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第6話 後悔しても、もう遅い


「…以上を持ちまして、令和三年度、九里学園高等学校、第四十九回、入学式を閉式致します」


副校長が式の終わりを告げる。

やっと終わった、という安堵感よりも、母さんと彩希さんに対する警戒心と恐怖心の方が大きく上回っていた。


-パチパチパチ


両脇にいる保護者たちに拍手で見送られる。


今の所母さん達の姿は見当たらない。

何とか入学式は乗り切れそうだ。



…そう思った矢先、視界の隅で蠢く二つの影が目に付いた。



その瞬間、最悪のパターンが幾通りか頭の中をよぎる。

最悪なのに幾通りって、矛盾してるじゃん。

いや、そんな事はどうでもいいんだ。


どうか、どうか、俺の思い過ごしでありますように…


神様お願いします…




「隼人ー! 母さんここよー! 千咲ちゃんと仲良くしてるー?」


「千咲ー! 隼人くんと同じクラスなんだってー?

よかったねー! またお邪魔するからねー!」



二人の言動は、軽々しく俺の想定を超えてきた。


まさか叫ぶとは!

立ち上がって手を振ってくるとは!

しかもなんだあの旗! 運動会かよ!

やっぱ母さんと彩希さんはすげえー!

他の人たちとは一線を画しているね!

ははははっ!


あははははっ!

あははははっ…はは…は…はぁ…ぁ…




……死にたい




*****



俺は机に突っ伏したまま動けない。

今顔を上げたら、きっと羞恥心で死ぬ。



-ガラガラッ


教室の戸が開かれる音がした。

今は何も聞きたくないし見たくない。


「今日から皆の担任をする事になった、如月きさらぎ美月みつきでーす! よろしくねー!

お? いきなり元気がない子が二人もいるねー

えーっと、油小路くんと、水見さん?

顔上げよっかー、先生泣いちゃうよー?」


担任か…。元気が良くて面倒臭い。

これ以上注目を浴びたくないのに…


「すみません、少し体調が優れなくて」


俺は机に向かって適当に答えた。


「そっかー。じゃあ仕方ないね!

水見さんは大丈夫かな?」


「あ、私も体調が悪いです」


消え入るような声で千咲は答えた。

返答出来ただけでもすげぇよ。


「君たち、体調管理をちゃんとするんだよー!

じゃあ教科書くばるよー!」


千咲も俺と同じような状態ぽいな。

まぁ、仕方ないよなぁ。

はぁ…なんで俺たちの親って、()()も常識から外れているんだろ…



-コツン


椅子の下から小さな衝撃が走った。

机の下に目をやると、くまの顔が描かれたスリッパが顔を覗かせていた。


「ねぇ。やっぱり君たち仲良いじゃん。

二人揃って机と睨めっこしてるし。

それに、さっきも隼人たちのお母さんが何か言ってたよね?」


後ろから一ノ宮の声が聞こえた。

やっぱり、一ノ宮にも母さん達の叫び声が聞こえてたか。

まぁ、俺に聞こえてんだから当たり前なんだけど…


絶対に上げたくなかったけど、弁明をするために顔を上げ、後ろを振り向いた。


「何の事だ? お母さん? 誰の事だ?」


俺は全力でとぼけた。弁明なんて出来るはずがなかった。

頼む。これ以上は何も言わないでくれ。聞かないでくれ。

俺の命に関わるから。


「さっき聞いたよー? 『隼人くんと同じクラスで良かったねー!』って?

あれは聞き間違いだったのかなー?」


彩希さん……

あなたに無理矢理押し付けられた時限爆弾、どうすれば解除できますか?


「黙秘権を行使します」


苦し紛れに出た言い訳がコレとは。

自分でも呆れる。


「あっそー。

まぁ、付き合ってる事って隠したくなるよねー

私、彼氏居た事無いから分からないけどさぁ」


「え? 彼氏いた事ないの?

