部長、見つめる
「なるほど──それで当分、放課後は彼女をここにかくまうことにした、と」
話を聞きながらお茶を入れてくれたリージス部長が、ティーカップをわたしとシャステルの前に置いた。
「ほんと、最低ね……。ロシマー・シューゼフって、リージスのクラスでしょ?」
図書委員長のポーニア先輩があきれたように言う。
「ああ……ところで、君はなぜ、我が物顔でそこに座っているんだね、ポーニア」
「あら、大図書館を利用する生徒の監督も図書委員会の管轄よ。テクニカルには、文藝部の部室にわたしがいたって、なんの問題もないわ」
「やれやれ……」
お気に入りの席に座ったリージス部長は、長い指でこめかみをさすった。
「しかし──マールさんには、結果的に悪いことをした。申し訳ない」
「え……」
シャステルが戸惑った顔をした。リージス部長は、溜め息をつきながら言った。
「学院の上層部にはびこる身分意識を告発する記事を書いたつもりが、かえってロシマーのような不心得者の差別意識を増長させてしまったかもしれない。まったく──思うようにはならないね」
「だから言ったでしょう? 過激な記事を発表すれば、それだけ過激な反響もあるものなのよ」
ポーニア先輩が、そら見たことか、という態度で肩をすくめる。
「ポーニア……君はたしか、図書委員会があおりを食うことを心配していただけだったと記憶しているが」
リージス部長の指摘を完全に無視して、ポーニア先輩が言った。
「でもさ、シャステルちゃん。あんまりシューゼフがしつこいようなら、ちゃんと学院にも相談したほうがいいよ」
「はい……でも、わたし……」
シャステルが口ごもると、リージス部長がつづける。
「勇気がいるだろう、主家であるシューゼフ男爵家の嫡男を告発するのは」
「学院に入る支援をしてくださったのも、旦那さまですし……ロシマーさまも、以前はほんとうの兄のように……」
「……悪いけど、とてもそんなふうには見えなかったけど?」
わたしが言うと、シャステルはまた、泣きそうな顔になった。
「わたしも、どうしてロシマーさまが変わってしまわれたのか、わからなくて……」
「ふむ……ひょっとしてだが、ロシマーの態度が変わったのは、マールさんが魔法を使えるようになってからでは?」
リージス部長が、眼鏡を直しながら聞いた。
「はい……そう言われれば、そうかもしれません」
「やはり、な」
「どういうことですか?」
わたしが身を乗り出すと、部長は、あまり愉快な話ではない、と前置きをした。
「ロシマーは、<メイドの歌>と言ったのだろう? 淑女諸君に語って聞かせるような言葉ではないが──それは、貴族階級の中で使われる隠語だよ」
「隠語?」
「魔法が使える人間は、限られている。そして、それはとくに貴族の家柄に多い。これは、かつて支配階級だった魔導士の血統が、そのまま現代の貴族階級に移行したからだ。そのため、貴族階級の中には、こんな考えを持っている人間もいる。『平民の中に突然、魔法の才能がある者が生まれるはずがない。その子は、実は貴族の種を受けたものなのだ』とね」
「それって──」
「<メイドの歌>とは、使用人が使う<朗唱魔法>の蔑称なんだ。貴族の使用人の家に魔導士が生まれたとき、その子が主人とメイドの間に生まれた子だと決めつけ、蔑む表現だよ」
「じゃあ──あいつは、魔法が使えるようになったシャステルが、男爵とシャステルのお母さんの不義の子だと思ってるってことですか? そんなことあるわけ──」
「ミズハさん──少し、落ち着こうか」
リージス部長に低い声で言われて、ハッとした。
シャステルは──うつむいたまま、膝に置いた手をぎゅっと握っている。
「シャステル──」
「……わたし、父の顔を知らないんです。兵士として戦場に出て、亡くなったと母には聞かされていて……」
うまく言葉にならない感情が、みぞおちのあたりから駆け上がる。わたしは一息に言った。
「そんなの──そんなの、なんの証拠にもならないよ。うちだって、両親は魔法なんか使えないし、離婚したお母さんが女手ひとつで育ててくれたんだよ? 万が一、シャステルの父親が男爵さまだったって、なんだっていうの。そんなこと、シャステル自身の価値と、なんの関係もないじゃん!」
「ラン……」
「シャステルは、シャステルだよ。誰がどう思おうと、わたしには大事な友達なんだよ」
──ああ、もう、わたし何言ってるか、ぜんぜんわかんないな……。
まとまらない思考を整理しきれないまま、何か言わなきゃという気持ちに突き動かされて。
夢中でしゃべっていたわたしの胸に、フワリとやわらかいものが飛び込んできた。
抱きとめたシャステルの髪が、わたしの頬に触れた。
「……ありがとう……」
シャステルが、小さくつぶやく。
こんなに、かぼそかったっけ。腕の中で震えるシャステルの身体を、わたしはそっと抱きしめる──
「……リージス。あんた、なに、二人のことガン見してんの」
ポーニア先輩が、不審そうな声で言った。リージス部長は、長い指で眼鏡を直すと、ふっと息を吐いた。
「美しい──と思ってね」
「はっ? うわっ、なにっ、きもっ」
「きもいとはなんだ、失敬な。極めて正常な美的感覚ではないか」
「ランちゃんたちがかわいいのは、わかってんの。やっぱり、文藝部に預けるのは心配だわ──」
「ポーニア……まったく君という人は──」
リージス部長は、大きく咳払いをした。
「とにかくだ。問題になるのは、今後はじまる実戦実習の時間だ」
「実戦実習、ですか?」
「聞いてないのか。わたしたちは、今年もやるとお達しを受けているんだが──」
ぽかんとしているわたしに、リージス部長が説明する。
「実戦実習は、魔法で戦う模擬戦だ。下級生のチームが、敵役の上級生のチームと実戦形式で向き合うことになる。まあ、最初はお遊びみたいなものなんだが──ロシマーたちと君たちが当たる可能性もゼロじゃない」
「でも、本当にわたしたちも参加するんでしょうか……<回復魔法>の練習ばかりで、戦闘で使えるような<属性魔法>は、ほとんど習っていないんですけど……」
「ふむ──」
先輩たちは、顔を見合わせている。
なんでもいいけど、シャステルがあいつらと戦うことになりませんように……。