第2話 あぁ、本当に早く家に帰りたい
「おい。今日、父さんから聞いたんだけど、どういう事だ?」
『は? なんの事? 主語が無いわよ、主語が』
少し眠いのか、いつもより罵倒の勢いがない。
「だから、東京で同棲するってヤツだよ。
なんでお前がOKしてんだよ」
『私が快く了承したと思ってんの? だとしたらアンタ、今すぐ病院に行った方がいいわよ』
確かにそうだ。
そもそも千咲が了承するはずがない。
「じゃあなんでOK出したんだよ」
俺がそう聞くと、ため息混じりの返答が返ってきた。
『はぁ。
アンタと一緒に住まないなら、東京に行っちゃダメって、ウチの両親が言ったのよ。
分かるでしょ? アンタのとこの親もウチの親もアホなのよ。未だに私たちの関係を勘違いしてる』
「だからって普通了承するか? お前なんかと一緒に住まないといけない俺の気持ちも考えろよ!」
『じゃあなに!? 私はここに残れっての!?
もう併願の私立、全部蹴ったわよ!
こんな事ならそっちに行けばよかったわ。
第一、私だってアンタなんかと暮らしたくないわよ!』
俺は何も言えなかった。
俺も受かった私立は全部蹴ったからだ。
「どうすんだ? 本当に一緒に暮らすのか?」
暫く何も返答はなかった。
『……はぁ』
なんだよコイツ、俺だってため息の一つや二つ着きたいよ。
「結局どうすんだよ、答えろよ」
『アンタはどうしたい訳?』
予想だにしない答えが返ってきて、俺は戸惑ってしまった。
なにも思いつかなくて適当に答えた。
「もういいよ。諦めるよ」
『それはどっちよ』
「だから! お前と暮らすよ!」
『はぁ? キッモ。そんなに私と一緒がいいの?』
-ブツッ
「・・・・チッ」
-プルルルル
『悪かったわよ。冗談よ、冗談。
わざわざ切らなくたっていいじゃない。
で、ホントに暮らすのね?』
「だからそう言ってんだろ? 耳ついてんのか?」
『はぁ。
何で私がアンタなんかと…』
「まだ言うかよ」
『分かった。分かりました。
じゃあすぐ準備しなさい。明日の始発で出るわよ』
何言ってんだこの女。馬鹿なのか?
まだ春休みの半ばだぞ?
「お前気が早過ぎないか?」
『アンタ聞いてないの?
アンタのとこのお爺さんが、勝手に借家の契約を取り付けたのよ。
未成年でも親権者の同意があれば普通に契約できるからね。
だから、さっさと行って家電とかを買い揃えたりしなきゃいけないでしょ?
もしかして、行けば何でも揃ってると思ってたの?
あまりに馬鹿すぎない?
高校スタートと同時に住み始めてたんじゃ、何もかもが遅いわよ。
その足りない頭を使って考えれば分かることでしょ?
まぁ、馬鹿には無理よね。
難しい事言ってごめんなさいね』
一々煽らなきゃ気が済まないのか?
「わかったよ。準備すればいいんだな?
新幹線で行くのか? 飛行機で行くのか?
どっちで行くにしろここからは相当遠いぞ。
駅も、空港も」
『新幹線で行くつもり。
だから、二時にはここを出るわよ』
俺は時計に目をやる。
時刻は……十一時。
おいおい嘘だろ、あと三時間しかねえじゃん。
「流石に無理があるんじゃねえか?」
『文句言う暇があったら準備なさい。
荷物とかは後で配送すればいいから、取り敢えず一日分の生活用具一式。
あと現金は十万ぐらいあれば取り敢えずは良いわ。
じゃあまた後でね』
-ブツッ
それからは俺は死に物狂いで準備を進めた。
*****
「はーい。着いたわよー」
「彩希さん、ありがとうございました。
こんな朝早くから本当、すみません」
「いいのよ! 千咲だって楽しみにしてたんだから!」
俺はそれを聞いて千咲の方へ視線を送る。
千咲は首を振った。
そりゃそうだよな。
「お母さん。ありがとう。
着いたらまた連絡するね!」
千咲は笑って彩希さんにそう伝えた。
いつもそれ位笑ってれば良いのに。
「じゃあね! またいつかお邪魔するわ!
荷物は明日には届くと思うから〜」
彩希さんはそう言い残すとすぐに帰ってしまった。
「ほら。早く行くわよ」
俺は千咲に腕を掴まれて無理やり連れていかれた。
「後十分程か。特に何も出来そうに無いわね。
って、アンタもなんか喋りなさいよ。
私ばっかり喋って馬鹿みたいじゃない」
コイツ一人で何言ってんだ?
きもちわりぃ。
「独り言楽しそうですね」
-ドスッ
「次言ったら顔だからね」
あぁ、もう帰りたい。
「ほら、新幹線来たわよ。早く乗って」
俺は背中を押され、そのまま新幹線へと押し込まれた。
「席はどこなんだ?」
「ここよ」
マジかよ、横並びはキツイって。
「私窓側ね」
こいつ座ってから言いやがった。
もうどうでもいいけど。
*****
出発してから二時間程経っただろうか?
スースー
隣の寝息がうるさくて寝られない。
というか俺の肩に頭置いてんじゃねえよ。
まじで寝られない。
こいつ黙ってたら、本当に顔だけは可愛いんだけどなぁ。
性格が終わってんだよなぁ。
結局、千咲を起こす事も、俺が眠ることもないまま東京に着いた。
「おい、いい加減起きろよ」
「…ぁ? ああ!」
今の状況に気づいたのか、頬を真っ赤に染めて、慌てふためいている。
実に滑稽だ。
「…まじ最悪。よりにもよってこの男の肩なんかに…」
「うるせーよ。早く行くぞ」
その場から動こうとしない千咲の手を掴み、新幹線から引きずり出した。
駅を出ると既に外は明るかった。
「で、借家の場所は?」
「ここからバスで三十分ぐらい」
「ん」
俺たちはバスに乗りこみ、借家へと向かった。
*****
「…なさい 起きなさいよ」
「ぅう…え?」
「着いたわよ」
目を開けると真顔の千咲がいた。
あぁ、俺は寝てたのか。
俺たちはバスから降りた。
「で、ここからどのくらい?」
俺は千咲に聞く。
「それよ」
「どれだよ」
「だから、それよ」
俺は言葉を失った。
千咲が指を指した方向には、昔ながらの古い平屋があった。
というかこんなちっさいなら、マンションの方が100倍マシだわ。
「おい、これ家か? いくらなんでも二人で住むには小さ過ぎねえか?」
「多分急いで契約したから、良い物件がなかったんでしょ。文句言わずに、さっさと荷物運ぶ」
千咲は全く動揺する様子もなく、一人で家へと行ってしまった。
何であんなに冷静でいられるんだろう。
適応力高すぎないか?
本当に先が思いやられる。
あぁ、本当に早く家に帰りたい。