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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
21/33

部長、反省する

「ゔゔゔ……」


わたしがうなると、本をひざにおいたルブルグさんが、困ったような顔で笑った。


「慣れませんか……」

「王都の中では平気だったんですけど……」


ネルーさんも、隣に座ったルブルグさんそっくりの、困った顔で微笑んだ。


「……郊外の道は、揺れるものね。少し、休む?」

「いえ……みなさんにご迷惑ですし……」


王都の西方。

比較的、道がすいている旧街道を、わたしたちは馬車で進んでいた。


いよいよ、聖シアルネ学院への入学の日が近づいていた。

王都から<静謐(せいひつ)の湖>、レンリル湖の近くまでは、鉄道が通っている。

けれど、貴族の子弟は伝統的に、馬車で行列を組んで入校するのだそうだ。


わたしたちの乗る馬車の前後にも、従者がふたりずつ、馬に乗って隊列を作っていた。


コンコン


窓ガラスを軽く叩く音。

顔をあげる。

ガラスごしに、赤髪のニッケがわたしをみつめて、「だいじょうぶか」と口を動かした。

うん、とうなずく。

ニッケは、従者の格好をして、行列に参加してくれているのだ。


「ミズハさん」


読書中の本に目を落としたまま、ルブルグさんが、わたしの名を呼んだ。


「はい……?」

「<初級回復魔法(ヒール)>は、車酔いにも有効だそうですよ」

「え……」


ネルーさんが、そうね、と微笑んだ。


「よければ、かけてあげましょうか」

「いや……ぼくは、ミズハさん自身が挑戦してみることを勧めるね」

「あなた、だってランは……」

「<初級回復魔法(ヒール)>が、うまく使えない。でも、必要は発明のなんとやら、と言うだろう? ピンチの今こそ、コツをつかめるかもしれないよ」


ルブルグさんの目が、わたしの目をまっすぐに見た。


「……わかりました。やってみます」


わたしは、胸に手を当てて、目を閉じた。

……考えるべきことは、ひとつ。ルブルグさんは、()()()、そう言った。


──わたしには、できる。


スゥ、と息を吸い込む。


──絶対、できる。


「<初級回復魔法(ヒール)>!」


張っていた首筋が、すっと楽になる。

耳の奥──内耳──三半規管──リンパ液──流れが整って……頭痛が、消えた。


「まあ、ラン! ちゃんと、できるようになったじゃない!」


ネルーさんが、手を打ってよろこんだ。


──できた……。


「さあ、()()()()()()()()()()()と<認識>できましたね?」


ルブルグさんが、念を押すように、わたしの顔を見る。


「はい……!」

「成功、ですね」


<実験>、成功。


──わたしの<実験>に協力していただけませんか、みなには内密に……。


あの日。

みんなで入学の段取りを確認した日の夕方、ルブルグさんはそう言った。


「<実験>、ですか?」


わたしは、少し身構えた。

夕日に照らされたルブルグさんの笑顔は、どこか()()()雰囲気をたたえていた。


「あの<魔導書(グリモワ)>は、あなたの<自意識>を改変し、イメージを定着させることができる。ならば、あなたに<魔法の概念>を定着させることもできるはずだ。わたしは、そう考えています」

「<魔法の概念>、ですか?」

「すでに、あなたも<属性魔法(エレメンタル)>をいくつか習得して、わかったと思います。結局のところ、魔法を使うという行為は、魔力で何を、どうするのか、という魔力操作のイメージをはっきり<意識>するということなんです」


それは、その通りだった。

水の分子をイメージして、その運動を<止めていく>と氷ができる。

空気をイメージして、その運動を<止めさせない>と風が吹く。


「<魔導書>に、セイジさんが描いた少女の絵を、あなたは『自分だ』と思って飲み込んだ。つまり、内容を書くのは他人でもいい。では仮に、わたしが<初級回復魔法(ヒール)>とは何かを正しく書いたとして、あなたが『自分はこれができる』と思って飲み込んだら、どうなるでしょう?」

