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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
学院騒乱篇
29/33

部長、候補かも?

「ねーえ、まーだ? まーだ?」


キッチンの向こうのテーブルで、ジタバタする天使のような男の子。

フォークとスプーンを手に持ったフェイが、足をバタバタさせている。


──もー、あんたは小学生かっ!


「ほらっ、これがフェイの分ね」


わたしは、二人分作ったオムレツのうちのひとつを、フェイの前に置く。


「いい? これを、こうやって……」


ソースカップに用意しておいたケチャップを、スプーンですくって、オムレツにのせていく。

これは、トマトによく似た、ポロムの実でわたしが作ったものだ(えへん)。

目……鼻……口……。


「顔になった!」


フェイが声をあげると、メルグ先生が近づいてきた。


「あらまあ、かわいいのね!」


今日の実習は、<実用(プラクティカル)魔法(・マジック)>。聖シアルネ学院のカリキュラムでは、ときどきこうして、ちがう分野の魔法を学ぶ機会がある。

メルグ先生は、豊満な身体をゆすりながら、わたしが使っていたキッチン台を見渡して、笑顔を見せた。


「お料理ができたときには、同時にキッチンが片付いている──ミズハさんは家事に慣れていらっしゃるのね!」

「あはは、いえ、それほどでも……」


──言えない。一時期、実家を出て彼と()()()()()なんて……。


「……でも、上には上がいるものよ。ふふ、彼女こそ、将来の料理研究部長……!」

「はい?」

「ご覧なさいな……!」


うっとりしているメルグ先生の視線を追うと──


トン、トン、トン


軽やかな音を立てて、キッチン台の上に並ぶお皿。

ひらめくように、黄金色の料理がフライパンからお皿の上に舞い降りる。

いつの間にか整列したスープカップに、湯気をたたえたミネストローネが注がれていく。


──げっ、あっち()()()()じゃん。


余分な食材は、ひとりでに整頓され、流れるように洗われた調理器具が洗いカゴに収まっていく。

その中心で、鼻歌まじりに舞うように動いているのは──シャステル・マール。()()()()のかわいい、わたしの友達だ。


シャステルは、フェイと同じくオムレツ作りに失敗したクラスメイトの前に、流れるように料理をサーブした。

隣のテーブルにいる、わたしの鼻腔にまで、おいしそうなバターの香りがただよってくる。


「おいしそー! フェイもあっちがいい!」

「なっ、何を言うか、この裏切りもの! もう食べんでよろしい!」


わたしが、ケチャップで顔を描いたオムレツを取り上げると、フェイが「やだーたべるー」と駄々っ子のように暴れた。


<実用魔法>──。

それは、<物理操作>と<手続魔法>の混合体……っていうのは、メルグ先生の受け売り。


調理器具を、自らの手で使うように、繊細に制御するイメージ力。そして、料理が仕上がるまでのプロセスを<定式化>する力。そのふたつが、<実用魔法>には求められる、っていうんだけど、ほんとだよね。


シャステルの<実用魔法>は、見ていて惚れ惚れするほど美しい。

歌い出したいのをがまんしているように、フンフフン、と歌う鼻歌。そのリズムにあわせて優雅に手を動かすと、食材も食器も、いつの間にか理想的な配置に動いてしまう。シャステル自身もナイフを手に取って、野菜を刻んだり、鍋の中身を味見したり──何気ない家事の所作と、魔法が完璧に連動しているのだった。


「すごいよねー、シャステルは」


わたしは、彼女の作ったフワッフワのオムレツを分けてもらいながら言った。


()()()()()()()ナンバーワンだわ。うんうん」

「そ、そうかな……たいしたこと、ないよ」


シャステルは、微妙な顔で笑う。

でも、実のところ、彼女ほど<物理操作>を使いこなしている生徒は、第4班には誰もいない。

そもそも、無事にオムレツができあがったのだって、数人だけだ。

フェイなんか、呼び出した<精霊>に卵をかき混ぜさせすぎて、ボウルの中身を炸裂させてしまったし。

ちなみに──フェイの得意な魔法は、<精霊魔法>。生命を模して、自発的に動く魔力の塊、<精霊>を生み出すのだ。


わたしは──<物理操作>の練習はそこそこに、2()9()()()()()()()()()()、ちゃっちゃとオムレツを作りましたよ。ええ。

最後の火入れは、ちゃんと<属性魔法(エレメンタル)>でやったから、許される、よね?


