勇者が視たアスクレピオスという医者
「よし! 自己紹介は済んだな! さっさと治療するぞこい!!」
「い、痛いですよ引っ張らないでください! 一応わたくし怪我人で──────」
アスクレピオスに引っ張られるわたくし。
向かった場所は医療室。ピン! とシーツが張られた寝心地良さげなベットと、
何をどう扱えばいいのか理解できないたくさんの機材や薬品が置かれていていました。
その中で、アスクレピオスは聴診器のような機材と赤茶色の小瓶を取り出した後、わたくしをベットに座らせた。
「───まずは腕まくりして様態をよく見せろ」
プラトニウムの跡を様々な角度でよく観察すると、聴診器のような機材を当てた。
「………………エーテル過剰被曝だな」
「どういうものなんですか?」
「魔法でもなんでもない。ただシンプルにエーテルに当たり過ぎたという症状だ……エーテルは分かるか?」
エーテルについてはタラプ島に向かう途中、フィクションから聞きました。
……とはいえ正直な話、偏向偏見の塊であるフィクションさん一辺倒では危ういものがある……
聞いてもリスクはありませんので、聞きましょう。
「あー…分からないかも。お願いします」
「承知した。
エーテルは魔法の媒介であり、万物全てに宿っているものだ。宿っているものに対し、色、形、質量…様々な種類がある。
まず、大きく四つに分けると、
広がる”火元素”
流動する”水元素”
上に向かう”風元素”
下に向かう”土元素“」
───ここまではわたくしの世界における古代ギリシャのエーテルと同じ。
「さらに分けていくと…風元素から闇属性、闇属性から死霊科とな。
このエーテルが死霊科なのは間違いない……間違いないのだが……」
眉を下げる。
「──────ーなんだこの濃度は…? 見たことがない…従来のこの薬品で大丈夫なのだろうか……?」
『えっへん! まぁ? 僕のようなダンジョンマスターでリッチな上位種なんて、めったに見られないよね! やっぱ凄いんだよ僕』
(───そのせいで治らない可能性が浮上しましたが?)
…………わたくし、本当に治せますよね? と、
若干心配になってくる。
「───それに…反発しかねないな。ネームレスのエーテルも見たことがない……」
「わたくしは天才ですからね…こういう事もあります」
「異世界人に付ける薬品なんて僕は知らないぞ─────────ー」
「ちょっと待って」
───パードゥン?
この医者、物が上から下へ落ちるような…腹が減れば元気がなくなるような…
ごくごく自然にとんでもない事を呟きましたよ?
───嗚呼、そんなまさかと。
己の優秀な耳を疑い、恐る恐るアスクレピオスに尋ねる。
「……あの、今わたくしが異世界人と仰いましたよね?」
「ああ。異世界人だろう? タラプ島で生まれた存在ではない」
『──────バレてるんですけどぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!』
──────ーoh…そのまさかだった。
ものの数分でバレてしまうとは……
『ど───するのさこれ! ───はっ!? もしかしてこれも想定内だったりする!?』
フィクションは知っている───
───勇者は変人だが天才であると。何とか打開できる器量を持っていると。
(───ふっ。天才たるこのわたくしの脳を持ってすれば…予測出来ましたとも。───悪い方に)
『ダメじゃん』
(───ええい! ものの数分で見破られるとは思わなかったのです!
……まぁ、よくよく考えれば身体の作りは違うでしょうし、気づく人は気づくのでしょうね……)
とはいえ冷静に考えると、自分が異世界人だとバレた事は、さほど問題ではない。
──問題なのは、世界を救う人類の味方の役職にあるはずが、裏切って世界を滅ぼす目論みに加担している事。
これさえ看破されなければ、修正可能だ。
さて、話し合うわたくしとフィクションさん。しかし、傍から見れば黙り込む小娘にしか見えないので、
アスクレピオスは怪訝そうにわたくしを見つめる。
「───どうした。いきなり黙り込んで」
「失礼、まさか異世界人とまで気づかれるとは思わず……参考までに聞いてもいいですか?」
さらりと流した自分がおかしいと、今更気づいたらしい。
微かに目が揺れた。
「どうもこうもしない。お前のエーテルが火元素とも水元素とも風元素とも土元素とも合致していないからだ。ありえない。よって異世界人である。終わり」
「……もしかして…………異世界人はさほどレアではないのでしょうか?」
ふるふると首を横に振る。
「──────いや、レアだ。後にも先にもお前だけだからな」
「……なら、何故信じるのですか?」
例えるなら───そう。
原始時代の人間に銃を突きつけて、
ここから玉が出てお前は死ぬんだぞ、と
脅したとしても、筒から玉が出る訳ない、と 信じる訳がない。
───ーそれと同じである。わたくしという空想の存在を、何故そうもあっさり信じるのか。
アスクレピオスの困惑顔は、
それこそ理解できないと、雄弁に告げていた。
「──────ー医者たるもの、それが真実なら信じるだけだろう」
それは───彼の絶対遵守法律である。
「かつて人類は、病気の原因はエーテルの故障だと信じていた。だが、真実は違った。目に見えないウィルスのせいだった。
……この誤解せいで間違った医療が行われ、どれだけの命が奪われたことか……!」
悲劇を二度も繰り返してはならない───
「──────ありえない間違っている。その思い込みが発展を妨げる。
だから、僕は信じる」
そう堅く決心した一人の医者に。
わたくしは感嘆をもらした。
「とても素敵な思想ですね」
「そうか? ありがとう…だがそんなことはいい、さっさと横になれ」
アスクレピオスにとっては当然のことらしい。わたくしの彼自身の心には特に何も響いていないどころか、
それよりも───と。わたくしに横たわるよう指示を出す。
「? 何故ですか?」
「この薬品を塗るでいいのか判断するためだ。あの機材を用いてお前のエーテルはどういう形か、どういう体の構造か。そして反発しないか確かめる。
───……裏付けるには早くとも二日かかると思うが……大丈夫か?」
二日……ですか。
───間に合うはず。まだ、皮膚が青白く被れているだけ。
次の症状である…体温脈拍の上下や、白血球の劇的な減少、心身の麻痺には至っていない……………はず。
「──────早急にお願いします」
横になったわたくしを見ると、アスクレピオスの唇がキュッ───と噤む。
鋭い黄色の目が揺れ動く。
「任せろ。不治の病などあってはならん」
力強い言葉と共にCTスキャンのような機材を動かし始める。
グォオオン、と稼働音が鳴りながらベットがゆっくり動き、空洞の中に入っていく。
──────一瞬だけ。アスクレピオスの頬に、一筋の汗が滴り落ちたのが見えた。
・•・•・・•・•・
───カタカタと。アスクレピオスがパソコンを稼働させ、本を辺り一面にぶちまけた頃……すなわち、一時間経過した頃のこと。
残された時間は116時間56分。
まだ猶予はある。しかし、さしもの勇者も分かりやすく焦っていた。僕だって焦っている。
……なにせ、アスクレピオスが頭を抱えながら医学書と睨めっこし、こんな事を呟くのだから。
「どうなってる!? さっぱり分からん!! 四種類の型にハマっていないのは分かるが、エーテルを感じなくとも魔法が放てるとはどういう了見だ!?
