フィクションが視た勇者
この世界には二柱の神がいる。混沌神と邪神だ。
この神様方々、非っ常に仲が悪い。
現在──戦争中だからだ。
きっかけは、混沌神が作った世界の支配権を邪神が奪ったから……らしい。
真相はどうだか知らない。
混沌神は”人類”を。邪神は”侵略者”を。
お互いの下僕を殺し合わせている状況にある。
ま、そんなことはリッチである僕には関係ない。
──関係ない……のだが。
どうも混沌神は見逃してくれないらしい。
天井から差す淡い光が、鬱屈に沈んでいる僕を照らす。
──神託だ。混沌神直々に僕と話し合いたいらしい。
面倒だし、ぶん殴りたいけど今の僕じゃあ勝てやしない。
煮えくりかえる気持ちを押しつけながら、膝をついた。
『──聞きなさい、フィクション』
鈴のような凛とした声。混沌神だ。よくもまあ、僕の目の前に現れるもんだ。
『──……実はこの世界は先ほどやり直されました』
「なんと」
僕は目を見開く。なんせ、時間遡行は人智では不可能なものであると、知っているからだ。
それでもできる奴は、アイツしかいない。
「邪神……ですか」
『──そうね。邪神よ。邪神を崇拝する人類が、邪神の力を使って世界を壊したのよ。私が間一髪で世界を戻したの』
「なんと」
『──でもね、やりやがったの邪神は。裏切り者をこの世界に記憶ありで飛ばしたの』
「!」
それを意味するのは邪神の手先が世界を支配する可能性が高まる事。
──ー復讐が自らの手では達成できなくなる事。
「それは許せませんね」
ギリっと奥歯を噛む。ポッと出のやつに、僕の今までを奪われたたまるものか。
『──許せないわ。でも今の力を失った私では、邪神の加護を受けたあいつらを止められない。だから、異世界から勇者を召喚することにしました』
「イセカイ……え、別の世界のことですか? 存在するのですか」
異世界……紙の上にしか存在しないとされる世界。
ほんとうに存在していたのか……。
『──そう。存在するわ。
さて、大昔、邪神は私を裏切った後、私から権限を奪って全ての生物をコントロールできるようになってしまったの。あなたも私も腹正しいけどあいつの掌の上。
けど、あくまで支配できるのは私と共に創造した世界だけ。異世界の住人なら支配を受け付けない』
「そのイセカイ人に倒してもらうのですか」
『──その通り。本当なら神殿で召喚して、住居や食事は人類共に任せるつもりだった。……ただ』
言葉が詰まる。
『──……今の人類は信用できません。邪神の息がかかった者がいることや、勇者の素行にやや問題があるから』
「それはそれは、難しい問題ですね」
『──ということで、勇者の面倒はフィクションに任せます』
「どういうことで!?」
イマイチ理屈が飲み込めない命令をくだされ、僕は驚く。
「あの、お言葉ですが!! 僕受け入れるメリット無いですよね!!!」
『──そうだ』
「そうだ!?」
──冷静に考えてみよう。
邪神から見れば、当然危険因子は排除しにかかるだろう。
また、素行に問題あるやつを受け入れたらどんな悲惨な目に遭うのか。
そもそも食事や場所を分け与える以上出費が重なるだろうに。
さらには自分自身聖人君子ではなく邪道を征く者。勇者が「お前を倒して世界平和にしてやる!」とか言い出して殺しにかかったらどうするのか。
……ぶっちゃけ倒したら本当に平和になるのだから笑えない。
「いろいろいいたいことはあるのですがこれだけはいえます!! 僕はガベージ!
こんなやつにたよるなんて、邪神討伐がしにくくなるのではないのでしょうか!」
……そう、ガベージ。混沌神にも邪神にも属さない第三陣営。
アンデットを含む──龍、妖、ゴブリンなど、様々な種類がいて、各々すきに生きている。邪神の下僕側につくのも、人類側につくのも、なんなら全員滅ぼすのも誰も咎めやしない。
──ーそんな存在。
ちなみに僕は反人類である。当然だね。
『──確かに普通ならその通りだ。普通ならな。勇者は大勢の人類に囲まれ支援されながら動くよりも、一人で動いた方が活動しやすいらしい。私が保証しよう』
「!? そ、そんな……そんな人がいるのですか。でも僕には情報が無いですよ。どこに邪神の手先がいるのかなんて……」
『──問題ない。私が告げよう。そして近場に転送してやる』
「出費とか」
『──勇者はアンデット化させている。エーテルを流すだけで生きていける』
「邪神に狙われますよね」
『──勇者はばっちこーいの精神で戦うぞ』
「ぼくを殺しにかからない?」
『──むしろノリノリで手助けするぞ』
「問題ありまくりですねぇそいつ!!」
おいおいおい。大丈夫か勇者。
間違いなく僕は悪側なのに手助けするとか!
