フィクションが視た生きるという事
遠い目で、なお続く。
「そもそもですよ、混沌神様が最初から説明すれば回避できたと思うのですよ。そうです、本当にそうです。クリアスモッグ最たる例ですよ、敵情報の報連相はしっかりしてくださいよお願いしますよ…ああ、いえ……これが”社会”ですかね……実践経験を積まぬまま所狭い檻から放たれる小鳥……なんと悍ましき摂理な事か……ッ!?」
などと呟く勇者に、イアソンが反応する。
「なぁ、名無し、さっきから独り言しているが……もしかして脱出するつもりか?」
「愚問ですね、当然でございます」
「え」
「え」
ぱちくりと。眼を瞬かせお互いを見つめ合い、気まずい空気が流れる。
そのうち我に帰ったイアソンが、あたふたと両手を振る。
「いや、違うんだ。別に悪いわけじゃあないが、その……」
顔を紅潮し、眼を泳がせながら問いただす。
「アレぶっこ抜かないといけないだろ……ほ、本気でするのか? それよりもモヘンジョの助けを待つ方が堅実的だろ……」
「いいや違うな」
すかさず否定を入れるアスクレピオス。
「あくまで可能性がある、だからな。モヘンジョは空間魔法のスペシャリストだから脱出手段を持ち合わせているとでも考えているのだろうが、それは希望的観測に過ぎん」
ベルトに手をかけ、
「すべき事は次に進み」
「待て待て待て待て」
今にも脱ごうとしているアスクレピオスを制止。
……嘘だろ。こいつ本当に従うのか、と。
信じられない何かと遭遇したような、魑魅魍魎な顔をするイアソン。
一方で、お前こそ何言ってんだ、と。怪訝に顔を傾けるアスクレピオス。
「何してんのお前」
「は? 生殖器をぶっこ抜き爽やかに死ぬのだが? 止めるなよ」
「止めるわ馬鹿。なんで従うんだよ」
「空間魔法というのは、”律”を保つため、何処かに必ず術者が存在しないと成立しない。という事は元凶がどこかにいるんだろう? そいつ探してぶん殴って貴様らを帰らせるためだ」
「そうか、却下」
「はっ、安心しろ。貴様のリトルボーイには負担をかけさせん」
「は!? ちちち小さくねぇよ馬ァ───鹿ッ!!!!」
などと酷い口論をし合う二人に、メディアがくい割って入る。
「お待ちください!」
「メディアくん、是非この大馬鹿を止めてくれ」
「さっさとこの分からず屋を説得しろメディア」
希望を内包した二人の願望に、しかしてメディアは首を振る。
「私が引っこ抜きます!」
「だあああぁぁぁ!! 悪化した!!!」
「おい貴様が死んだらアルゴーナウスの魔法使いは誰になるんだ!?」
「それピオさんにも言えますから! 誰が医者を務めるのですか!?」
「いえ待ってください! メディアさんおちんちんさんついてるのですか!?」
勇者の意図せぬセクハラも、身内の言い争いには風のようなもので、
「い──い加減にしろよお前ら! 誰がリーダーか言ってみろよ、俺だろォゥン!? ちょっとはリーダーに従えよ!」
「は? リーダー如きが偉そうに語るな」
「申し訳ございませんイアソン様。しかし譲れないものがあるのです」
「カ──!! 相変わらず我が強いようで嫌いじゃないわクソが」
従わない二人の船員に、ああそうだったと。
いざとなればリーダーを殴る事も辞さないこいつらが、はいそうですね、と頷く訳がないと。
そう今までの航海を思い出す。
──思い出した上で! イアソンは腕を組んで、より一層声を張り上げる。
「──おうそうかそうか、なら開戦だなゥラワレゴレラァァ!! 精々手首の柔軟はしっかりしとけよ、掌返しのためになぁ────ア゛アアアア!!!!」
突如、断末魔のような悲鳴を上げのたうち回るイアソン。
それも無理はない。何故なら、ピロークテーテが足の甲を叩いたのだから。
起こされたのが心底不快のようで、射殺さんと睨め上げ、舌打ちする。
「……うるさい。寝ている人の近くで叫ぶニァ、非常識ニァ!」
寝起きの不満を乗せた低い声。
だがイアソンはたじろかず、むしろ強く反抗する。
