部長、飛翔する
ゴォォォォォォォォォォン
正午。
低い銅鑼の音が、演習場のすみずみまで響き渡った。
試合開始だ。
「……じゃ、僕たちは行ってくる」
リーダー役のアルネスが言うと、ディーズたち前衛パーティーは一斉に駆け出した。
「あ……待って待って!」
小柄なフェイは、スタートダッシュで置いてけぼりを食い、あわてて走っていく。
その姿を見送ると、後衛のリーダーであるリジーナ・イベリスタが指示を出す。
「ミズハさんとマールさんは、わたくしの近くに。サキは、ドームの頂きを取って。デルセンくんは──」
「俺は、そのへんで適当にしてるぜ。どうせ敵が近づくまで、近接はヒマだからな」
ヒューレン・デルセンは、いかにもやる気なく片手をあげると、森のほうに歩いていった。
「……仕方がありませんわね」
「あのさ、ドームを取るって、どういうこと?」
わたしが聞くと、リジーナとサキ・ウィンテルは、顔を見合わせた。
「ミズハさんはご存知なかったのね。よろしくてよ、今お見せすることになるのだから」
リジーナがうなずくと、サキは駆け足で離れていった。
隊旗を立てた陣地の中央。わたしとシャステルを背に、リジーナは大きく両腕を広げた。
「<重積土塁>!」
ゴボッ
一瞬、周囲の地面が、谷のように深く落ちくぼんだのが目に入った。
次の瞬間、視界が完全にさえぎられる。ものすごい速度で積み上がる土の壁が、みるみるうちに成長して、わたしたちを包み込んだ。
バラのつぼみのように、幾重にも重なった、うねる土の壁。
唯一、頂点の部分だけがわずかに開いて、差し込む太陽の光がドームの中をぼんやりと照らす。
「……これが、イベリスタ公爵家に代々伝わる守護の法。<イベリスタ・ドーム>とも呼ばれますのよ」
「すごい──」
シャステルが言うと、リジーナは自嘲気味に笑った。
「本当は、<光属性>の魔法も使いこなせればよいのですけれど……わたくしは、まだ修行が足りなくて。薄暗いのは許してね」
「あ、それならわたしが──<光源召喚>」
わたしが唱えると、小さな光の球が、12個浮かんだ。リジーナが目を見開いた。
「まあ……」
「これって、外の様子がわからないけど、ウィンテルさんみたいな見張り役をドームの上に配置するのが定石なの?」
「いいえ、お父さまは周囲の地面を動くものを<感知>する術を会得されているけれど……わたくしは、まだごく近くの気配を感じるのがやっとで──」
──なるほど。ちょっと、やってみよ。
わたしは、王都でネルーさんが教えてくれた<感知魔法>をイメージした。
──あれ、そういえば、これネルーさんが詠唱しているの見たことないや。
詠唱するのがマナーだと習った今になって、はじめて気がついた。
南方戦役に従軍し、<天網のネルー>と異名をとったネルーさん。その魔法は、たぶんお貴族さまの習い事とは、ぜんぜんちがうんだ──。
目標は、演習場をへだてる森の中。
こんなふうに、目視できない広範囲の<感知魔法>に挑戦するのは、はじめてだった。
<回復魔法>のために相手の魔力の流れを感じたり、<属性魔法>のために空気や水の分子を感じるのとも、ずいぶんちがう。
地面は地面、樹木は樹木、人間は人間──。
物質や魔力が複雑にからまりあった環境で、物体の配置や人の動きを<感知>るのは、かなり難しい。
<意識>のツタのようなものを延ばしていく感じ──。
<イベリスタ・ドーム>は、ほんとうに花のつぼみのように、華麗な外観をしている──。
その上に、温かいもの──人間──サキ・ウィンテル──わずかに電気を帯びている。あー、ウィンテルさんって<雷属性>の魔法を使うんだ。
陣地外周──ドームの外は土がかなりへこんでる──等価交換──この土が動いてドームになった?
森──草──虫──これは花粉──森って、めちゃくちゃ要素が多い──木の上──光るもの──魔力?
これも人間──わかった、ヒューレンが枝の上で寝て──ん? なんで、こっち見てるの?──あ……
バチッ
「痛ッ」
わたしが叫ぶと、驚いたシャステルとリジーナが、わあっ、と一緒に声をあげた。
「何事ですの!?」
「どうしたの──ラン、指から血が出てる」
「え……」
右手の人差し指に、小さな切り傷。これって、手紙の中で青児部長が書いてた<反撃魔法>──?
「ごめんごめん、びっくりさせて。痛ったいなもう、ヒューレンのやつ、味方の<感知魔法>を弾いてどうすんのよ……」
「<感知魔法>? ミズハさん、あなた、<感知魔法>が使えるの?」
「あはは、いや、見よう見まねだけどね。でも、ちょっとわかってきたかも」
一度、<意識>を広げた場所は、<感知>しやすい。
わたしは、再び<意識>の枝を広げた。
森へ──ヒューレンは避けて──手前のディテールは、飛ばしてもいいよね──これは──。
森の中央部。
前衛パーティーは、早くも上級生たちとぶつかっていた。
<感知>しなれたディーズの気配は、すぐにとらえられた(同じ部屋で暮らしているんだから、当たり前だよね)。
<金属性>の魔法で生み出した剣を手に、同じく得物を構えたふたりと切り結んでいる。
ひとりは槍。ひとりは斧。
槍の先輩のほうが、動きが素早い。突き出される切っ先を、ディーズは身をよじって避ける。そのすきに、斧の先輩が強力な打撃を繰り出す。
そんな連携攻撃にもひるまず、ディーズは斧の先輩の膝を、鋭く蹴った──ボキッ──あー、かわいそう……。
一方のアルネスも、魔法戦の最中だった。
アルネスが必死に<火球>を連打している相手は──木の枝?
魔力を帯びた植物の枝や根が、アルネスの行く手を塞ぐように、生い茂り、からみついていく。
この魔力は──もっとうしろの──草むらから──あれは女子の先輩だ──先輩が植物を<使役>している?
フェイは──フェイの気配は近くにない。ひょっとして、どこかで迷っているのだろうか──。
そう思ったとき、ふと、アルネスをからめとっていた植物の動きが止まった。
アルネスは──キョトンとしている。
あの女子の先輩は?──<意識>がない──眠ってる?──そのうしろに、フェイがニコニコして立っている──うそでしょ、フェイが何かしたの?
ガサッ
突然、大きな気配がして、フェイが顔をあげる。アルネスも空を見上げた。
木々が揺れている。風が森をかき分けるように、すごい勢いでわたしたちの陣地へと向かってくる。
あれは──!
「ウィンテルさん、来るよ!」
わたしが上に向かって叫ぶと、サキが身構えた。
「ありえないわ……もうここまで攻め込んでくるなんて!?」
リジーナが、戸惑った様子で言った。
「ありえないよね……リージス部長、飛んでくるなんて」