そいつに世界の命運を預けていいのか?
筋肉だけで選んだのか?
『──とにかく難ありだがうまい具合に話し合え。明日の夕刻、コア前に召喚する』
「え、待ってください。僕一言もok言ってないです! まって! ほんとまって!!!」
死霊の王の懇願は虚しく空間に響くだけだった。
・•・•・
(ほんとに大丈夫だろうか?)
退廃的な館の最奥。地下にサイバーチックな空間が広がっている。
こここそダンジョンコアルームと呼ばれ、ダンジョンの核となる場所である。
僕はぽつん、と。不安に、勇者の到来を今か今かと待っていた。
(ノリノリで僕の手助けするとか言ってたよね。そんな頭ゆるゆるな人と仲良くできるかな。んー、でもアンデット化させたといったよね。僕の支配でなんとかなるのでは?)
僕は不安のあまり、行ったり来たり、同じところをぐるぐるする。
そうして一時間が経過した。
──白光。
空間が白に満たされる。
目を伏せてしまうほど輝いている。
間違いない。
──勇者だ。
白が晴れた時、そこには全裸の黒髪の子が立っていた。
強気な目からは意思を、ピンとした背筋からは礼儀正しさを。
外見は前情報とは違う印象を受けた。
──僕は呆けてしまった。
まるで、残暑の薄闇の靄に包まれた丑三つ時に現れる、艶やかなカラスの妖怪のよう。
──美しい。それでいてゾッと背筋が凍る冷たさを、あの赤い目から感じる。
この世ならざるもの。なるほど。雰囲気からわかった。心でわかった。
ごくり、と。僕は唾を飲み込む。
勇者は、口を開いた。
「──あ! 死んでない? 死んでない! いやすでに死んでるけど死んでない! あれか! あれと戦うのですねわたくしは! 勝ったな!」
「え、なにいっているの? こわ」
──えぇ……。ドン引きしちゃうよ。
どうして、あの空気からこんな言葉を吐いちゃうのか。空気読んでほしい。
あたふたしていた勇者が、僕と視線があう。
二秒ほど見つめると、自分が無作法に振舞っていたことに察したのか、すぐに体勢を整えた。
「失礼しました。邪神とはあの程度だと思ったので勝利宣言をしたまでです」
「でも最初ドウヨウしてたじゃん。負けたんじゃないの?」
「いつか勝ちます」
「おっきいねずみじゃん」
──発言から考えると、負けたのだろうに。どこからそんな自信がくるのか。
僕は呆れてため息をついてしまう。
その態度が癇にさわったのか──むっ、とする勇者。
けどね、君、邪神の強さが分かっていないのか。
──邪神は全ての頂点に立つ存在なのに──混沌神が対応に焦る存在なのに。
どうして、そんな勝って当たり前──て
顔をしているのだろう? 自信過剰なの?
「ところで、あなたがこのダンジョンのマスターさん?」
「そうです。僕はフィクションといいます。よろしくおねがいします」
「話は聞いております。なんでも、人類に復讐するとか何とか」
「……」
(──やっぱりその話をするよね)
──それもそうだ。
勇者といえば、救世の使者。人類の味方をし、人類を守り、人類を仇なす敵を穿つ存在。
一方、僕はダンジョンマスターにして、リッチ。人類に復讐を誓う恐怖の存在。
──聞かないわけがない。
「……だとしたらどうするの?」
神妙に──真剣に──
──勇者の返答をまつ。
勇者はいった。
「いえ、どうもこうもないです」
僕の憎悪も──醜悪も──なに一つ勇者の心には響いていなかったらしい。
凛と整った顔が微動だにしていなかった。
──どうも……? こうも……? しないだって!?
僕の強大さがわかっていないからか!?
