」
ぽつり、とアスクレピオスが反芻する。
「ありえなくはないが、結局、クリアスモッグはどう説明するんだ?」
「ほら、それはあれですよ、知識です。知識」
「おい」
「いえいえ! 可能性大ですよ大アリですよ!! 知識ですもん」
「薬学舐めるなよ」
「いててて」
鬼の形相で名無しの頬を引っ張るアスクレピオス。
だが、名無しを援護する人が一人。
「──いや、ありえるだろ。というか、そうじゃないといろいろ矛盾が出る」
イアソンは述べる。
・•・•・・•・•・
「そうか、確かに命令から殺る気の無さを感じる……だが、クリアスモッグはどうする? あれはドーピング剤を細かく把握しないといけないのだろう?
念の為俺たちは効果だけしか知らされていない。それでも把握できるのは、医者であるアスクレピオスか科学者のハルマンのみ」
──ここで一度区切り。
「薬なぞ見ただけで分かるものではないと思うが? それともなんだ? 二人の心でも覗かれたのか??」
「そうは思わん。心を覗けるならもっと展開は変わるだろうに。ただ……そこが変だ。だって──」
仮に裏切り者がいたとしよう。
その人が情報を流通したとして?
どうやって流通させるのだ? モヘンジョの空間内で。モヘンジョが気づくだろう。
ならまぁ、モヘンジョに気づかれない方法があったとしよう。
なら何故、命令がこんなに殺る気がないのだ?
殺る気のない理由はどう説明すればいい?
「矛盾しか生じず、理解できなくなる。こうしかないのだ。そして沿った理由が、”薬学にも精通していたから”だ。見ただけで分かるのだろう」
「いやいやいやいや、それこそ変だろ」
「だが、アスクレピオスは可能らしいが? 可能な人物がいるのなら二人いてもおかしくない」
「それはそうなんだろうがッ!!!」
────変だろうッ!!!!
リチャードは内心吠える。
(そもそも裏切り者がいないのはモヘンジョの自己申告、モヘンジョが裏切り者だという可能性は!?
そして裏切り者が一人である前提で語っているような気がするが気のせいか!? 二人三人いてもおかしくない!!
あと仮説に仮説を重ねすぎている、前提がひっくり返ったら大惨事だ!!)
さながら胃に溶け残る食物のような気持ち悪さを抱え、思い直す。
(────やはり信用なるのは己のみ。情報が出揃っていない以上、迂闊に行動してはならんな)
一方で、サラディンはリチャードを見つめると、頷いた。
・•・•・・•・•・
「ま、今はこんなもんでいいだろ。裏切りものなんていねぇってことにしよ」
「その心は?」
「共に食事摂った奴が裏切るわけねぇーだろぉん!? 俺のリーダースピリットが叫ぶんよ、論理なんてねぇ!!
──俺は信じるぜソウルによぉぉおお!!」
「外したら?」
「褌一丁で繁華街を練り歩く」
「イアソン、貧相な身体を晒して恥ずかしくないニャ?」
「ふっ、俺の筋肉黄金比だぞ? 恥ずかしいとでも❤︎」
「罰になってないな、褌引き下ろして練り歩け」
「やめて、捕まる」
「褌の時点で捕まるのでは?」
などと、イアソンが前提をひっくり返すような妄言を吐いた──その時だった。
空間を断絶する壁が霧消した。
「……は、え? まさか、今巨人どもが今死んだのか?」
「らしいな、進めるぞ」
どうやらちゃんと底はあったらしい。
「じゃ、メディアは俺が背負うから進むか」
宣言通りイアソンはメディアを背負い、名無しはハルマンを背負う。
進む最中、名無しは脳内でフィクションに話しかける。
(──ところで、全く協力しようとしなかったフィクションさん、どう思いますか?)
そう──フィクションはこの間、全く話していなかったのだ!!
名無しは少し膨れっ面。
『あー、ごめんごめん。考えてた』
(──そうですか、それでどんな結論を?)
『裏切り者が分かった。ただ、確証は無いからモヘンジョに質問したい』
(──まぁ! 是非教えてください!)
『あー、うん、えっとね』
・•・•・・•・•・
ピリついた空気にて。
モヘンジョは手を叩く。
「ま! このままいっても堂々巡りだ話を変えよう!」
「そうだったそうだった。そういえば、ここから出ても意味が無いとかなんとかだったな」
「そうだ! だがそれよりモヘンジョはゴールについて語りたいので語ります」
「は? おい」
「まあまあ」
あっけらかんと悪気なく振る舞うモヘンジョに苛立つリチャードと慰めるサラディン。
「ゴールって、全部で三十マスといっても具体的な場所は書かれてないだなぁ」
「それは大問題だな」
つまり闇雲に走っても意味が無いということを示唆している状況。
「ただ、わざわざそれを取り上げるということは貴様、ゴールが分かったのだな?」
モヘンジョは大きく首肯する。
「その通ぉり!! 理屈の説明は省くが、空想建築境界の中心だと推測するのだ。中心部分というのは、この世界の起点となる場所の事だ。
さぁ! どこだと思うか!?」
「……普通に説明してほしいのですが……」
呆れつつも、サラディンは考察する。
この世界は泥人形が創られるあたりの世界。
──なら、中心地は創られた場所?
しかし、それこそ分からん。裏切り者以上に分からん。
情報が一切無いものをどう考えろと……
そう不満が湧き出たサラディンだが、
ふと、風が吹いた。微風である。なんて事ない風だ。戦争の灰を持ち上げる。
そして──奈落に落とした。
落ちゆく灰を見て、サラディンは呟いた。
「まさか、ゴールは奈落の底?」
・•・•・・•・•・
さて、ここから数時間がたった。
イアソンたちは新たな命令に辿り着いた。
今度はいったいなんなのか、
そう警戒しながら閲覧した。
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スタート地点に戻れ
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「は、ははははははは」
もはや乾いた笑いしか出ない。
イアソンもアスクレピオスもピロークテーテも名無しも、はてや人類嫌いのフィクションでさえ憐憫の眼差しを向ける。
「信念あっても性格クソだろうがよぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!!!」
叫んだ。イアソンは、叫ぶしかなかった。
かくして、後半戦の幕が上がった。
……たぶん。