それにおかしいのはエーテルだけではない。身体の構造もだ。脳の伝導率の異常さ、生殖器の有無、臓器の数さえ違う……それなのに…エーテル感知機構はちゃんと備わっている挙句使ってないだと!? 何のためにあるんだこれは!?」
要するに──────ーお手上げ、である。
『ねぇ、君って今の今までエーテルを感知せずに魔法を使ってたの?』
(───はい。魔法は呪文やイメージが合っていれば行使できるものかと思っていました)
『なわけないじゃん、冷静に考えてみてよ。鉛筆を知覚せずにイラストを描いているものだよ? できる訳ないでしょ』
(───わたくしが天才だから…とかありえません?)
『無いね。天才の一言で魔法学を覆さないでほしい』
ほんとどうなってんだこいつは、と。
家で死の閃光を放つ短慮さを恥じつつも、勇者の特異っぷりにドン引きする僕。
『ねぇさ、お得意のメタ読みで分かんないの?』
初見であるにも関わらず、死霊魔法の詠唱諸々把握した要員である天下の翻訳スキルなら、
糸口の一つは見つかったのではないかと問うものの、
(───ふっ、もちろん元ネタは分かりましたとも…”アイテール”ですよ。
簡単に説明させていただきますと、アリストテレスという哲学者が空にある星を見て、何故落ちないのだろうという疑問の末提唱した”五番目の元素”です。神を構成している元素だの天体を構成している元素だの言われていますね。
いやぁ! わたくしって神の如く、ではなく神に等しき存在でしたかぁ! いやよくねぇよ!!!!!)
いつもの自画自賛を止めた勇者に、僕は首を傾げる。
『なんでさ。糸口見つかったんでしょ? なら、このまま考察を重ねれば───』
(───何ですか)
『え?』
(───だから、それが何ですか?)
首を横に振る勇者。
(───改めて我々の目的を確認しましょう。
内ゲバでできた傷もといエーテル過剰被曝を治すためにやってきました。治す方法は二つあります。
一つ目が、邪神の下僕を討伐してGPを貯めること。
二つ目が、著名な方に治してもらう、もしくはヒントを得て自力でどうにか消費GPを削減すること。
では問題です。わたくしのエーテルはアイテールと知ったところで、何か分かりましたか?)
問われた通りに考えると、僕は眩暈がした。
──────そう、状況は何一つ変わっていないのだ。
分かったのは”勇者の体はいろいろと外れているということ。外れているから、特効薬が効くのかはたまた悪化するのかも、定かではない。
───という状況に、名称が分かったぞ! と言われても、だから何? という問いが返るだけ。
(───あーもう、ちゃんと型にハマっていたら薬品塗るだけで終わっていたのに、悪化する可能性も考慮しないといけないとは!!
くっ……! わたくしの才能が恨めしい!!)
だからよくないと否定した勇者は、拳に力を込める。
いや、それ多分才能関係なく異世界人だからだと思うの…
(───最悪、一か八か治ると信じて塗りましょう)
『……いいの? 悪化する可能性あるんでしょ? 僕からすると、人類がチョコ食べられるから猫にもあげるみたいな愚行だと思うけど』
(───医療とは、そんなものでは? 最初は特効薬など分からないから実験体が必要なんですよ。実験だと思えばなんとも……ただ)
チラリと。アスクレピオスに視線を向ける。
「──────駄目だ。危険だ。あまりにも危ない。だから早く決めないといけないのだろうが!! 何をモタモタしてるんだ僕は!! ……ここはナイチンゲールの定理を出せば───」
(───と、ドクターストップがかかっているので、今はまだやめましょう)
彼はあまりにも分かりやすく焦っていた。
美しい造形の顔が、酷く歪んでいる。
張り詰めんばかりに眉を顰め、
不快な歯軋りを奏で、
文字を凝視する両目。
ポタポタ……と、汗が流れ落ちると同時に、無意識にも不安を吐き出す。
……勇者は言うのだ。
世界保健機関の象徴にもなった存在があれ程までに焦るのなら、
やめておくのが賢明だと。




