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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
学院騒乱篇
23/33

部長、ひらめく

「ふわあぁぁぁぁ」


我ながら、情けない声であくびをしながら、わたしは部屋を出た。


ルームメイトのディーズは、わたしが起きたときには、もういなかった。

昨夜、部活の朝練を見学にいくと言っていたから、そのまま教室に向かうのだろう。


久しぶりの学生生活。

社会人との一番のちがいは、()()だ。


とかく、編集者の朝は、遅い。

コミックの部署などは、午後3時を過ぎるまで、誰も編集部にいないことだってある。

もちろん、それは真夜中まで作家や漫画家と打ち合わせをしているから。

だけど、これからは毎朝、規則的な生活を送らなきゃいけない。


「ごきげんよう」

「あら、ごきげんよう」


教室棟に向かう廊下では、女子寮に暮らすお嬢さまたちが、上品な挨拶を交わしている。


──王都の貴族の家の子かな。


そんな姿を見ていると、なんとなくわかる。

王都の貴族は、都会の上流階級。狭い貴族社会の中で、入学前から互いのことを知っているのだろう。


廊下をポツリと、ひとりで歩いているのは、たぶん、それ以外の生徒たち。

地方の貴族出身者や、一般家庭の子供たちだ。


わたしは、もちろん「()()()()」だ。

男爵家であるルブルグ家の現当主夫妻が後見人とはいえ、ミズハ家は誰も知らない田舎の名家、ということになっている。

それに……ほんとうの「水波(みずは)家」は、東京近郊にある、庶民ど真ん中の家庭なのだから。


わたしのホームルーム、第二教室に入る。


この学院の教室は、どこも天井が高い。

床は階段状になっていて、最後尾の席の高さは、中二階と言ってもいい。


鈍いアメ色に光る、アンティーク感満載の木製の長机。

椅子は、教会の礼拝堂のように長いベンチになっている。

座席は決まっていないので、好きな場所に動くこともできた。


──この眠気は絶対やばいよね……一限目は、うしろのほうで聞こ……。


眠気がふっきれないわたしは、ゾンビのような足取りで階段教室を登る。


──よっこらしょ……ん?


席に腰をおろして、教室を見渡すと、前方の列の人口密度が異様に高かった。


──うしろはこんなに空いてるのに……。


そう思ったとき、時を告げる鐘の音が鳴り響いた。

同時に、教室の一番前の扉が開かれる。


青みがかった銀髪をなびかせて、教壇に向かう人影。

その人は──シスター・ターニア。もとい、ここでは、()()()()()()()だ。


なるほど……クラスのみんなは、男子も女子も、シスター・ターニアに少しでも近づこうと、前のほうにひしめきあっていたらしい。


シスター・ターニアのうしろから、さらに何人かの生徒が小走りに教室に駆け込んできた。

その中のひとりが、わたしを見つけると、猫のようにすばしこく駆け上ってきた。

わたしの斜め前の席に滑り込んで、ニヤッと笑ってみせたのは、ルームメイトのディーズだった。


シスター・ターニアは黒板の前に立つと、教室を見渡して言った。


「剣術部志望の者も、全員そろったか」


凛とした声。

シスター・ターニアは、剣術部の指導員と言っていた。

ディーズたちは、剣術部の朝練に行っていたのだろう。


「よろしい。では、授業を始めよう──」


授業の時間は、飛ぶように過ぎていった。

はじめて聞く、魔法の話。歴史や理論──いつの間にか、すっかり眠気もさめていた。


「そうだな……ラン・ミズハ。立ちなさい」


名簿をちらと見たシスター・ターニアが、おもむろに言った。


「はっ、はい!」

「あなたは、いま、()()()()()

「シスター……ロベリーナ先生が、立て、とおっしゃったので……」


わたしが口ごもると、シスター・ターニアは目を細めた。


「いや、その通りだ。ありがとう、座っていいぞ。みなも見ていた通り、彼女はわたしの言葉を聞いて、立ち上がった。わたしの言葉を、()()()()()()()()()()()()()からだ。だが──」