「<初級回復魔法(ヒール)>が、できるように、なる?」

「あくまでも可能性のひとつです。それに、どんな副作用があるかは、予想もできません」

「副作用……」


ツカミンの繊維は、わたしの脊髄から脳までの神経にからみついている。ネルーさんは、そう<感知>していた。


「ただ、成功すれば、あなたには無限の可能性がひらけると言っていい。魔法の習得で行き詰まったときや、高度な上位魔法の仕組みを知ることができたとき、<魔導書>にその<概念>を書き込んで、飲み込めばいいんです」

「……なんだか、英単語を覚えるとき辞書を食べちゃう人みたいですね……」

「辞書を、食べるのですか、あなたの世界の人々は」


ルブルグさんは目を丸くした。


「とにかく……定着まで日数がかかるのは確かでしょう。<実験>するなら、チャンスは今しかありません。どうしますか?」


──どうするって、それは……


そして、現在。

馬車の列は、レンリル湖との中間地点にある宿場町に入った。

今日はここで一泊。学院に着くのは明日だ。

部屋に荷物を運び入れて、一階の食堂──兼酒場に降りていくと、聞き慣れた声がした。


「よう。どうだ、お貴族さまの馬車の旅ってのは」


ゴブレットを片手に、すでにお酒の入っている部長がそこにいた。

部長は、わたしたちの一行とは別に、鉄道で移動して宿場町に入っていた。

道中、部長の顔を知っている貴族とすれちがわないとも限らない。わたしの素性を隠すための予防策だ。


「大変でしたよ、酔っちゃって」

「あら、でも自分で治したでしょ」


あとからやってきたネルーさんが、笑顔で言った。


「自分で、治した?」

「ランったら、馬車の中で急に<初級回復魔法(ヒール)>ができるようになったのよ」

「ほお、あれだけ苦労してたのにな」


ふうん、とわたしの背後で不機嫌そうな声がした。


「ニッケ」

「お前、また俺の知らないところで──」

()()かね?」


ルブルグさんがニッケの肩にポンと手を置く。


「しっ、嫉妬じゃねえよ、また何かやらかしてるんじゃないかと……」

「束縛する男は、嫌われるよ」

「グッ……」


一同がテーブルについて、わたしの入学前、最後の晩餐(ばんさん)がはじまった。

16歳設定で学園生活に入ったら、当分、お酒とは()()()()だ。

わたしは、宿場町の名物ビールに舌鼓を打ちながら、みんなとの食事を心から楽しんだ。


そして、夜。

わたしたちは、町外れの草原にいた。

夜空は晴れて、星あかりがやさしくあたりを照らしている。

足元には、一面に白い小さな野草の花が咲き乱れていた。


「おい、ミズハ。みんなをこんなところまで連れてきて、どうしようってんだ」


ほろ酔い加減の部長が文句を言う。

あたりを確認していたルブルグさんが、首を縦に振る。他人の目はない。


「みなさん──」


わたしは、少し緊張しながら言った。


「この世界に来て、なぜか魔法が使えるようになって、いろんな事件に巻き込まれて、でも、なんとか乗り越えてこられたのは、みなさんのおかげです。ほんとうに、ありがとうございました」

「ラン……」


ネルーさんが、瞳をうるませる。


「それに、青児(せいじ)部長には、仕事もそっちのけで、この世界で生きていくことに必死なわたしを見守ってもらって、実は感謝してます。いろいろ、助けてくれて、ありがとうございました」

「実は、は余計だろ、お前」


部長は、鼻の頭をかきながら言った。


「わたしには、まだちゃんとした恩返しはできないけど、せめて、少しでも心に残るものをお見せしたいと思って、ルブルグさんに助けてもらって、()()()を用意したので、ご覧ください!」


