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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
19/33

部長、怒られる

「お嬢さん、<甘い豆のパン(テッペ・ドノ・ジッタ)>、4つね」

「こっちは普通の<パン(テッペ)>、2つと……」

「はい〜、少々お待ちくださいぃ〜〜」


わたしは、釜の前であわただしく手を動かすおじさんに声をかける。


「おじさーん、あんぱん、焼き上がってますかぁ?」

「そっちの台のやつ、出してもらっていいよ!」


支社の向かい。

パン(テッペ)屋さんのカウンターの中に、わたしはいた。


<こっち>の世界のジッタ豆を使ったあんぱん、<甘い豆のパン(テッペ・ドノ・ジッタ)>が次第に売れはじめて、近頃、お店の前には長い行列ができる時間帯もある。


聖シアルネ学院に入るまで3週間を切っていた。

部長が考えた絵本企画は、救貧院の子供たちによるユーザーテストを経て、<あっち>の世界での印刷を待つばかりとなった。

ネルーさんは、ルブルグさんと地方に旅行。

これは、遠縁のわたしを迎えにいって、学院に入学させるというストーリーのための、アリバイ作りでもあった。

魔法の特訓も、自主練するしかない。

そんなこんなで、手持ち無沙汰なわたしは、パン屋さんの手伝いに精を出している。


「すいません、<甘い豆のパン(テッペ・ドノ・ジッタ)>を……」


行列に並んでいた、背の高い男の人が言った。


「あぁ! ごめんなさい、焼き上がっているのは、いま売り切れてしまって。

次のが焼き上がるまで、お待ちいただくことに……」

「いいですよ、じゃあ、カウンターの端に寄っていようかな」

「ほんとに、すみません……次の方は……」


次も、男の人。よく日焼けしていて、肉体派っぽい。


「……俺も、待たせてもらうよ」

「えっと……」


じゃあ、わたしも、ぼくも、と<甘い豆のパン(テッペ・ドノ・ジッタ)>を待つという人の列が、別にできてしまった。


「あらら……みなさん、ほんとにありがとうございます〜」


わたしは、焼き上がったパンを取りに奥に入る。


「あんぱんがこんなに売れるなんて、びっくりだよ〜」

「ガハハ、ランちゃんはうちの救世主、いや女神さまだな」

「あはは、女神って」

「にぶいなランちゃん、最近のお客の目当ては、うまいパン(テッペ)だけじゃないんだぜ」

「んー?」

「美人の()()()がいるってな、評判なのよ」


──へ?


「やだ、おじさん、何言ってんの、セクハラセクハラ」

「ランちゃんこそ、何言ってんだい、行列見てみろい。()()()()じゃねえか」


ガッハッハとおじさんが笑う。


あっという間に時間が過ぎ、昼前の営業が終わった。

わたしのお手伝いは、ここまでだ。

店の前の通りに出て、カウンターの戸を閉じていると、背後から声がした。


「……終ったか」

「あ、すいません、昼前はもう終わりで……って、ニッケ?」


振り返ると、赤髪のニッケが立っていた。


──なんか、怒ってる?


「そうだ、うちで食べる分、もらってるんだ。わたし、もう()()()だから、一緒に──」

「ラン……お前、何考えてるんだ?」

「え……」

「読んでみろ」


ニッケは、わたしの目の前に紙を突き出した。

瓦版の小さな記事に、印がつけられている。


「『大評判! 新作パン(テッペ)が旧市街で話題』……。へえ、すごい、記事になったんだ? おじさんに教えてあげなくちゃ」

「よく読めよ、()()のくせに」

「何よ……。『道ゆく人を(いざな)うは、甘露なパン(テッペ)の香りのみにあらず、店先で溌剌(はつらつ)たる声をあげる売り子の娘、いずこより(きた)乙女(おとめ)かと、紳士諸君の噂しきりなり。さる貴顕(きけん)の人のいわく、かの少女は<この世>の者にやあらずと』……」


──って、これ、わたしかい!


