幸福な結婚とは? 4 ラウラ=ベルハイム
ラウラ=ベルハイム嬢はとても魅力的な女性に
見えた。
ダークブロンドの巻き毛、少し垂れ目の大きな瞳、
目を引く泣きボクロ、高く通った鼻梁、薔薇色の唇。
首を覆うワンピースだが肩が出ていて、
ぴっちりしたワンピースは
丈が長いが前にスリットが入り、
すらりとした美しい脚が覗く。
「アベル副長官…この間お渡しした資料を
お返ししていただきたいのです。付箋を貼って
おいたはずですが…」
高いヒールをカツカツと音を立ててモデルの
ウォーキングのように歩く。
悔しいけれど、とても美しい。
以前の世界でも彼女のような女性に何度も会い
仕事をした経験がある。
できる女性ほど柔和な笑顔の下で爪を研ぐ
ハンターのように仕事をこなしていた。
わたしもそんな女性に何度かお付き合いを
迫られた事もある。
口説き方もスマートなのだ。
そしてベッドの上でもそのテクニックは遺憾なく
発揮される。そしてー。
(そんな相手がもしアベルを狙ったとしたらー?)
なんと言っても誘惑に弱い子だから危ないわ。
(誘惑するのはジェニーでしょ!とアベルの声が
聴こえそうだが)
わたしは結婚神話を信じていない。
絵本だけの話だ、ばかばかしいと思っていた。
ー今までは。
でも今はわたしのために命までかけてくれた
アベルと末長く仲良しでいたいと思っている
からー。
(こんなところでかつてのガールフレンドみたいな
女に負ける訳にはいかないのよね)
そう決意しながら、かつかつとこちらに歩いてくる
彼女を見つめた。
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ラウラ嬢が近づいて来ると
(ん?)
ーなんだか違和感がある。
美しい女性なんだけど、なんだろう…。
わたしは感じた違和感の正体がわからないまま、
ラウラ嬢とアベルが仕事の話をしているのを
聞いていた。
今度設置する魔法管理省のイベントについての話
らしい。
アベルの了承を得てから配布するビラの内容だった。
書類をアベルが持って帰ってしまったらしい。
「珍しいですわね…、滅多にそんな事されません
のに」
彼女は少し声を上げて笑った。
「ああ…ごめん。ちょっと考え事をしていたらー」
アベルはわたしの方をちらりと見た。
ラウラ嬢は「頂いてもよろしいですか?」と聞いた。
「わかった。少し待っていてくれるかい?」
アベルはラウラ嬢に向かって言うと、わたしの方へ向いた。
「ジェニーいい?絶対待っていて」
と心配そうに聴くので
小さな子どもになった気分だったが、
「わかりましたわ」としっかり頷いた。
アベルは安心したように温室を出ていった。
(うーん。気まずいわ…)
彼女からスパイシーな香水の香りがする…。
ラウラ嬢はわたしと目を合わせることなく
お手本のようなモデル立ちで、温室の向こうを
見ているようだ。
(…南方の花がある花壇の方だわ)
わたしは
「南のお花がお好きですか?」と聞いてみた。
彼女はわたしを見下ろしてから
「…いらっしゃっるのに気づきませんでしたわ」
と女性にしてはハスキーな声で、
嫌味にしてはさらりと言った。
(うーん…。どうしたものか…)
今日何度目かの「うーん」だが、仕方がないー…。
こちらから挨拶はすることにした。
「ジェニファー=エフォートですわ。
アベルの部下の方ですわね。
よろしくお願いいたします」
彼女は横目でわたしを見下ろしたまま
「ーラウラ=ベルハイムですわ」
彼女はそれだけ言うとまた前を向いてしまった。
「ー素敵な靴ですね」とわたしが話を続けると
「もうすぐアベル副長官が戻って参ります。
余計なお話はされない方がよろしいのでは?」
ラウラはピシャリと言ってきた。
「…なぜですか?」わたしは訊いた。
彼女はしばらくして答えた。
「ー私の事で喧嘩をなさっていたのが温室の
外にまで聞こえておりました。
私は仕事をする上で面倒な事は避けたいのです」
わたしは思わず笑ってしまった。
「それは…大丈夫ですわ」
ラウラはわたしを見て今度は嫌味のように言った。
「アベル副長官なら、浮気心は持たないと思って
いらっしゃるの?」
ときくのでわたしは違和感の正体を彼女に伝えた。
「いいえ…それとは別のお話ですわ。
アベルは完全な異性愛者なので、
あなたと浮気することはありませんわ」
わたしは彼女に伝えたのだった。
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「それは…どういう意味でしょうか?」
彼女の雰囲気が…恐ろしいくらい一変したのだ。
花のような笑顔は消え、冷気が漂うような口調と
雰囲気に変貌した。
(あ…!)
いけない。
彼女でないラウラは今のわたしよりも
10歳近く年上の男性になるのだー。
(もう少し注意して話すべきだった…!)
でも言ってしまった言葉は元に戻らない。
わたしは一気に
「あなたがどういうご事情でその格好をなさって
いるのか存じかねますがー。
個人的な趣味や趣向をどうこう
言うつもりはありません。
誰にもいいませんから安心なさってください」
と言った。
(もう会わないだろうしね…)
ラウラはわたしを懐疑的に見下ろしていたが
「ーなにでわかった?」と訊いた。
「肩のラインと香水でしょうか…?
とてもいい香りですが、男性用のものです
ものね。
女性でこちらを好んでつける方は滅多に
いらっしゃらない気がします。
(というか、いない)
特にあなたのように女性的な格好をしている方は
もっと甘い官能的なものをつけるでしょうしね」
「…なるほど」
「それにそのワンピースのタートルネックは
喉仏を隠すものだと思い…」
ーわたしは、最後まで言い切る事ができなかった。
ふと見たラウラの笑顔が、獰猛で殺意を感じるもの
だったからだ。
(キーパーを持ってくればよかった…!)
わたしは思い切り後悔した。
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