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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
7/33

部長、憤怒する

「……だめかー。ほんとイライラする!」


わたしは、パソコンの前で叫んだ。

<こっちの世界>で撮った写真のデータを、<あっち>に送ろうとするのだが、Z(ズィー)メールに添付できない。

ブラウザからアップロードするところで、どうしても詰まってしまう。


聞いた話では、<こっちの世界>の中でも、レガシス公国のネット回線は、帝国の通信会社の回線を一部借りてきただけの、脆弱なものらしい。


帝国企業とアメリカのベライゼンが、通信回線、確立したって言ったじゃんか。


「あ〜〜〜この世はウソばっかりだあ」


わたしは、机の上に伸びて、窓から入る夕方の日射しをぼんやり眺めた。


静かだ。

ここ数日、部長は昼も夜も、ずっと出かけている。

帰ってくるのは、たいていわたしが眠ったあと。

酔っ払って、なんだか香水のいい匂いをさせて──。


別に、部長が帰ってこなくても、わたしは平気だ。

夜遊びしていても、関係ない。

……恋人じゃないんだし。


でも……。

初級回復魔法(ヒール)も、相変わらず全ッ然使えないし。

先生役のネルーさんにも、申し訳なくなってきちゃったんだよね……。


……ようするに、わたしは愚痴が言いたいのだ。


「だいたい、絵本の原稿も渡してあるのにさ……」


部長からは、ひとことの感想もなし。


わたしだって、忙しいときに作家に新作の原案をもらって、しばらく寝かせてしまったことはある。

「ごめんなさーい、まだ読めてないんですー」とか言って誤魔化していたけど、こうして自分が放置される立場になってみると、イライラする気持ちが、すごくよくわかる。反省。


「ああああああああ、もうっ!」


わたしは、パソコンをパタンと閉じると、火の元を確認してから、支社を出た。


表の扉の鍵をかけると、向かいにあるパン屋──「パン」とわたしたちは認識しているけれど、ほんとうは「テッペ」という──のおじさんが、声をかけてくる。


「ランちゃん、こんな時間にお出かけとは、珍しいね」

「なんだか、煮詰まっちゃって。ちょっと中央公園まで散歩にいこうかなって」

「そうかい。じゃあ、これおやつに持ってきな。もう店は閉めるんだけど、余っちまった」

「あ、甘食(テッペ・ドノ)! ありがとう!」


石畳(いしだたみ)の道を、15分ほど歩くと、中央公園の北東の角に着く。

王都の街並みは、王宮の丘を頂点として、全体的に緩やかな山を描いている。

中央公園にあるフラム展望台は、「展望台」とは呼ばれていても自然の崖で、街並みを一望できる絶景スポットなのだった。


……暗くなってきちゃったけど、大丈夫だよね。


わたしが展望台につくのと、夕日が山並みの向こうに沈むのが、ほぼ同時だった。

空が宵闇に沈む。

目が慣れてくる。

空には、闇を埋め尽くすような、無数の星。

一の月と二の月が──この惑星には、月がふたつある──青白く浮かんでいる。


わたしは、崖のふちに立てられた鉄の手すりに、両手でつかまって、身を乗り出した。


王都の夜景を見るのは、初めてだ。

フラム展望台から見えるのは、旧市街の下町方面。

この国には、電気があるのに、人々は電灯を使わない。

家々の窓から漏れる、やさしいオレンジ色の光。

さわやかな夜風が、わたしの髪をなでる。


いいなあ、こういう感じ……。


何分、そうしていただろう。

しみじみと夜景に見入っていた、わたしの耳に、想像もしなかった物音が聞こえてきた。


「……うふふ、だめよ」

「いいじゃないか……誰も見ていないよ……」


……おい、そこのバカップル! 雰囲気ぶちこわし!


ああ、もうやだやだ。

現実に引き戻されたわたしは、そそくさと展望台を離れた。

気づくと、来たときとは別の道に入っていたが、引き返す気にもなれない。


道なりに進むと、中央公園の南の森に入る。

そんなに大きな森じゃない。

この先には、たしか下町の歓楽街があったはず。

でも、さすがに真っ暗な森は、ちょっと怖い──。


「おい、姉ちゃん」


獣がうなるような声。

わたしは、思わず立ち止まった。

ばか、わたし、立ち止まっちゃダメ──。


「ひひ、ちょっと待てよ」


別の声だ。

考える前に、走れわたし!

そう思うのに、動けない。

「立ちすくむ」って、こういうこと──?