「いやー、()()って言われても、あはは」

「あははじゃねえよ。無駄に目立ちやがって」

「な、何よ、その言い方……」

「あのなあ、『貴顕の人のいわく』ってことは、貴族階級からのリークってことだ。はっきりとは書いてないが、お前が<あっち>の人間だってことをほのめかしてる。

お前が人気者になるのを、こころよく思ってないやつがいるって、わかってるだろ」

「でも、この街の人たちに、わたしが<あっち>から来たことは隠してないんだけど……」


はあああ、とニッケは額に手を当てて溜め息をついた。


「いいか、隣近所の人がお前の顔や素性を知っているってのと、王都中の評判になるってのじゃ、話がちがう。

ルブルグの親戚という触れ込みで学院に入る計画だって、貴族のぼっちゃん嬢ちゃんが、お前の顔なんか知らないというのが大前提なんだぜ」

「そんなこと言ったって……わたしは、わたしなんだから、しょうがないじゃん」

「お前は……だって、もう、ちょっと、()()()だろ」

「ちがうって、何よ」

「だから……前とはちがうだろって」

「なにそれ」

「ああもう、めんどくせぇ!」


ニッケは、ますます機嫌わるそうに言った。


「お前、なんか、すげーかわいくなってんだからさ……」


──は?


「自覚、しろよな」


わたしが、目を白黒させていると、急にパン屋のおじさんの声がした。


「いいねえ、青春だねえ」

「ぐっ……おっさん、これはそういうんじゃねえから!」


はいはい、わかってますよ〜と、おじさんはニヤニヤしながら戸口から頭を引っ込めた。


日が暮れて。

わたしは、支社のダイニングで、ニッケと部長の顔をにらんでいた。


「わたしのっ、どこが、変わったんですか」


わたしは、ちっとも変わっていない──はずだ。

29歳にして、16歳設定で学園生活に放り込まれる。その悲劇的な状況を解決する道は、まったく見つかっていなかった。

初級回復魔法(ヒール)>で、筋トレするように、徐々にイメージ通りの身体を手に入れようという肉体改造計画は、わたしの<初級回復魔法(ヒール)>が絶望的に上達しないせいで、まったく望み薄になっていたのだ。

だから、わたしは結局、何も対策ができていない。


「セイジ……いままで、ランに何も言ってやらなかったのか」


ニッケが非難する口調で言った。


「そう言われてもな。ミズハは、部下だしな。何て言ったらいいのか……」

「なんですか、部長までモゴモゴと。わたしが、どう変わったっていうんですか」

「ミズハ……お前、ほんとうに、()()()()()()()()のか?」

「ありませんけど」

「この鏡を見ても、()()()()()()()()のか?」


部長は、持ってきた手鏡をわたしに向ける。

何度見ても同じ。()()()()()()()()


「ちっとも、変わってないと思いますけど」

「ううむ……」


部長は、カバンの底から引っ張り出してきたスマートフォンの電源を入れた。


「……これが、もともとのお前だ」

「だから、それって異動のときの歓迎会の写真ですよね? いまと何が──」


──あれ?


「……わたし、()()()()()()? ここに」

「いたよ。右から2番目に写ってんじゃねえか」

「これ……()ですか?」

「だから、()()()()()()()


──わたしに、よく似た感じの別人。そうとしか思えない。


「……これが、わたし……?」


ニッケが、そんなわたしの様子を見ながら言った。


「……ラン、これは推測だが、たぶんお前は<自意識>ごと、自分の形を<上書き(オーバーライト)>されたんだ」

「<自意識>ごと?」

「肉体に変化が起こるのと同時に、『自分とはどういう人間か』というイメージ自体が変わったってことだな……。お前がジワジワと変わりはじめたのには気づいてたが……<初級回復魔法(ヒール)>の美容術にしては変化が大きいと思ったぜ」


で──とニッケは、ジッとわたしを見た。


「今度は、なんの魔法を使っちまったんだ?」

「何も──使ってないけど」

「そんなわけあるか!」


実はだな──と部長が決まり悪そうな声を出す。


「その姿に、心当たりがある」

「心当たり?」

「ミズハは、()()()んだ」

「食ったぁ? 何を」

「俺の描いた、()だ」

「絵を、食った? なんだそりゃ、異世界の魔法か?」

「……ただの酔っ払いの悪ふざけだ。だが、食った紙が()()()()()()()()

「部長、それはニッケには──」


なんだよ、とニッケがにらむ。


「──ごめん、秘密があるんだ」


わたしは、ポシェットから真っ白な本──ツカミンを取り出した。

テーブルに置き、背表紙をツンツンと指でつつくと、「キュウ」と鳴く。


わたしは、これまでに起こったことを、簡単にニッケに説明した──ツカミンが、どこから来たかは別にして。


途中から目を閉じ、黙って聞いていたニッケは、わたしが話し終えると、ふう、と息を吐いて──。


「あ・の・な・あ、お前ら!(怒)」


──ひいい、ごめんなさい、ごめんなさい!


気がつくと、わたしと部長は、ガミガミと怒り続けるニッケの前で、並んで正座しているのだった──。

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