✒︎1 異世界の姫(自称)、部屋に降臨
「秋斗!牛乳買ってきてくれない?」
誰かの日常のような風景。
おたまを片手に持った女性が、テレビを見ている制服姿の青年に話しかけていた。
「りょーかい。ポテチ買ってきてもいい?」
「お釣りが余ったらね」
女性が青年に五百円玉とエコバックを渡す。
二人は親子関係なのだろう。
秋斗と呼ばれた青年、佐野秋斗はテレビの電源を消し、家から出た。
牛乳、牛乳…
秋斗は牛乳とノリ塩ポテチを抱え、会計をしていた。
五百円では少しお金が足りなかったため、少しだけ自腹で払った。
スーパーから出て、少し暗くなった道を歩く。
今日はやけに流れ星が多いなと思いつつ、なんとなく電柱を触る。
家の前まで来ると、二階にある自室が一瞬だけ光ったかのように感じた。
電球の切り替えどきと考えながら、ドアノブに手をかける。
家に入り、母に牛乳を渡し、二階の自室へと向かう。
「は?」
秋斗はその時、思わず手に持っていたポテチを落としてしまった。
秋斗が驚くのも無理はない。
自室のベットの上にちょこんと座っていたのは、金色のブロンドがかった髪に、人間の目とは思えないほど深い青色の目をした少女だった。
顔は一級品で、あり得ないぐらい可愛らしかった。
頬などに傷があり、服も所々焦げていたり破けていたりした。
秋斗は一旦自室のドアを閉め、廊下に出る。
(落ち着け。きっと何かの幻覚だ。来週は入学式だから、疲れが溜まっているんだろう。きっとそうだ)
秋斗はもう一度ドアノブに手をかけ、そしてドアノブを手前に引いた。
やっぱり、さっき見た情景とは何も違っていなかった。
秋斗の幻覚ではなかった。
少女はちゃんと動いていた。
置物でもなかった。
指で髪の毛をクルクルさせながら、あくびをしていた。
秋斗は全速力で下に降り、母の元へ駆け込んだ。
「母さん!部屋に知らない女子がいる!」
「アニメの見過ぎで現実と二次元がわからなくなったんじゃないの?」
「そうだったらもっと喜んどるわ!いいから来て!」
秋斗は自室まで母を連れてきて、そして部屋の中を見せた。
「俺のベッドの上にいるやつ!」
「あら、誰かしら」
母が少女に近づこうとした瞬間、少女が指を鳴らした。
耳奥にまで反響する、嫌な音だった。
「…アメリカからの留学生の子じゃない。心配ないわ」
母は急に人が変わったかのような喋り方をし、下に降りて行った。
「は?」
秋斗はまたもや混乱した。
家には留学生なんか呼んでいない。
母は、家に誰かを呼ぶのが嫌いだから。
状況を整理したい秋斗は、とりあえず自室の床に正座で座った。
絨毯がゴワゴワしていて少し不快に思ったが、今はそれどころではない。
「えっと、誰ですか?」
少女は何も答えない。
自分に問いがかけられていない、そんな絶対的自信を持っているように見える。
「あの、そこ俺のベットなので、どいてもらってもいいですか?」
またもや無視。
そろそろ秋斗の堪忍袋の緒が切れそうだった。
「あの…聞いてますか…?」
秋斗が半ギレの状態で聞くも、少女は無視を貫き通した。
「答えろっつってんだろうが!!!!」
ついに秋斗がキレた。
少女はようやく秋斗の言葉に気づき、目を丸くしながら答えた。
「私に言っているのか?」
「お前しかいないだろ!!!」
少女は少し考えてから、また指を鳴らした。
秋斗の両耳に、嫌な音がまた反響する。
「私は誰だ?」
「知らねえよ!!!」
少女の問いに、秋斗がキレながら答える。
「貴公、私の魔法が効かないのか?」
少女が戸惑いながら聞く。
ついに秋斗は、訳あり信教信者のヤバいやつが家にいる、とまで思ってしまった。
「よくわかんねえけど、さっさと家から出てけ」
秋斗も少し冷静になり、目頭を押さえながら言う。
少女は秋斗の言う事は聞かず、ベッドの上で仁王立ちをした。
「面白い!私の名はメイ・アシュードだ!この家に「いいから出てけ!!!」
秋斗は少女を部屋から追い出し、ベッドの上にダイブした。
(きっと…疲れてたんだ…今日はもう寝よう…)
そう言って、秋斗は瞼を閉じた。
¢
「おい、起きろ!」
次の日の朝、秋斗は誰かに起こされていた。
「父さん…?今日は休日だし、もう少し寝かせてよ…」
布団にくるまる秋斗の布団を、容赦無く剥ぎ取る。
春なのでまだ寒く、秋斗は半目で布団を探した。
「起きろー!」
耳元で盛大に叫ばれ、秋斗は勢いよくベットの上で立ち上がった。
「はい!起きてます!佐野秋斗、起きました!」
しかし、起きてきた頭の中で考えると、秋斗を呼んだ声は母でも父のものでもなかった。
「ようやく起きたな!では、心して聞け!」
秋斗の頭の中で、嫌な答えが導き出されていく。
その答えを確かめるべく、秋斗は恐る恐る目を開けた。
「私の名はメイ・アシュードだ!今日からこの家に住むことになった、姫なのだ!」
そこには、両手に秋斗の布団を持ちながら、宙に浮かんでいる、昨晩の少女の姿があった。