「何が非常識だ、死生線上で爆睡するお前が一番非常識だろ!」
「疲れたら眠る、これ自然の摂理ニャ!」
「今寝んなよ──今!!」
「イアソン、猫に何言っても無駄だぞ。絶対に己を曲げん」
「おっ、そうだなお前のようだ、曲げるべきとこで曲げないという点はなぁあ!?」
……和気藹々とレスバする。
その輪に入れずあぶれた勇者は、寂しげに眉を下げ、看板を再度見る。
そして……ふと、湧き上がった疑問を口に出す。
「──これ、主語が無いから死ぬのは誰でもいいのでは? …例えばそこの牛さんとか……」
静まり返る空気。
盲点だったと真顔になる彼ら。
しかし永遠のように長く感じた刻の果て、
神妙な面したイアソンが口を開く。
「つまりさそれって──そこの牛のアレぶっこ抜いて殺す訳だ……自分のぶっこ抜くよりある意味エグくないか…………?」
……その言葉に、勇者も真顔になる。
道徳的にも人道的にも倫理観さえ何もかも、アウトゾーンを越えねばならないそれ。
──生きるためとはいえ、生存競争とはいえ!
本当にすべきなのか!?
「────やめろぉぉおおお!!!!」
すぐにアスクレピオスは、牛を守るように両手を広げた。
「やめろ貴様ら! 牛に罪は無いだろう!!」
一同の心に訴えかける一人の医者。
「僕らは生きるため生物を殺す……それは仕方がないが! 命を奪っているくせに、名誉までも汚すな!」
その心には……医者として救おうとする博愛があった。
それは、人類を超え生き物を超え、果てや無機物にまで注がれる広く、そして深い。
無論、イアソンは知っている。
知っている上で、話し始める。
「お前は正しい……だが、俺らはどうなる? 従わないと次に進めない…生きている保証は無い。
随分とまぁ、人類に厳しいのだな」
「────貴様ぁ!!」
アスクレピオスは歯を軋ませる。
本格的な殺し合いのゴングが響こうとした瞬間、メディアは気づく。
「あ」
「どうしたニャ?」
「これって……牛も殺さなくて済むのでは?」
「え」「は」「……まじです?」「ニャ」『そんなのある!?』
メディアに視線が注がれる。
「だって……これ、生殖器とは書かれてないですよ」
「うん?」
改めて命令を見てみよう。
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ちんぽこ笑顔でぶっこ抜き爽やかに死ね
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うん、酷い。酷いのだが、確かに”ちんぽこ”と書かれている。間違いない。
ちんぽこ=生殖器だろ、と。
小学生でも分かるような式なのだが……
「あの……ですから、ちんぽこが生殖器とは書かれていないです。
自分に付いているモノ、とも。生物である、とも……」
「あー、メディアさん、つまりはどういう事なのでしょう?」
全く話が見えてこないので結論を急かす勇者に、メディアは頷いた。
「つまり、別に”ちんぽこ”の形をした銅像を引きちぎっても問題ないのでは?」
まさに、天啓だった。
誰も死なない、牛も死なない、素晴らしい閃きだった。
「メ……メディア! お前ほんとサイコーだな!! 採用! 早速作ろうではないか!!」
「ま、待ってください!」
早速取り掛かるのだが、納得いかない様子の勇者。
「銅像に笑顔はありませんよ!?」
「笑顔の尺度は人それぞれです。笑顔と言い張ればそれは笑顔なのです。爽やかも」
「銅像に死という概念はありませんよ!?」
「生物的の死とは書かれていません。役割的な死という言葉があるでしょう? 銅像はちんぽこという文字列で成り立っていたのですから、引きちぎれたら役割が死にます」
役割的な死……とは、かなり若者よりの言葉だが、一応意味は成り立つ。
ようやく理解した勇者は爽やかに頷いた。
「そうですね! その通りです!」
かくして魔法によって銅像は作られ、引きちぎられた。
途端に見えざる壁も消滅して、一同はまた進み始めた。




