正体見たり枯れ尾花 その1
高校生も残り半年といって、ドタバタし出したあたりに、僕のアルバイト先の探偵事務所に押し掛けてきた、少し瞳が茶色がかった小柄な女の子は確か今からちょうど12人前の客で、ちょうど、「あの事件」から一年前のことだった。
彼女はそこに幽霊の仕草、場所、動作、視線、あらゆる状況を淡々と述べるだけで、一切の恐怖心というものは備わっていなかった。少なくとも僕には、そう見えた。
僕はことさら、そういった神話系の類、いわゆる非科学的な話を信じるということを、していなかった。してこなかった。
だから、当然のように今回の彼女の話を聞いた時、話の生々しさから、精神病を疑ったのは言うまでもないが、それでいて、僕は虎視眈々と彼女の論理の矛盾点を探っていたのだ。それが見つかれば、彼女はぼくを騙そうとしていたことになる。よっぽどの理由がない限り、それは揶揄っているのと同じだった。僕は少しだけその疑念を抱きながら、それでも8割方、彼女は本当に見えているつもりなのだろうと、いや、それでも、単なる「つもり」でしかないのだけれど、と、そう思っていた。
「幽霊とは、大体お話しできないんだよ。冬樹以外は。」
「冬樹って、自分でつけたのか?その名前」
話の文脈から、僕は勝手にその冬樹とかいうやつを幽霊扱いしてしまった。
「うん。3年前からね、この子とだけはお話しできるんだ。親友ってわけでもないけど、月に2、3回会って話すんだ」
幽霊扱いしてしまったのは、どうやら幽霊だった。しかし、月に数回というのは妙に生々しかった。
「そうゆうのって普通、もっと仲良くなったりするもんだろ?だってほら、唯一話ができるんだろ?」
「私にはもっと他に友達がいるよ。」
そうだった。確かに。
「それに、別に幽霊か人間かを特別視してるわけじゃないからね。あなたは、人間を見た時に、最初に無意識の内に何を判断してると思う?」
「なんだ?性別…かな」
「そうするとあなたは、性別が人間にとって一番大きい部分だと思っているってことだね。だから、今の社会では生きにくい。」
「そう言う話をしてるんじゃないだろ!!?」
子どものくせに、ブラックジョークを持ち込んできやがった。いや、子どものくせに、というのは、それもそれで良くない偏見だ。なんでもいいさ、言わなきゃ伝わらないんだから。
「まぁ、そんなのはどうでもいいとしてさ、その冬樹ってやつとは普段何をしてるんだ?」
「学校でテストがある日は、カンニングを手伝ってもらって、ない日は…うーん色々かなぁ。」
こいつ、かなり実用的な使い方をしてやがる。そのせいで、テスト以外の記憶がほとんど残っていないなんて、ひどいやつだ。
「そんなことしたら満点になるんじゃないか?そんなことしていざという時、どうするんだよ」
「いざという時も冬樹がいるよ。そんなこと、周りに勘づかれても、絶対にバレたりしないよ。だって」
「幽霊だからか?」
誰でも続きがわかるようなセリフを、子どもから横取りして得意げな顔をしている僕が、そこにはいた。
ただ、冷静に考えてみると、彼女がこんなにも幽霊の存在を疑っていないというのは、もはや狂気にも似た何かだ。いや、それが精神病というのなら、とても好ましくない表現なのだけれど。
「まぁどうだっていいさ。君のいうことを否定するつもりはないよ。それこそ、肯定すらしていないけれど。」
「客観的事実に否定も肯定もないわ。」
「君のは客観的とは言わない。主観的だ。それもかなりのな。」
「幽霊達と私。これで客観的でしょ?」
「その幽霊達の存在ってのが疑わしいんだから、そこを認めたら僕の負けだろ!」
こども相手に、熱くなってしまった。こいつはこの年の割に随分と口が回る。横で誰か、いや、それこそ何かに助言されていると思えるほどに。まぁ実際はされてなどいないのだろうけれど。
「勝ち負け?何の話?」
言われてしまった。
「それで、なんだ?見えなくなりたいってことか?」
「いや、見えなくなりたいというより、見たくない。」
「いや、もういいよ。要するにそういうことだろ。」
「そういうこと。」
「で、どうして?」
「だって、私ひとりだけ見えてるなんて、変じゃない?こんなのおかしいよ。それを拒むのは当然じゃない?」
まぁ、そりゃそうだ。
というか、その発言を聞いて思った。さっきの見えなくなる、見なくなるというのは、実は彼女にとってはすごくセンセーショナルな問題だったのかもしれない。見たくない。「単に見えなくなる」だけでないということだ。つまり、幽霊の存在をそのままにして、「見えなくなるだけ」では気が済まないということだったのかもしれない。こう考えてみたところで、見たくない、という表現とさほど変わらない気もするけれど。それでも確かに、少しだけ、ほんの少しだけ、彼女の中で引っかかるものがあったような、そんな気がした。
「そんなこと言っても、その冬樹ってやつと一度会って話すところを見せてみてくれよ。話はそこからだ。」
僕がこんな提案をしたのは、カンニングの件で、幽霊がいたことによる利益、実績を残している、残してしまっている、というところがあったからだ。まぁそれも、彼女の話に嘘偽りがなかったとした場合なのだけれど。