「なあ、姉ちゃん」


突然、うしろから、肩を掴まれる。

おそるおそる振り向く。


でっかい。

見上げるような大男。

……っていうか、クマ。

この人、北の国の──。


「こんな時間に、若い娘がひとりで何してるんだ?」


いや、わたし、実はそんなに若くないんで。

……とか、思っているのに、声が出ない。


ダメだ、わたし、()()()()()()()

ファンタジーみたいな異世界でも、世界は世界だ。

いい人もいれば、悪いやつも、いるに決まってる。


「ひひ、遊びにきたなら、おれたちと遊ぼうぜ」


いつの間にか、前にもひとり。

ハイエナのような、濁った目をした男だ。

木の影に隠れていたのだろうか。

囲まれた──。


「なあ、なんとか言えよ」


わたしの肩を掴んだ大男の手に、グッと力が入る。


「いた……い……放して……」

「あぁ? ()()()いいのか?」


ブンッ。

大男が腕を振る。

わたしの身体が宙を飛んで、木の幹に叩きつけられる。


「カハッ……」


背中を打ちつけられて、息ができない。

地面にへたりこんだわたしに、男たちが近づいてくる。


「へへへ」


ハイエナのような男が、わたしの前髪を掴む。

わたしは、思わず目をつむって顔を(そむ)けようとする。

そのとき──


ドッ


鈍い音がした。

わたしに触れていた手が、ふっと離れる。

目を開けると、ハイエナのような男は、数メートル向こうで仰向けになって伸びていた。


「なにぃしやがる!」


クマのような大男が吠え、()()に殴りかかろうとする。

だが──


「フグォオッ!」


大男は気色の悪いうめき声をあげて、倒れ込む。

殴りかかった相手が、無言のまま、大男の腹にヒザ蹴りを叩き込んだのだ。


大男を倒した影のような()()は、そのままわたしに近づいてくる。

コートのフードを深くかぶっていて、顔は見えない。

男の腕が、こちらに伸びて──。


「いやっ」


わたしは反射的に腕から逃れようとする。


「おい……()だよ。大丈夫か」

「いやっ、来ないでっ」

「だから、俺だって!」


ふわり


涙を流すわたしの頭に、やさしく手が置かれた。

「悪ぃ……遅くなった」

「え……」


影のような男がフードをあげる。

真っ赤な髪──。

赤髪のニッケだ。


「……ニッケ」

「……遠くから見守ろうと思って、お前と距離を取りすぎた。護衛失格だ」


さっきまでとは違う涙が溢れてきた。

安心の涙──。


「バカ、バカバカ!」

「な、なんだよ、いきなり。大丈夫だよ、もう泣くな」

「バカぁ、こわかったんだよぉ……」


気づくと、わたしは、ニッケにしがみついている。

ニッケは、わたしが落ち着くまで、胸をかしてくれた。


……


中央公園を巡回していた巡査に、気絶している暴漢たちを引き渡してから、わたしたちは公園の南門を目指した。

南門を出たすぐ先の歓楽街に、部長がいる店があるとニッケが言ったからだ。

「今夜はセイジと一緒に馬車で帰れよ」

気力をなくしていたわたしは、そんなニッケの言葉に素直にしたがった。


周囲からは、甘ったるい酒場の匂いがする。

そして、方々からかすかに聞こえる、(つや)やかな声──。


歓楽街の中でも、ひときわ大きい酒場の前で、ニッケは立ち止まった。

「おや、赤髪の。女連れとは、珍しいな」

入り口で、酒瓶を片手に立っている、筋骨隆々の女性がニッケに声をかけた。

──筋肉すごいからって、そんなに露出しなくてもいいのに──

「よう、スピア。悪いんだが、ちょっとこいつ、預かっててくんないか」

「あたしが?」

「素人のお嬢ちゃんに、ここの毒気は強すぎる。

俺が中で人を探してくる間だけだ。頼むよ」

「しょうがないな。前金で5ミステ」

「チッ、相変わらず、ちゃっかりしてるよ……」


ニッケは、筋骨隆々のスピアに銅貨を渡すと、振り返った。


「ラン、ちょっと、ここで待っててくれるか。

こいつはこの店の用心棒なんだ。こんな見かけだが、悪いやつじゃない」

スピアがフンと鼻を鳴らす。

「ちょっと、聞こえてんだよ、ニッケ。さっさと行ってきな」


ニッケが店の中に消えると、スピアはつまらなさそうに言った。

「あんた、そこ店の邪魔。あたしのうしろに座ってな」

「はい……」

わたしは、スピアの立っている柱のかげに、無造作に置かれた木箱に腰を下ろした。


ボーッと、夜の街を行き来する人々を眺める。

鼻歌を歌いながら行き来する酔客。

客の見送りに顔を出す華やかな娘たち。

なんだか、何もかも、現実味がない。


ふと、思い出して、ポシェットの中をのぞく。

パン屋さんのくれた甘食(テッペ・ドノ)が、無惨に潰れていた。


どうしようか……。


パンを手に取って、ぼうっとしていると、低い声がした。


「食っときな」


スピアだ。

こちらを見ないまま、スピアはぶっきらぼうに言う。


「……あんたみたいな、ひっどい顔した子、あたしは戦場でいやってほど見てきたんだ。

そういうときは、物食って、寝る。

そうすりゃ、とりあえず、ちゃんと生きてるって感じが、またしてくる」

「……」


潰れた甘食(テッペ・ドノ)に、かじりついた。

甘い。

メープルシロップのように、樹木から採った、甘い蜜の香り。

渇いたのどで、無理に飲み込む。


うん。

ちゃんと、おなかが動く感じがする。


「……ありがとう」


自然と、そんな言葉が出た。

そのとき──。


キャアアアアア!