そんなに可愛いのに?」


やべ、口が滑った。

これじゃ、会ったばかりの女性を口説くキモイ奴になってしまう。


「可愛いって……」


一ノ宮の頬はみるみるうちに赤く染まった。


あれ? 俺の想定していた反応と違う。

拳が飛んでくると思ったんだけどな…


ああ、それはあの女だけか。


「そうやって彼女さんの事も口説いたの?

隼人はやるねー。人から面と向かって可愛いなんて言われたの初めてだよ。

だけどね、あんまり他の女の子に手を出したらダメだよー。

彼女が居るならその辺はキチンとしなきゃ」


何で俺が叱られてんだ?

これは早い所誤解を解かなきゃ、どんどん面倒臭い事になる。



「…はぁ、本当に違うんだ。信じてくれ。

あいつと俺は本当に仲が悪いんだよ」

「まだ言うのー? いい加減認めちゃえよ」



一ノ宮って思ったより執拗いな。

可愛いから許すけど。



それからは、配られた教科書に名前を書いて、一年間の大まかな流れを担任から説明された。


「…ぐらいかな! 今日はこれで終わり!

明日から本格的に始まるから、ちゃんと準備しておくんだよー!

じゃあ、解散!」



俺は先生の一言と共に、すぐに席を立った。

この教室には長居したくない。


それに、早く帰らなきゃ母さん達に掴まるだろしなぁ。

まぁ、どうせ家で待ち伏せされてんだろうけど。


「隼人ーこの後暇ー?」


教室から飛び出ようとしたら、一ノ宮に呼び止められた。

何の用だろう。


「暇だけど…何?」

「何って…… 暇ならお昼一緒にどうかなーって」


出会っていきなり一緒に出掛けるのか?

これって東京なら普通なのかな。


「よよよ、よろこんで」


「なにぃ? もしかして緊張してるのー?

あ、でも彼女いるなら二人で出かけるのって不味いかな…」


だから彼女いねーんだよ。

プライドを捨ててでも、誤解を解いてやる。

こんな可愛い子とご飯に行けるかもしれない、千載一遇のチャンス、逃してたまるか。



「大丈夫! 神に誓って俺に彼女は居ない。

年齢=彼女居ない歴 だ!

それに、俺は童貞だ。

紛れもない童貞だ! 童貞の中の童貞だ!」


「…それ、言ってて恥ずかしくないの?

でも、本当に彼女いないんだね。

それなら、二人で行っても問題ないか」



やった! プライドを捨てた甲斐があった!


でもどうしてだろう。

心から嬉しいはずなのに、謎の虚無感が襲ってくるんだけど……

童貞って事は隠した方が良かったかな…



でもいいや!


こんな可愛い子とご飯に行けるなら、プライドなんて鼻から要らねえや。


「どこで食べるんだ?」


俺は勇気を振り絞って一ノ宮に聞いてみた。

正直、先程から緊張で心臓が破裂しかかっている。


「まぁ、適当に歩いてたらいい店有るんじゃない?」


「お、おう」


これってデートって奴じゃないのか?

いや! デートだ!

誰がなんと言おうとこれはデートだ!


そう考えると余計に緊張してきたな…


「じゃ、行こっか」


一ノ宮は、まるで当たり前であるかのように、俺の手を掴んだ。


「…え?」


「え、じゃないよ。早く行かないと、行列に並ぶ羽目になるよ?」


そっちじゃないんだよ。

手を掴んでいる事に関しては特に何もないのか?


「…わ、わかった。行こう」


俺に聞ける訳が無かった。

そんな勇気があったなら、今頃彼女がいただろう。

いや、勇気があっても彼女はいないか。



俺は一ノ宮に手を引かれ、

教室を後にした…かった。



俺は興奮と緊張のあまり、すっかり忘れていた。


こんなにも、上手く物事が進んでいた事が、奇跡でしかない事を。


いつもそうだ。

俺の想定通りには物事は進まない。




「ねぇ、帰るわよ」




今まで何度も聞いてきた冷たい声に、俺の五感全てが危機信号を発した。


なんで俺はもっと早く教室を出なかったんだ。


後悔しても、もう遅かった。
















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