フィクションが視た泥人形の意地悪さ
かくて、人生にピリオドを打ち、後書きに突入してしまった一同は、古屋に引きこもったのだった。
メディアは過労により倒れ。
イアソンは部屋の隅で震え。
アスクレピオスは頭を抱え。
ピロークテーテは気持ち良く爆睡。
何も知らぬハルマンは引き続き昏睡中。
勇者に至っては酷い。一人古屋の外に出て、爽やかな笑顔を浮かべながら、両腕を伸ばした。
「──おお……混沌神様よ──怒っているのでしょうそうでしょう」
瞼に浮かぶは、世界で一番偉いあのお方──
「──今までの非礼を謝ります……ええ、ですから、どうか、どうか……」
大きく息を吸って──
「──────次からはちゃんと説明してくださいよ! いくら天才でも知らないものには対処できないんですけどぉぉぉぉああ!!! ま! 次なんて無いような気がしますけどね!! あっはっはっ!!!!」
壊れていた。勇者は虚空に向かってヤケクソに高笑いし始めたのだった……
『ね、ねぇ! 諦めてるの!? 考え直してよ!! 諦めて立ち止まったら本格的に君は死ぬし、何よりらしくない! 今こそ才能を発揮するところでしょ!?」
(──諦めてません。現実逃避です)
『それを諦めるというんじゃない!?』
焦るフィクションの指摘は正しい。
現在、勇者は死にかけている。打開するには、治療を受けるか高位の邪神の下僕を討伐しなければならない。
しかし、医者たるアスクレピオスは理解できず、ヒントを得ようにもこの謎空間に閉じ込められたので得られない。
挙句、損失する可能性を考慮し、戦場に大事な薬品は持っていかなかったので、現在薬品は待っていない……。
そして邪神の下僕の討伐なぞ、夢のまた夢の話。
フィクションはこの空間について、あまり理解してはいないが、ここで動かないと勇者が死ぬのは分かる。
──だから諦めずに進もうよ、と。言うのだが、勇者は首を振る。
(──ふっ、進もうとしましたよ? ……最初は……ね)
勇者は遠い目をしながら、どうしてこうなったかを振り返り始めた──
──『よし、まずメディアは俺らの身体能力を底上げする魔法をかけてくれ』
さっさと進むため、メディアにドーピングをしてもらった。
魔法を受けた一同の脚は、一見変化が無いように見えるが、素の脚力の何十倍にも及ぶ強化をされた。一同は、もの凄い俊足を手に入れ、謎空間を進んで行った。
これなら次のマスに辿り着くのは造作もないだろう。
そう考えながら、一時間経った……まだ着かない。二時間経った……まだまだ着かない。三時間経って道を間違えたのか不安になり、四時間経つ頃には焦りを覚え、五時間経つとイアソンが泣き始めた。六時間経って……ようやく現在地点──命令が書かれた立札の前にいる。
一マス……という表現は随分的を射た表現で。
先に進もうとすると、見えない壁に阻まれて先に進むことはできなかった。
なるほど、先に進むには命令をこなさないといけないのは本当なのか。
また、命令で苦戦する事を想定しているのか、おあつらえ向きにオンボロな古屋と柵で囲まれた牛があった。
そして、荒い呼吸で死んだ目をするピロークテーテが──呟いた。
──『……ここまでの…距離、約500Km……ニャ』
己の歩幅から導き出しただろう数字に、それ以上の言葉は不要であった。
泥人形の言い分が正しければ、マスは全部で三十マス──すなわち。
「……ゴールまで”15000Km”……自分の足で歩けと。乗り物無しに」
そう告げた勇者に、フィクションの眼からも光が消えた。
ピンと来ていない方へ、こう言い換えれば分かるだろうか?
ユーラシア大陸横断の距離であると。
ユーラシア大陸最西端、ポルトガルのロカ岬から、最東端ロシアのデジニョフ岬の距離とほぼ等しいのである。
技術が発達している現代でも一ヶ月はかかるだろうこの距離。
ここを生身で、屋外で、自力で、一人抱えて進めと?
もはや魂ごと吹き飛びそうな勢いで叫ぶ。
「歩ける訳ないじゃないですか!! こちとら生身なんですけど!? お腹も減れば体力も減るに決まってるじゃあないですか!!」
──その証拠として、全体の1/30である500Kmでさえ、メディアはエーテル切れを起こし倒れ伏すどころか、皆疲れ果てた。もはや一歩も動けやしない。ピロークテーテに至っては寝た。
全力でやってこれである。
これが……あと29回? 正気か??
『カ、カローン・ナウスはどうしたの?』
(──あれ二人乗りなので六人も背負えません(五話参照))
『どうにかならない?』
(──どうにもならないので今があります)
それよりも、と。勇者は一言区切って。
(──最も重要な事項は、我々がゴールしても解放してくれる保証は無い事です)
『え、でも看板には、出たきゃゴールに辿り着け、て書いてあったけど』
フィクションの疑問に、勇者は肩をすくめる。
(──冷静になって考えてくださいよ。人類と侵略者てどういう関係でしたか?)
フィクションは思う。何って……それこそ愚問、常識だろうと。
混沌神と邪神は戦争している間柄だから、その下僕である人類と侵略者も殺し合っている仲だろう。そもそもこのタラプ島の件だってそいつらの戦争だし……
『あ』
ここまで思考が至った途端、言葉を漏らす。
ようやくお気づきになられたフィクションに。
嗚呼、清々しく勇者は頷いた。
「敵を殺さない理由はありますか!? 無いですね! 己の掌に敵がいたらどうします!? 殺しますね!! ──今そういう状態です、はい。生殺与奪の権が握られています」
とどのつまり、勇者達は詰んでいるのだ。
謎空間の持ち主は、どう考えても泥人形である。勇者達はその中に閉じ込められており、出る術は無い。
つまりは主導権は泥人形が常に握っている状態なのだ。当然勇者達の命も未来も何もかも。
例えるなら、ギロチンに首をかけられている状態だ。逃げる事はできず、刃が落ちるのを待つしかない……そんな絶望的状況に晒されている。
そして、敵を殺さない理由は無い。
約束通りに敵を解放してくれるのか? それこそありえないだろう。
今この状況は泥人形が楽しむ余興に過ぎない。生きるため無様にもがく勇者達を鼻で嗤う時間なのだ。
──そのための約束。
──そのための命令。
勇者は看板を一瞥。
クリアしなければ次に進めない──看板に書かれた命令は、こう。
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ちんぽこ笑顔でぶっこ抜き爽やかに死ね
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……も〜〜〜、も〜〜……と。
晴れ渡る空の下、牛の鳴き声だけが響く。
『君〜僕疲れているみたい〜、直球に死ねって見えるんだ〜』
(──も〜、そうですよ〜直球に死ねって言われているのです〜❤︎ ちなみに、見えざる壁を壊して踏み倒せないかと試したのですが、ダメでした)
先に進むには命令をこなさなければならない。
しかし、命令通りに従うと誰かが死ぬ。
しかも、従ったところで確実に守ってくれる保証は無く。
そもそもゴールまでの道筋が人の足で進める距離じゃない。
ここから逃れる方法は勇者達には無い。
(──これで、我々が現実逃避している理由が分かりましたか?)
『うん、分かった。痛いくらいに』