店の中から、悲鳴が聞こえる。


ドウッ


鈍い音がして、入り口から、誰かが転げ出てきた。

殴り飛ばされたのだろうか。


「ニッケ!」


いてて、と上体を起こしたニッケに、わたしは思わず駆け寄る。

唇を切ったニッケの口元には血がにじんでいる。


「こら()()()! そんなやつに構うこたぁねぇ!」


聞き慣れた怒声が響く。

店の入り口で仁王立ちになった人影──。


「ぶ、部長! 何やってるんですかっ!」

「そいつらはっ、国家の威信にかけてお前を守るとか言いやがってっ、ちっとも守ってねえじゃねぇかっ!」


部長、そんなに酒癖悪くないのに、今日はかなり酔ってる……?


「こらぁ! お前みたいな()()が、俺みたいな素人のパンチでへたったフリするんじゃねえ! もう一発殴らせろ!」

「ちょ……スピアさーん、助けてくださいよー」


わたしが助けを求めても、スピアは肩をすくめるだけだ。


「店の外での喧嘩にまで、あたしが出張(でば)る理由はない」

「そんなぁ……」

「いいんだ……セイジは、よく見てる。俺に大したダメージはねぇよ」


ニッケが立ち上がる。


「ニッケ……」

「それに……俺も、もう一回くらい殴られてもいい気分だしな」

「なんで……」


くしゃくしゃ。

ニッケがわたしのあたまを、子供みたいになでる。


「いいんだ、ラン。そうでもしなきゃ、お互い、このむしゃくしゃはおさまらねぇ」

「……おおい、小僧」


部長の声のトーンが変わった。


「黙って見てりゃ、いちゃいちゃと……ミズハの()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


部長の身体が、ゆらりと動く──と、次の瞬間。


「えっ……」


わたしとニッケの間に、部長が割り込み、強烈な蹴りを繰り出していた。


な、何──!?


「くっ……」


後ろに飛んで蹴りをよけたニッケが、苦しげな息を吐く。

部長は踊りかかるように間合いを詰めると、次々とパンチを繰り出す。


──ええっと……たしか、部長、空手やってるって、聞いたことがあったような……。

でも、空手って、あんな動きなの……!?


ドウッ


空気が揺れる。

部長の一撃をニッケが受け止めたのだ。


「……セイジ、なんかあんた、()()()()()()()()ぞ」

「オマエなぁぁぁ」


部長が吠える。


()()()は、苗字っだっっっ! 名前みたいに、気安く呼ぶなぁぁぁぁ!」


もはや、何に怒ってんだか、ワケわかんないよ(涙)!

部長がニッケを投げ飛ばすと、ニッケは数メートル先の石畳まで飛ばされて転がった。


「……珍しいな」

いつの間にか、スピアがわたしを守るように、横に立っていた。

「あのオッサン、<憤怒(ふんぬ)>の……?」


ヌォォォォォォォォォ!


瞬く間に距離を詰めた部長が、ニッケの顔面に向けて、猛烈な一撃を繰り出そうとしている。

あんなのくらったら、いくらニッケでもタダではすまない。


もおおお──


「<やめなさいっ>!」


わたしが叫ぶと、反響がこだまのように、夜の歓楽街に響いた。

あたりが、静まり返る。


部長は──


ニッケに拳が当たる、ギリギリのところで、()()()()()()()()

筋肉には、まだ力が入っているらしく、プルプルと小刻みに震えている。


「んんー?」


ニッケが、固まっている部長の頭や顔を指で小突いて、気の抜けた声を出す。

そうして、深く溜め息をついて、わたしを振り返った。


「……ラン」

「は、はい……」

()()()()()()な」

「はい?」


スピアが、あーあ、めんどくせぇ、と髪をかきあげた。


「<禁止挿語(インターディクト)>とか……街中で使うか、普通」

「へ、なにそれ」

「ニッケ……あんた、この素人、どこから連れてきたの」


ニッケは、いかにもウソくさい笑顔を作った。


「いやぁ、これにはふかぁいわけがあってだな」

「……いいから、あんた、この事態、どうにかしなさいよ」


わたしは、ハッとあたりを見回した。

見られた。何人もの人に──。


「あんたはっ」

スピアが、わたしの首根っこを掴む。

「とりあえず、こっち来な」


子猫のように運ばれて、わたしは妓楼(ぎろう)の店内へ引っ張り込まれたのだった──。

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