シスター・ターニアは、スッと腕を前に出して、言った。


「<刀剣召喚(サモン・ブレード)>」


黒い霧の渦が、シスター・ターニアの手元で巻き起こる。

次の瞬間、シスター・ターニアの手にはひと振りの白銀の剣が握られていた。


「金の<属性魔法(エレメンタル)>。周辺の環境から金属原子を呼び寄せ、形を作る。だが、考えてみてほしい。ミズハは、人間だ。わたしの言葉を<解釈>し、自ら行動を起こすことができる。だが、魔法ではどうだ。我々が口にしたり、心で唱える<詠唱>の意味を<解釈>し、()()()()()()()()()()()()?」


──たしかに。誰だろう?


はい、と手を挙げた生徒がいた。

シスター・ターニアが、うなずいて名前を呼ぶ。


「リジーナ・イベリスタ。言ってみなさい」

「<()()>ですわ」


いかにもお貴族さまらしい、豊かな巻き髪の少女が、さも得意げに言った。


「よろしい。魔法にも、我々の<意識>に呼応し、現象を起こす<主体>があるはずだ。その呼びかけの対象が<()()>であるとされている。魔導哲学では、これを<根源仮説>と言う」


シスター・ターニアは、<根源仮説>と黒板に書き込んだ。


「長い魔法研究の歴史を経てもなお、<根源>の正体は解明されていない。ゆえに、<根源仮説>は、学術的には仮説の域を出ない。だが、この仮説は広く信じられ、文化や宗教にも大きな影響を与えている。たとえば、我が教皇庁では<根源>とは<神の顕現(けんげん)>、つまり、神がこの世に与えたもうた()()()()()()()だと位置づけているわけだが──」


フッ


わたしの耳に、かすかに鼻息が聞こえた。

小馬鹿にしたような音を立てたのは、わたしたちと同じく、後列の席に座っていた男子生徒だ。

顔は、イケメン風だけど……死んだような目をして、いかにもつまらなさそうに窓の外を眺めている。


──何、あいつ。なんか()()()()


その男子がつけている銀のピアスが妙に(かん)にさわって、わたしはわけもなくイライラした。


午前は座学。

午後は校庭での実習だった。


とはいえ、最初の課題は<初級回復魔法(ヒール)>。

()()()()()、この魔法がしみついているわたしとしては、張り合いがない。


「<初級回復魔法(ヒール)>」


なんの苦もなく発動させると、宮廷医だったラミング先生は、ふむ、とだけ言った。


得意不得意はあっても、<初級回復魔法(ヒール)>ができる子は結構多く、とくに上流貴族の家庭の子は、当たり前のようにこなしてみせる。だが一般家庭から来た子は、なかなか発動させらない。


──あー、そうか……。


わたしは、なんとなく理解した。

家族から魔法教育を受けられなかった彼らは、魔法に目覚めたときに使えるようになった、()()()()()の魔法に能力が偏っているのだ。

わたしだって、ネルーさんたちが教えてくれなければ、<禁止挿語(インターディクト)>しか使えなかったかもしれない。


「……あわてなくていいんですよ、誰にでも魔法の得手、不得手というのはあるものです。では、<初級回復魔法(ヒール)>ができた方は、アーガス先生に<属性魔法(エレメンタル)>の傾向測定をしてもらってください」


