表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
9/33

部長、謁見する

「いいなあ、王宮。

わたしも行きたかったなあ……」


ルブルグ家の応接間。

わたしは、ソファの上でどんよりしていた。


ルブルグさんの外套(がいとう)を試着していた部長が、がはははは、と遠慮なく笑う。


「自業自得だ」

「どこがですかぁ」

「お前が<ホグワーツ送り>になったりするから、お貴族さまの前に顔が出せないんじゃないか」


ルブルグ夫人──ネルーさんが、わたしに聞いた。


「ホグワーツ?」

「……魔法学校ですよぉ」

「あら、じゃあ<あちら>にも魔法学校があるの?」

「ないない。それは、あくまで創作(ファンタジー)ですから!」


魔法が使えることがわかっても、いいことなんか何もない。


わたしは、主に貴族の子女が通う魔法学校・聖シアルネ学院に、身分を隠して入学する予定だ。

だから、貴族が集まる王宮での謁見(えっけん)の場に参加するわけにはいかない。

異世界人として、貴族に顔を覚えられて、得になることがないからだ。


だからこうして、部長が王宮に向かう準備をするのを、指をくわえてみているしかない。


「……段取りは、お話しした通りです。

大公殿下と王妃さまは、基本的には、直接お言葉を発されません。

下問(かもん)があれば、執事長からになります。

献上の品は、先に宮中に納めてありますので、近侍(きんじ)の者がお披露目します」


ルブルグさんが、たんたんと説明する。


「献上品って、部長、何を差し上げたんですか」

「ふっ、もちろん、我が社の誇る<出版物>だ」

「……まさか、週刊TUESDAY(チューズデイ)のグラビア写真集とか、『寄生(びょう)』とか『進撃の獣人』じゃないですよね……」

「そんな刺激の強いもの、こんなファンタジックな国の王さまに、いきなり献上できるかバカタレ。打ち首になるわ」


……わたしは知っている。出発前、部長が机の上にそれらを並べて悩んでいたことを……


「よかった。じゃあ、結局、何にしたんです?」

「政治体制も、思想宗教も異なる国家に、どんな書物を献上するか──。

そのチョイスにも編集者魂があらわれる。俺のチョイスは……」


その1: 瀬戸口(せとぐち)寂仲(じゃくちゅう)訳『源氏物語』初版豪華版全10巻


「……1200年以上前の小説なら、<こっち>の倫理的に問題があっても、笑って流せる。

それに、お貴族さまの話なら、王族にも理解しやすいだろう。

さらに、一般人向けの我が社の出版物とはいえ、この初版本は外箱ありで、装丁(そうてい)に日本画が使われている。ま、ゴージャス感も演出できるというわけだ」


その2: 青柳(あおやなぎ)鉄子(てつこ)著『窓際のポッポちゃん』


「あまり知られていないが、うちの出版物の中で、中国で圧倒的なロングセラー記録を打ち立てた作品だ。

子供のありのままの個性を受け入れる(まな)()のあり方、その理想に、政治体制は関係ない。

大公ご夫妻には、まだ幼い姫君がいると聞いてな、念のために持ってきたやつだったが、一緒に献上した」


……うーむ、なるほど。


普段「エロとバイオレンスが足りない」とかダメを出しつづけて、新人漫画家の担当者に煙たがられている部長からは想像できない、教育的チョイス……


「……謁見の間での儀礼的なご挨拶が済んだら、夕刻からはレセプションとなります。

今回は立食で、舞踏の時間もありますが、セイジさんがダンスに参加される必要はありません。

殿下が臨席されるかは、そのときのご気分次第です。

ですが、失礼ながら王侯貴族の来訪や、外国大使の着任というわけではないので、まず、お出ましはないでしょう。

気楽に過ごされてください」

「気楽と言ってもな。まわりは大臣や貴族だらけなんだろう?」

「それはまあ……。