おっ、いいねいいね、と部長が手を打った。

岩の上にルブルグさんがハンカチを広げて、ネルーさんを座らせる。

ニッケは、倒木に腰をおろして、ひざにひじをついた。


わたしは、木々に囲まれた草原の中央に立った。


──わたしには、()()()


息を吸って、風を感じる。

草花から漂う、甘い香りを含んだ空気。

そこにまじった、湿気──水の粒。


「では、はじめます!」


半径は10m。生き物を傷つけないように、空気の中の水分だけを使って──


「<凍結乱舞(ダイヤモンドダスト)>!」


澄んだ氷の粒が、周囲の空間を舞う。

この氷を、もっと大きくして──


「<氷華結晶(アイス・クリスタル)>!」


氷の粒が集まって、数十個のクリスタルに変わる。

本番は、ここから──


「<氷晶分光(アイス・プリズム)>!」


氷のクリスタルが瞬時に輪切りになって、たくさんの六角柱が草原の上を舞う。

そのひとつひとつが、星の光を七色に分散させる。

白い花畑が、色とりどりに照らされる。でも、まだ足りない──


「<光源召喚(サモン・ライト)>!」


わたしの上に、12個の小さな光の球が浮かんだ。

この光を──


「<強制指向(ディレクティヴァイズ)>!」


光を束ねて、プリズムに向ける。

白い光線は七色の虹になる。花畑は、きらめく極彩色の絨毯だ。

空中でゆっくり回転するプリズムの動きにあわせて、万華鏡のように表情を変える。


──できた。


みんなの記憶に残るような、美しい景色を作りたい。

初級回復魔法(ヒール)>を食べる<実験>のとき、わたしがルブルグさんに頼んだのだった。

魔法の組み合わせや全体の演出まで考えてくれたので、わたしは<()()()()>だけで済んだ。


名付けて、<光彩(プリズマチック)展開(・フィールド)>。


ルブルグさんとネルーさんが、しきりに拍手を送ってくれる。

ニッケは、あっけにとられたような顔で、手を叩く。

部長は──あごがはずれそうだ。


わたしは術を解くと、ネルーさんに習った通り、淑女らしくお辞儀をした。


「いやあ、すばらしい。すばらしかったよ、ミズハさん!」


ルブルグさんが満足そうに言う。ネルーさんがわたしを抱きしめる。


「ほんとうよ、ラン。すばらしい贈り物だったわ。ただ──ペレル、あなたは、どうしてランが光の<現代的属性魔法(モダン・エレメンタル)>を使えるのか、()()()()()()()()()()()()


笑顔を向けられたルブルグさんが、うっ……と、わかりやすい()()()()を出した。


座り込んだままだった部長は、突然、ガバッと地面に手をついた。


「ミズハッ、すまんっ」

「ど、ど、どうしたんですか、部長」

「元はと言えば、俺が強引にお前を連れてきたんだ。そのせいで、ただのひよっこ編集者だったお前が、あんな大魔導士みたいなことになっちまって……」

「何言ってるんですか。わたしは魔導士としてもひよっこですよ」


でも──ほんと、遠いところまできちゃったな。


わたしは、部長のくせのある髪を、ぽんぽんとなでた。


「魔法が使えるなんて、夢みたいな世界に連れてきてくれたんですから、文句はありませんよ」

「ミズハ……」

「ただ──最後まで、責任、取ってくださいね」


ちょうど、そのとき──

草原を、はるか遠くに見下ろす丘の上。

遠隔感知(テレメトリー)>を解除した人影があった。


「……なかなか、おもしろそうな子ね」


人影は、そうつぶやくと、背後の森に広がる闇にとけるように、去っていった──

第1部にあたる、「王都邂逅篇」は完結です!

第2部、「学院騒乱篇」もがんばって書いていきます。

よろしければ、コメント、評価いただけると、よろこびます!

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