ラミング先生は白々しい笑顔で言ったが、<初級回復魔法(ヒール)>ができるかできないかは、あきらかにクラス内の()()をあらわしていた。


──<初級回復魔法(ヒール)>ができなくても大丈夫、なんてネルーさんたちは言ってたけど、これって結構シビアよね……。


上流貴族が多くなったグループに混じって移動を始めると、ディーズが隣に来て、小声で言った。


「……最初はいつも、全員で<属性魔法>のテストだって聞いてたんだけどな」

「そうなの?」

「ウチは苦手だなー、こういう微妙な感じ……」


<属性魔法>の傾向測定の課題は、シンプルだった。

12ある属性それぞれについて、自分ができるもっとも難しい魔法をやってみせなさい。

10人ほどの先生が採点官になり、わたしたちは適当に列を作って、順番を待つ。


お嬢さまのリジーナをはじめ、上流貴族の子供たちは、<炎よ>、<水よ>、<氷よ>とスタンダードな<属性魔法>を披露していく。


そんな中──


「……先生、面倒なんで<複合魔法(コンビネーション)>でいいっすか」


わたしの前にいた男子が、そう言った。

教室でシスター・ターニアの講義を鼻で笑った、()()()()()()()だ。


見るからに修道士という風体(ふうてい)のアーガス先生は、眉をひそめて言った。


「ヒューレン・デルセンくんだね。もちろん、かまわないよ」


ヒューレンは前に歩み出ると、軽く両腕を広げた。


「<風雪刃(アイス・ストーム)>……<炎雷(ヴォルケニック)(・サンダー)>……」


シスター・ターニアがやったように、ヒューレンの両手には剣が生成された。

だが、左手の剣には渦を巻く風が巻き付き、きらめく氷の粒が舞い踊っている。

右手の剣に巻きついた炎の中では、紫色の雷がバチバチと音を立てていた。


──<魔法剣>。


風、氷、火、雷、そして金。

5個の<属性魔法>を同時に使ってみせたのだ。

でも、そのすごさよりも──

その剣が、あきらかに、戦闘のための<()()>であることが、圧倒的な威圧感を生んでいた。


「あー……もう十分だよ、デルセンくん。よくわかった」


アーガス先生が声をかけると、魔法の刃はスッと消え、ヒューレンはいかにもダルそうに後ろに下がってきた。

すれちがいざま、わたしを冷たい目でチラと見下ろす。


「……()()()()()……」


──キーッ! 何よあいつ、何様よ!


「えー、では、ラン・ミズハさん」

「先生、わたしも<()()()()>で、いいですか」

「はい? ああ、結構ですよ」


──()()()()()に、負けてられないんだから。


ネルーさんに教わった、<感知魔法(センシング)>を全開にする。

自然と両腕があがって、わたしは天をあおいだ。

半径は──思い切って、1km。

空気中の気体分子をイメージして──

集まるな(スキャッタリング)>!


「ええと……ミズハさん、それは何をしているのかな?」


イメージに集中しすぎて、アーガス先生の質問が、遠くに聞こえる。


風が吹く。

エントロピーが増大する。

空気が上昇し、気圧が下がっていく。

太陽をさえぎって、雲が湧く。

それは渦を巻き、積乱雲となり、分子がこすれて雷が生じる。

空にバウムクーヘンのような黒雲がそびえたつ──


「<雹雷(ライトニング)(・スコール)>!」


雷鳴がとどろき、バラバラと大粒の(ひょう)が混じった雨が降り始めた──

校庭の向こう、<静謐(せいひつ)の湖>、レンリル湖の上だけに。


風、水、氷、雷、粒子をとらえる<感知魔法(センシング)>と<禁則魔法(インターディクション)>。

属性の数では負けてるけど、使った魔法の数は負けてない。


わたしは、心の中でつぶやく。


──()()()()()()()()……。


学院に入る前の、最後の夜。

わたしの魔法を見て感動さめやらない部長に、あれこれ<属性魔法(エレメンタル)>の説明をした。

それを聞いた部長が、言ったのだ。


「……それじゃあ、お前、()()()()()()()()んじゃねえの」


実は、ルブルグさんの訓練を受けながら、わたしもそれは感じていた。

風を動かし、空気から水滴を生み出す魔法。

その範囲を広げてやれば、雨を降らせることだって、できるはず──。


目をつむり、ゆっくり息をはいて雷雲を()()()()わたしは、達成感にひたりながら、振り返った。


──あら?


なんだか、みんなのわたしを見る目が()()()()


「ラン、あのなー!」


腕組みしたディーズが、噛みつきそうな顔で言った。


「そういうことは、()()()()()()()()()()っつーの!」

「え……」


ななな、なんでー!?

どうやら、わたし、かなり()()()()()みたいです、部長──。

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