お取り次ぎはわたしがしますから、疲れたら言ってください。休憩できる時間を作りますよ」


さすがは男爵さま。

パーティーでの人の()()()は、慣れていらっしゃる。


「……いいなあ、パーティー。

この国のおいしいものとか、そろってるんだろうなあ」

「そうねえ。王宮のお料理って、あまりおいしくはないのよね」


ネルーさんが、ティーカップを手に取りながら言った。


「そうなんですか?」

「ほら……お台所が遠いから、お料理は冷たくなっているし。

お毒見が入るから、時間も経っているし……。

期待できるのは、お酒とデザートくらいかしら、ねえ、あなた」


ルブルグさんは、困ったように笑って言った。


「どうかな。この季節だと、森うさぎのパイが出るだろう。あれは、冷たくてもいけるよ」

「スコーンに、黒スグリのジャムがつくかしらね」

「うん、それに、あのホイップバターは悪くない」

「……おいしいもの、いっぱい出るんじゃないですか……」


ううううううううううう!


「やっぱり、わたしも行きたーい!」


ジタバタしていると、ネルーさんが見かねたように言った。


「ねえ、ペレル。ランはわたしと一緒に、参列者としてお城にあがってはどうかしら」

「だって君、ミズハさんの招待状がないじゃないか」

「入るときだけ、ニッケに頼めばいいのよ」

「そりゃ、内務省の通行証があれば、誰何(すいか)されないだろうが……」


こうして、わたしは(こっそり)王宮にもぐりこめることになったのだった。


謁見の間。

ゴテゴテとした飾りはないけれど、磨き上げられた石の表面が光る、大きな玉座。

その隣に並ぶ、一段小さな玉座は、王妃さまのものなのだろう。


アーチ型の高い天井にはステンドグラスの入った天窓。

東西に広いバルコニーが取られて、山並みや、遠くの湖──わたしが入学する学校が湖畔にある<静謐(せいひつ)の湖>レンリル湖だ──までが見渡せる。


床には色違いの石のタイルが、格子模様を描いて並べられている。

天井から垂れる緑色の幡印(はたじるし)には、山並みから昇る太陽の紋章──レガシス公国を治めるモイヤー家のものだ──が金糸(きんし)で刺繍されている。


集まった貴族や、その家族たち(意外なことに、子供も結構混じっている)は、思い思いに景色を眺めたり、立ち話をしていて、にぎやかだ。

厳粛な雰囲気というより、小さな国らしい、フランクな貴族社会が、ここにはあるのかもしれない。


街の教会や東の山の修道院から、<夕日の刻の1番>の鐘が鳴る。

つまり4時だ。

衛兵が大きな杖で床を2回突く。

金刺繍の上着をまとった初老の男性が、よく通る声で口上を述べる。


「異世界の商人、書物業者にして、ヒロシとミエコの子、トモヤ・セイジ殿!」


大扉が、重々しい音を立てて開く。

貴族風の衣装に身を包んだ部長が、神妙なおももちで入ってくる。


……うわー、わたしこれ、参加しなくてよかったわー。

お貴族さま方の面前で、父母(ふぼ)の名前まで()()()()()とは、想像しなかった。


介添(かいぞ)えに、ルブルグ男爵ペレル・ギャガさま。

なお、お客人は異世界の御仁(ごじん)ゆえ、お集まりのみなさまには、儀礼習俗の違いがあっても寛容にあられたいと、大公殿下より、あらかじめのお言葉がございました」


なんと行き届いたご配慮。

部長、恥ずかしいことしないでくださいよ……。


「大公殿下、王妃殿下」


ご出座の声がかかると、広間に集まった貴族は一斉に(ひざ)を折った。

わたしもあわてて、あたまを低くする。


レガシス大公ジョゼ・ベルド・モイヤー3世。

長身。白髪混じりの髪をカッチリ整えている。

年齢は……50歳くらいかな。

銀色の宮廷服(コート・ドレス)を着ていても、屈強そうな体つきが見てとれる。

口髭(くちひげ)をたくわえた、イケメンおじさまだ。


王妃ルテシア・ガルシーン・モイヤー。

夫である大公よりは、だいぶ若く見える。30代?

