幸福な結婚とは? 2 アベル=バランタイン
ー食品医薬品管理局の局長
ロベルト=シュナイダー侯爵ー
(ーとは誰だ!?)
僕は温室へ早足で向かった。
正直あまり馴染みのない名の男だが、
温室で男女二人きりとは…正直面白くは無い。
温室は僕とジェニーの沢山の良い思い出の
積み重なっている場所だ。
これからも素敵な思い出が作れる場所だろう。
だからこそ、知らない男とは二人でいて欲しくない。
ジェニーの言う通り例え僕が『やんでれ』キャラ
だったとしてもだ。
僕はそんな事を考えながら、温室の扉を両手で
思い切り開け放したのだった。
ジェニーが僕が見たことの無い男と並んで
立っている。
扉が急に開いたのでびっくりした様子で
二人でこちらを見ていた。
「ジェ…」僕が呼びかけた途中でー。
「ーアベル!」彼女はこちらに小走りで走ってきた。
「聞いて!すごい薬を発見したかもしれないの…!」
ジェニーが僕に抱きついた。
何処も柔らかい彼女の感触を感じると
優しい花の香りが鼻腔をくすぐった。
見ればさっきのジェニーがいた足元に、
大きめのベルのようにいくつも連なる青紫の花が
根本から切られた状態で置いてある。
「前の…あ、いえーごめんなさい、ロベルト様。
…アベル。後で話すわね」
彼女が僕を見上げて笑う。
久しぶりの彼女の可愛い笑顔だ。
ロベルトのところに戻ろうとする
ジェニーの後ろ姿を見て思わず
僕は彼女の手を掴んでしまった。
「…どうしたの?アベル」
ジェニーが驚いて僕を振り向いて見上げる。
「--…」
僕は何というべきか迷って…
手を掴んだままで彼女を見つめた。
「-アベル。ビジネスの話だ。邪魔するな」
木の影で見えなかったがーなんと義父上が一緒にいたらしい。
「レイモンド閣下…。わたくしは何も要りません」
(何の話だ?)ービジネスとは一体何なんだ?
ロベルトらしき男は
「しかし…ジェニファー。勿体無いよ。
君の発見はとても人の為になるんだ。
金もそうだが、名誉なことなんだよ」
とジェニーに訴えている。
「名誉ですか?」ジェニ―は薄っすら笑った。
「ーそれは、この薬をきちんと完成させた方が
もらうべきものでしょう。…ただ情報をお伝えした
だけのわたくしは頂くのに値しません」
ぴしりと彼女は言い切った。
それからにっこりと笑ってー。
(いやージェニー…笑っているように見えないよ)
「ええ…ええ。でも勿論苦しんでいる方の助けになる
かもしれないことに関しては、良かったと思いますわ。
ですから…必ず治験を繰り返して正確な量の投与が
出来るようにしていただく必要がありますわよね。
ーねえ、そう思いません事?ロベルト様」
義父上もロベルト=シュナイダー卿もあっけに取られて
ジェニファ―=エフォート嬢を見つめている。
「…そうですわね。今度かぶれの…皮膚の炎症に
効きそうな軟膏をつくりたいと思っていますの。
その時に治験者を募って薬効を確認して頂く
お手伝いをしていただければ、それで結構ですわ」
両の手のひらをパンと合わせると、今度は間違いなく
ジェニーはにっこりと笑ったのだった。
「では、利益については二人で話をしようかー」と
義父上とロベルト=シュナイダー侯爵は
一緒に温室を出て行った。
「いいのかい?」僕はジェニーに訊いた。
「何がですの?」
「利益は二人でと言っていたけれど…」
僕はバランタイン邸に消える二人の後ろ姿を見ていた。
ジェニーは笑って言った。
「構いません。わたしの分はレイモンド閣下が
もらえばいいんじゃないかしら」
「なんだか話が見えないんだけど…」
ジェニーに訊くと少し話しにくそうに
「…アベルにわたしも頑張る、と言ったのを
覚えていますか?」
僕が頷くとー。
「わたくしー魔力の無い市井の方達が使えるお薬を
作りたかったんですの。もちろん手頃なお値段で
購入できるモノを…です」
温室にある植物だけでなくもう一度学校の実習で
行った事のある山の中も捜してみようと
ひとりで山に入ったんですー。とジェニーは言った。
「…ちょっと、待って。1人って本当に1人かい?」
僕が訊きなおすとー。
ジェニーは
「ごめんなさい!アベルに絶対怒られると
思って言えなかったの…!ごめんなさい」
僕は怒りが声と態度にでないよう努めて、
話をしなければならなかった。
「…当たり前だろう?
いくら学校で入った事のある山だとしても
絶対に危険な魔物や山賊が出ない
保証はないんだぞ。
ましてや君は魔力も無いのにー」
「…ごめんなさい」
ジェニーは下を向いてしまった。
僕はため息をついた。「ーそれで…?」
「それでどうしたんだい?」
ジェニーは話し始めた。
「…それで、その山の中でこのジギタリスを
見つけたの」
「さきほど地面に置いてあった花のことかい?」
「そうよ」とジェニーは頷いた。
「ここでは『小悪魔の寝袋』って言われている
みたい。毒草とされているみたいだけれど」
「使い方によっては強心剤になるの」
彼女は言った。
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