ダンジョンマスターであるがゆえの、無限の資源補給!
リッチであるがゆえの、無尽蔵のエーテルと特上の魔法!
──間違いなく、実力は世界10指に入っているのだぞ!
──ギリィ、と唇をかむ。色味の薄い顔をしたたっていく血。
その光景に、さしもの勇者の眉も上に動いた。
「何か、誤解があるようですね。
………もしかして、わたくしがあなたを侮っているとでも思われたのでしょうか? だとしたら、違います。あなたの実力は、見れば分かります。強いですね。
わたくしが聞きたいのは、その復讐の先に何があるのか分かっててやっているのかなのです」
「──はっ」
思わず吹き出してしまった。
「──なにそれ。いい子ちゃん? 復讐はなにも産まないとか、意味がないとかいいたいの? ざんねーん!! 何も産むつもりはないし、意味を見出すつもりもない。
僕はただ──殺したいんだよ」
ドス黒い怨念。醜い執着。目も当てられない悲惨さ。
幼い姿をした王の目に光は無い。救いも無い。
これが僕の醜悪さ。
僕のおぞましさ。
さぁ! 震えろ。「醜い」て、心底侮蔑しろ!!
「あの、申し訳ないですがもしかして、この世で一番の悪は自分だと思ってます?」
──けど、それも凪のように響かない。
あまりにも異質な返しをする勇者に呆然とする。
勇者はお構いなしに続けた。
「まぁ、確かにあなたのやることは世間から見ると悪そのもの。非難されるべき存在でしょうね。
でも、わたくしは非難しない。
あなたの復讐の動機は存じませんが、何であれわたくしは関与してない。関与してない外野がとやかく言う様は腹正しいこの上ないでしょう」
淡々と理由を述べる勇者。
その姿に、ふぅ──と熱が逃げていった。
「……なんだか、冷たいね。君、地球の裏側で同類が死んでも泣かないタイプでしょ」
「──どうでしょう? 存外わんわん泣くかもしれないですよ」
「そうにみえないね。視点が第三者だもの。──関係ないなら人助けしなさそうだし、関係あるなら人殺しそう」
「まぁ、なんて酷い方。これには、流石に天才たるわたくしも泣いちゃいます。よよよ」
やっぱり、冷たい人。上部だけがまとも。中は真っ黒。というより虚無? 異質、というのは間違いなかった。
「こわいね。君は勇者で僕はリッチ。そこらへんの敵対関係は理解している?」
「もちろんですとも。骨身まで理解が染み込んでますとも。分かっていないのはあなたですよ」
「……どういうこと?」
──いやはや、それこそどういうことだろう?
世界を救う、心優しき強い人。それが勇者だと思っていたけど、ちがったのだろうか?
勇者は静かに、いった。
「わたくしは、世界を救う役職にありますが、それは結果。わたくしは善ではない。かといって悪でもない。わたくしは我が道を征く者。
我が道に世界を救うという道標があり、あなたという道標がある。
わたくしはただ、その通りに進むだけ」
──一歩。一歩。一歩。僕に近づく。
おどろいてたじろぐ僕だが。
意にも介さず近づく勇者。
──二人の距離が三十センチに近づいた。
吐息と吐息が混じり合うほど近い。高鳴る僕の心臓の鼓動は、虚空に溶けて消えていく。
ガラスのように──僕の頬を優しくなでる勇者。つうぅ──となめらかに、きめ細かな指が伝う。
「ねぇ……」
「──!」
勇者のささやきは、全てを包み込むような海をも思わせる。いや、底知れない水溜まりを思わせる。
勇者は、僕より、弱い。
そのはず……そのはずなのに……なのに…
(──ーなんで、こんなに鳥肌が立つだろう)
分からない。分からない。なんでおそろしいのか分からない。分からない。
分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。
ドクドクドクドクドクドク…──脈打つ心臓。
それは、恐怖からきているものなのか──それとも、僕より強いんじゃないか、て思っちゃったから?
いや、僕より強いなんて認めない! だって、僕は────
「あなたは、どこに向かおうとしているのでしょう?
あなたのその心、どこから来たのでしょう?
人類を滅ぼした後は、どうするのでしょう?
そもそも、本当に人類を滅ぼしたいのですか?
決して、”怨霊になったから”なんて、理由じゃないですよね?」