豊かな黒髪。上品なプラチナゴールドのローブ。

薔薇(ばら)のような唇。

そして──


……なんか、妓楼(ぎろう)の主人デュルレさんに似てるんだけど。

この国の<美人>っていう定義が、ああいう感じなんだろうか。


両殿下が玉座につくと、脇にひかえた執事長が「御着座(ごちゃくざ)」と静かに言った。

貴族たちが身を起こす。ひそひそ声の私語も聞こえるようになった。


痩せた老人の執事長が、平伏したままの部長に声をかける。


「お客人も、(おもて)をあげられよ。殿下へのご挨拶を……」

「はっ」


部長も、さすがに緊張してるな〜。


「……太陽の昇る国、(ほま)れたかきレガシスの統治者たる大公殿下、また大公殿下と双子の月のごとく添われたる王妃殿下に拝謁(はいえつ)の機会をたまわり、恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます。

わたくしは、異世界よりまいりました、書物を()み、(あきな)う者。

殿下のあたたかいご配慮と、商工大臣、文化大臣のご厚意により、王都に支社をおくご許可をたまわりましたこと、あつく御礼を申し上げる次第でございます」


おお、すごい、本格的!

練習の成果、出てるじゃないですかー。


執事長が、従者たちに合図をする。


貢物(みつぎもの)をこれへ」


献上品の本が、うやうやしく運ばれてくる。

「なんだあれは」

「よく見えないわ」

と周囲からささやき声がする。


うーん……。

『源氏物語』10巻本、外箱つきは、日本だと<豪華版>だけど……。

この大空間に、これはちょっとショボかったかな……。


部長が、声を張って言った。


「これなるは、はるか異世界の品にて、1200年を超える(いにしえ)より、我が母国で愛読されたる物語でございます」

「1200年とな。では、神話伝説の(たぐい)か」

「いいえ、これは宮廷につかえた女流作家の手になる、()()です」

「なに、小説」

「許されざる恋に身を()がす、美貌の皇子(おうじ)が、苦難を経て栄華を極める、王朝の物語です」


まあ、と艶やかな声がした。

扇で口元を隠した王妃さまが、面白がるような表情を浮かべて、執事長に耳打ちした。


「その(いにしえ)の官女は、罰せられなんだか」


執事長が、王妃の言葉を代弁するように言った。


「とんでもない。彼女は、ときの権力者だった大臣の庇護(ひご)を受け、皇帝までが、この物語を楽しんだと言われております」

「貴殿の母国の古代王朝は、実に寛容だったとみえる」

「は……古代王朝と申しましても、連綿と形を変えて、いまに至るまで続いてはおりますが」

「なんと」


場が静まった。

声をあげたのが、大公殿下その人だったからだ。


「そなたの母国では、1200年以上も、同じ王朝が続いておるのか」

「世界大戦ののち、その有りようは大きく変わりましたが……はい、同じ王朝が続いております。

神話の時代まで(さかのぼ)れば、その歴史は2600年を超えるとも」

「2000年を超えると……。

我が公国の歴史はたかだか600年。それ以前の王家も、騒乱つづきで100年ともってはおらぬ。

いや、実に興味深い」


大公殿下は、執事長を呼んで、小声で何かを話すと、部長に言った。


「異世界からの客人よ。今宵(こよい)(うたげ)の用意もあるが、滞在は長いと聞く。

機をあらためて登城(とじょう)し、(われ)にそなたの母国の話を聞かせてはくれぬか」

「ははっ、よろこんで参上つかまつります」


すごーいじゃん。

なんか、えらいことになっちゃってますよ、部長!


でも、そうよねえ、王さまも大変なんだろうなあ。

王家を長続きさせるハウツー本があるわけじゃないし……。


わたしが、そんなことを考えていると、


チィ……


明らかに舌打ちする音がした(<こっち>の人も舌打ちするんだ)。

思わず、あたりを見回す。

けれど、人が多すぎて、誰が舌打ちの主か、わからない。


謁見の時間が終わり、レセプションが行われるホールへと移動したあとも、わたしの耳には、あの敵意のこもったイヤな舌打ちの音が残っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