黒板のこと
心がこわれていくとどうなるかご存じでしょうか。
毎日、おなかを下し気味になり、休日でも心は重く、そして、悲しくもないし理由もないのに、涙が突然流れて止まらなくなります。
そんな毎日を送っていた、学校教育の現場にいた頃のことです。
そのころ勤務していた学校は紛争地帯かというくらい荒れておりました。毎朝学生たちに遭遇しないように、朝六時半くらいに出勤し、出勤後は胸ぐらをつかんでくる不良学生をなだめ、やりすごし、授業中はライブ会場と見まがう大騒ぎの中で、一生分の「静かにしろ」を言い尽くす、そんな日々。うしろから消しゴムを投げられ、振り向けば火遊びしていることも日常の光景でした。生徒指導はおろか授業すらコントロールできない自分の、人様の上に立つ職の不適正に幾度も絶望していました。
ある冬の放課後のこと。
その日も週に一回は壊される窓ガラスの掃除をしていました。
誰もいない教室の中、飛び散ったガラス片を掃除機とガムテープで除去し、ふと顔を上げると、教室が夕陽で真っ赤に染まっていました。
感情のなくなったこころから一滴の涙が湧いて、ガラス片どころか塵一つ取り去った床に落ちました。
もうだめだ……まだがんばらなきゃ……沈む太陽から目が離せない。
気付くと、わたしは黒板に白いチョークで丁寧にこう書いていたのです。
「20××年、確かに此処にいる。」
学校教育の現場を離れてもう何年にもなります。
あの日の後も、あの黒板には数えきれない教室の記憶が刻み込まれ、消えていったことでしょう。ですが、夕陽にそまる教室の中で浮かび上がるような白い、「こわれかけた心」は、思い出の中で消せないままでいます。