幸福な結婚とは? 10 アベル=バランタイン
大公閣下の処へはわたしと寡黙な執事さんと
ラウルとカイル4人でむかう事になった。
ヒューゴがなかなかわたしの手を離してくれず
別れを惜しんでくれた為、しびれを切らせた
執事さんが声をかけてくれてやっと大公閣下の
執務室へと向かう事ができたのだった。
高級感があるがこれと言って特徴のない長い廊下
を歩く。
わざとだろうが目印になるものも無いのでどのくらい歩いているのか…
分からなくなる。
「…おまえ」
カイルがわたしに向かって声をかけたので
あえて無視をした。
「-カイル。いい加減にしないか。彼女は
なぜか坊にも気に入られている。
失礼な態度は改めたほうがいい」
ラウルはカイルに向かって言った。
(ラウルの方がやっぱり思慮があるのね)
わたしは目の端で二人の様子を確認した。
カイルは納得できていないらしく、
続けてラウルに訴えた。
「ーだからそれがおかしいだろ?いままで
どんな女が寄ってきても坊は歯牙にも
掛けてこなかったんだぞ?
なぜこんなキャーロ色の髪の子豚を…」
「はぁ…」わたしはため息をついた。
「ヒューゴ様の態度が気になるのなら
直接彼に訊いてみてはいかがです?」
わたしはカイルの方を振り向いて言った。
「言っておきますが、ヒューゴ様はわたしの手首
をじっとみておられましたわ。
ふふ…指の痕が残っていたから、後ほど事情を
訊かれるかもしれませんね」
と脅すとーふたりはみるみると顔を青ざめさせた。
その様子が可笑しくて
「ふ…嘘ですわ」
思わず笑ってしまった。
「直接手に触られると痛いから…とハンカチを
巻いて回復魔法を掛けてもらいましたの。
だからご安心なさって…彼は痣を見ていない
はずですわ」
すると、二人は目に見えてほっとしたように
息を吐いたのだった。
そして、ラウルは肘でカイルをつっついて彼を
わたしの前に押し出した。
カイルは言いにくそうに
「-あ、あーさっき坊の前でその…言わなかった事
に、か…感謝する…」
わたしはカイルの顔をじっと見上げた。
「…あーあと、手首に痕が残るほど強くつかんで
すまなかったー謝罪する…」
わたしは
「…謝罪を受け入れますわ。
これで貴方のを触ったこともチャラですわね」
と微笑んだ。カイルの顔が真っ赤になる。
「ーもとはお前が後をつ…」
とカイルが言いかけたところで
「静かに。大公様のお部屋の前です」
ーと、執事さんに大公閣下の執務室
に到着した事を告げられたのだった。
(本丸に来たー!)
正体はあれど、影に潜み…もう公の場には滅多に
姿を現さないジョージ=パネライ大公閣下の
ご尊顔をとうとう拝見できるのだ。
コンコンと扉を執事さんが叩く。
「ジェニファー=エフォート嬢並びに
ラウル=ベルハイム卿カイル=ベルハイム卿を
お連れしました」
「ー入れ」と壮年の男性の声がすると、
執事さんは扉のノブを回した。
ガチャリと執務室の扉が開くー。
そこに座っていたのはー…。
2~3歳ぐらいの男の子だった。
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「ーよく来てくれたな」
確かに壮年の男性の声がするのに
執務室の椅子に座っているのは2,3歳の
男の子だ。
そしてその男の子はニコニコしながら、
「えいっ」
と、机の上に散らかされた
積み木のひとつを手にとりいきなり
わたしに向かって投げつけてきたのだった。
カイルがわたしの目の前に一歩踏み出して、
飛んできた積み木をキャッチしたー
と同時に
「-どこにいらっしゃるんですか?ジョージ様」
と声を張り上げて訊いたのだった。
「ーすまんな。積み木で遊んでいたら孫に
落とされてしまってな」
執務室の机の影から屈んだ状態で、出てきたのは
中肉中背の…これといって特徴の無い穏やかな顔をした壮年の男性だった。
大公閣下をひとめ目見てーわたしは背筋がぞわっとした。
(ー怖い…このひと。何なの…)
まず最初の印象が得体が知れない妖怪
『のっぺらぼう』ーというイメージなのだ。
(…こんな人今までに見た事がないー)
わたしの背中を冷や汗が伝う。
外見はごく普通のおじさんという感じなのだがー。
何故かこの人の動きや言葉に
『危険人物。危険人物!』
とわたしの中で、警報音が鳴るように叫んでいる。
その為情けない事だがわたしは下を向いて
カーテシーをしながら
「ジェ…、ジェニファー=エフォートと申します」
噛み噛みの挨拶しかできなかった。
「ふふ…。利発なお嬢さんだ」
ーさすがの大公閣下だ。
彼は、わたしの不出来な挨拶の理由が、パネライ大公という位からの緊張ではなくー
存在の恐怖から来るものであるとすぐに
見抜いたのだった。
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