授業が終わって。

実習室の片付けを手伝ったわたしは、みんなより少し遅れて、教室を出た。


──えっ……何?


シャステルが、数人の男子生徒に囲まれている。

その中央にいる、リーダー格らしい背の高い男子が、彼女のあごを、いきなり片手でつかんだ。


「っ……! やめてください……」

「なんだい、シャステル。恥ずかしがるなよ。君とは、もともと()()()()()()()()じゃないか」


シャステルが暴れるのも構わず、男子は彼女に──キスしようとしてる?


「ちょっとっ、あんたたち、何やってんのっ!」

「おっと……これは失敬。君も、今年からできたっていう、()()()()()のお友達かな?」


リーダー格の男子が言うと、周囲の生徒たちが(あざけ)るように笑った。

シャステルから手を離した男子は、大袈裟に貴族的なおじぎをしてみせる。


「シューゼフ男爵家が長子、ロシマー。君の()()()()にめんじて、今の無作法な叫び声は聞かなかったことにしてやろう。さあ、さっさと行きたまえ」

「なっ、何を言って──」

「わからない人だな。君は何も見ず、何も聞かず、まっすぐこの廊下を進んで、自分の部屋に帰るんだ。()()()が、それを()()()()()()()と言っているのさ」


──最っ低だ、こいつ。


「あんたが何さまでも関係ない。シャステルから離れて」

「ほう、それは、なぜ?」

「なぜって、いやがってるじゃない」

「なんだって? シャステル、君は()()()()することをいやがっているのか?」


シャステルは、おびえたように目を伏せる。


「見たまえ、君の友達は何も言ってはいないぞ?」

「そ、それは、あんたたちが怖いから──」

「怖いだって? 何を言っているのだ。シャステルは、我がシューゼフ家の()()()()()()()()()のだぞ。子供の頃から一緒に過ごしたこの僕が、怖いことがあるものか」

「それって……」


──じゃあ、こいつが、シャステルの()()()()()


「かわいい妹分(いもうとぶん)が入学してきたと思ったら、逃げ回ってロクに顔を見せもしない。だから、こうしてわざわざ会いにきてやったのだ。なあ、シャステル」


ロシマーが髪をなでると、シャステルがビクリと震えて身をすくめた。そんなシャステルの様子に、ロシマーはなぜか余計にいらだったようだった。


「……いやならいやと言えばいいものを。そんなふうだから(さげす)まれるのだ、お前たち母娘(おやこ)は──」


髪に触れていた手を、ロシマーがグッと握りしめる。


「痛ッ──」

「学院でまで<()()()()()>など歌いおって──」

「ちょっ、ちょっと、やめなさいよ!」

「ええい、うるさい! 平民は黙っていろ、<雷よ(サンダー)>!」


興奮したロシマーがいきなり、わたしに向かって魔法を撃ち込んできた。えええ! とパニックになりながら、咄嗟(とっさ)に、わたしはルブルグさんに習った氷の<属性魔法>を唱えていた。


「<氷壁防陣(アイス・ウォール)>!」


シュンッ


軽い空気音を立てて、目の前に厚い氷の壁が一瞬で構築される。氷の表面に触れた<(サンダー)>は方向を変え、地に向かって一直線に落ちて、バチンと音を立てた。


「な……平民クラスは<属性魔法>が使えない落ちこぼれなんじゃなかったのかっ」


ロシマーがわめき散らす。


「……あんたの成績は知らないけどね……人間としてどっちが落ちこぼれか、頭を冷やしてじっくり考えなさい! <1時間、動くな(セット・タイムアウト)>!」

「カハッ──」


わたしが放った<禁則魔法(インターディクション)>に一瞬でからめとられたロシマーは、何かを叫びかけた奇妙な形の口のまま、動きを止めた。

わたしが近づくと、ロシマーの取り巻き連中は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。


「……行こう、シャステル」


わたしが手を差し出すと、シャステルは力なく手を握り返す。

そして、固まったままのロシマーをわずかに振り返ると、か細い声で問いかけた。


「どうして……」

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