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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
学院騒乱篇
24/33

部長、膝をつく

「はぁぁぁぁぁ……」


聖シアルネ学院の長い回廊を歩きながら、わたしは深く溜め息をついた。

頭のうしろで両手を組んだディーズが、器用に自分の猫耳をかきながら言った。


「くよくよすんなって。ランの魔法がすごいことは、みんなわかったんだからさ」

「だってぇ……」


静謐(せいひつ)の湖>、レンリル湖に<雹雷(ライトニング)(・スコール)>を叩き込んだあと、わたしは修道士のアーガス先生に、()()()()と説教された。


「いいですか、魔導士たるもの、魔法が人々に与える影響にも、十分気を配らなければなりません。<気象改変(レイン・メイカー)>のような大規模魔法は、多くの人に目撃され、影響を与えるのです。その力は、人々を威圧する。恐怖と猜疑心を生む。それは魔導士と、この社会の人々との良好な関係にヒビを入れるものです。感情だけではない。湖に漁船が出ていたらどうします。魚が死滅していたら? 我々は、人々の生命と財産を傷つけるかもしれないことを、強く自覚しなければならないのです。それが、力を持った者の義務なのです。それなのにあなたは──」


──ああああああああああああ、もう……。


だいたい。

元はと言えば、あの感じの悪い、長身・銀ピアス男のヒューレン・デルセンが悪いのだ。

戦闘用の<魔法剣>をひけらかしたりしてさ……。


……でも、わかってる。本当に悪いのは、わたしだ。


他人の言動にイライラしたくらいで、強力な魔法を使ったりしてはいけない。その教えは正しい。

たとえば、わたしが<死ね>と言ったら人が死ぬ魔法を手に入れたとして、ムカつくたびに人を殺していたら。

魔導士たちが、それほどまでに、()()()()()人格の者ばかりだったなら。

そんな世界は、きっと、ロクでもない。


剣術部の稽古に向かうディーズと別れ、わたしはひとりで寮に向かった。


「……あなた、ミズハさん、と、おっしゃったかしら」


回廊に5、 6人で立ち話をしていた生徒たちの中から、声がした。

輪の中心にいる、お嬢さま然とした女子。

金髪の見事な巻き毛をゆらした、リジーナ・イベリスタだ。


「差し出がましいようですけど、()()()に慣れていらっしゃらないのね。どうか、()()()()()()()()()ね」

「……それは()()()()()()()()


こわばった笑顔で答えて、足早に通り過ぎる。

「まあ、なんだか怖い方……」

「どちらからいらっしゃったのかしら……」

「南方の辺境地域らしいですわ……」

お嬢さまたちのヒソヒソ声が聞こえている。


──ああ、もう今日はダメだ、わたし。


クラスメイトに()()()()してもしかたないのに。

何を言われても、ネガティブに聞こえる。

社会人として、そんな()()()にはまったことは、何度もあった。

少しは成長したと思ってたのに、まるで心まで<16歳化>したみたいだ。


こういうときは、早く帰って、眠るに限る。

わたしは、走るように寮に入る角を曲がった。


ドンッ


誰かにぶつかり、わたしは思い切り、尻餅をつく。


「いたっ……ご、ごめんなさい」


スッ、と、わたしの目の前に、長い指をした手が差し伸べられた。


「大丈夫かい」


低くて、甘い声。

シャープなフォルムの眼鏡をかけた、男子生徒が立っていた。

知性と教養がにじみでる顔。おそるべきイケメン度。

そして、どう見ても「先輩」と呼びたくなる、落ち着いた雰囲気。


「さあ」


わたしが手を取るのをためらっていると、先輩はごく自然にわたしの背を抱いて、立ち上がらせた。


「見かけない顔だね、新入生?」

「は、はい」

「すまない、人を探していて、注意を怠った。僕はリージス、2年生だ。よければ、君の名前を教えてくれないか」

「ラン……ラン・ミズハと言います」

「そうか、君が──」


リージス先輩は、長い指で眼鏡を直した。

切れ長の瞳が、わたしを見つめる。


「あ、あの、なんでしょう」

「ラン・ミズハ。唐突だが、クラブ活動は、何にするか、もう決めてしまっただろうか」

「あー……きっと、勉強だけで精一杯だし、もう部活はいいかなって……」

「いや、それは違うぞ!」


リージス先輩は眼鏡を輝かせて、断言した。


「学院の卒業時に問われるのは、魔導士に必要な、()()()()()()。その重要な評価のポイントが、クラブ活動での実績だ。そのため、この学院には、諸先輩が立ち上げた、さまざまなクラブが存在する。剣術、舞踏、音楽、美術、天文、生物……。だが、君にはぜひ、()()()()()()()()()()()っ」


──へっ?


「このリージス・ルドボロン、部長として、君に膝をついて()おう。ラン・ミズハ。どうか、我が文藝部(ぶんげいぶ)に入部してはくれないだろうか」


リージス先輩は、さっと地面に片膝をつき、わたしの手を取った。

まるで、婚約でも申し込むみたい──

その犯罪的な美しさに、頭が真っ白になりかける……だが。


──ちょっと待って。()()()()()


「あのー……リージス先輩?」

「なんだい」

「先輩って、ルドボロン伯爵の──」

「長男だ。バーニン・ルドボロンは、わたしの父にあたる」


そういって、リージス先輩はニヤッと笑った。

青児(せいじ)部長を心の友と呼ぶ、酒飲み仲間のルドボロン伯爵。

その息子──ってことは、わたしが何者か、というより、()()()()()()()()()()()()()()ってことなの?


熱心すぎる勧誘の真意がわからないまま、わたしはあいまいにうなずいていた──

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