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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
17/33

部長、感極まる

「もったいないわねぇ、これだけのお宝、また封印しちゃうなんて」


ひび割れた長机に腰かけたデュルレは、長い脚をぶらぶらさせながら、破壊された書庫を見渡した。


怪物から救い出したシスター・ターニアは、アステルさんとスピアが上層階に運んでいた。

あとの仕事は、この部屋の安全を確認して、再度封印することだ。


「……(なが)めてないで、ちょっとは手伝ってくださいよぉ」


積み上げた禁書を運びながらわたしが言うと、デュルレが舌を出す。

あとから来たネルーさんは「求めるだけムダ」と冷ややかに言うと、わたしが積み上げた隣に運んできた本を置いた。


「それはさておき……念のために、この<地獄の部屋>を丁寧に<感知(センシング)>してみたの。

この部屋の禁書の中で、強力な魔法が封じられているものは、ほとんどないと思う」

「……わたしにもなんとなくわかります。ヤバい本には触らないようにと思って……」


わたしのような素人にも、凶々(まがまが)しいオーラのようなものが見える禁書は、いくつかあった。

下手に触って、また何か出てきたりしたら大変だ。

そういう書物の封印や拘束が破れていないかは、ネルーさんがチェックする。

わたしは、無害そうな書物たちを片付けて、まとめる作業に集中していた。


──今度、封印されたら、また何百年も誰の目にも触れないかもしれないもの。


本というのは、実は、結構いたみやすい。


背に細かいホコリがたまってしまうと、ページの間にも粒子が入って、取りきれなくなる。

サイズのちがう本を重ねて平積みすると、圧力で、小さい本が大きな本に沈みこみ、表紙が汚くなったりもする。

まして、<地獄の部屋>に集められた書物は、日本ではお目にかかれないような、立派な革装(かわそう)の本ばかり。よく、こんな地下に放置されてカビだらけにならなかったものだ。


「……それにしても、魔法のかかっていない本は、どうして<地獄の部屋>にあるんでしょう?」


わたしが言うと、デュルレが歌うように答える。


「異端、異教徒、異文化、異種族、教会以前の古代の知識。

改革派の僧侶、政治家、思想家の書物、あるいは科学者の論文、そして魔導書──。

この部屋が作られた旧時代の教会は、それはそれは強い権威を持っていたのよ。

その威光おびやかす、あらゆる書物は禁書とされたでしょうね……」


──なるほど。


通路ひとつ分の書物を片付けきって、わたしは隣の通路をのぞきこんだ。

倒れかかった書架から、なだれのように、大量の本が床に落ちている。


これまでに片付けた本よりも小ぶりで、飾り気のない装丁(そうてい)

なんだか、庶民的な印象だ。


──うん、危ない本はなさそう。


確認してから、一冊、拾い上げる。


──ん?


本を閉じる一瞬の間に、目に入った版面(はんづら)

そこに、違和感をおぼえた。


わたしは、閉じてしまった本を手に、少し迷った。

魔法がかかっているかはともかく、ここにあるのは禁書ばかり。

デュルレが言ったように、政治的・社会的・宗教的に、なにかしらヤバいことがある本なのだ。

だから、なるべく中身は見ないでおいたほうが無難なはず──。


でも、いま見えたものは、編集者として放ってはおけない。


わたしは、もう一度、禁書を開いた。


「……」


やっぱり、そうだ。


「……こ、これっ!!」


おもわず、声がうわずる。


「どうしたの、ランっ!?」

「なによぉ、変な声出して」


ネルーさんとデュルレが同時に反応する。


「これ……な、なんだか、わかりますか──!?」


わたしが、禁書を開いて見せると、二人は怪訝(けげん)な顔をして近づいてきた──


数十分後。

石の隠し扉が開く。

スピアが戻ってきたのだ。


「……シスターはもう大丈夫だ。明日の朝には──お前ら、何やってんだ?」


わたしたち3人は、むさぼるように、次から次へと床に落ちた本を開いては、中をのぞきこんでいた。

デュルレが歓喜に満ちた顔で、スピアに手招きをする。


「スピアちゃんも、お・い・で」

「……お前らまで、妙な術にかかったんじゃないだろうな」


ネルーさんが、真っ赤な顔を本からあげて言った。


「それはないわっ」

「……おい、大丈夫か、ネルー。ヤカンみたいになってるが……」


わたしは、本をかかげてスピアに言った。


「とにかくっ、これを見てください!」


スピアは眉をひそめながらやってくると、わたしが差し出した本を手に取った。


「なんだぁ……? 『騎士さまぁ』『ああ、姫君、今宵(こよい)こそ、この我が(つるぎ)を……』『そう、騎士さまの()()()()()()()に』……」


真っ赤になったネルーさんが、大慌てで手を振った。


「だ、だ、だ、だめです、ハレンチな! 声に出さないで!」


デュルレが、あっははははは、と高らかに笑った。


「愉快よねえ、旧時代の修道士たちが、コツコツ集めて封印した禁書に、こんなものが混ざっているなんて。

ランの話だと、こういうものは<あっち>の世界にもあるそうよ、なんて言ったかしら──」

成人(エロ)マンガですっ」


わたしは、興奮気味に言った。


「でも、大切なのは、内容じゃありません。マンガですよ、マンガ! これって、<こっち>の世界にも、マンガというカルチャーが存在していたってことですよね!?」


そうなのだ。問題は、中身ではない。

この棚に集められていたのは、たしかに成人向けのマンガばかり。

つまり、禁書とされたのは、内容が問題だったからで、マンガが禁止されていたとは限らない。


だが、<こっち>の世界、少なくともレガシス公国で、マンガという表現を目にしたことは一度もない。

この国の歴史のどこかで、マンガという文化は、失われてしまった。

でも、人々がマンガを愛した時代があったことは、たぶん、たしかだ。


「みんな、マンガ、読めてますよね。これ、読み方わかりますよね?」

「そ、それは、絵物語にセリフがついているのだから、難しいことはないわ。これなんて、絵もすごく上手だし──」


ネルーさんがいうと、デュルレがひやかす。


「ふーん、ネルーはそういう構図(プレイ)が好みなの?」

「ちっ、ちがいます、わたしたちは文化の話を──!」

「なによ、ムキになって。か・わ・い・い」


これは、出版社にとって大きな可能性だ。

この国の人たちは、マンガを読むことができる。

自然なものとして、受け入れることができるのだ。

そして、たぶん──描くことも。


この大発見を、シスター・ターニアの話をせずに、どう部長に説明したらいいだろう──?


すっかり浮かれていたわたしは、救貧院をあとにするまで気がつかなかった。

自分の持ってきたポシェットに、小さな<珍客>が飛び込んできていたことに──。


翌朝。

クタクタに疲れ切ったわたしが部屋を出ると、階下からいい匂いがした。


「おあようございあす……」


あくびをしながら食堂に入ると、瓦版を読んでいた部長が、うろんな顔でわたしを見た。


「昼前まで、よくおやすみで。昨日の女子会は、相当ハデにやらかしたみたいだな」

「このいい匂いは……」

「おう、食うか。向かいの親父さんがパンをわけてくれたんだ」

「なんか……いつもとちがいますね」

「おおよ、見て驚け」


部長は手袋(ミトン)をはめて、台所のオーブンを開く。

中のプレートを引き出して、顔ほどもある大きな丸パンを皿にのせた。

ナイフを手に戻ってきた部長は、ホカホカしたパンの真ん中に刃を入れる。


ジュワ……


熱で溶けた油が、にじみ出てきた。


「これ……チーズですか?」

「正解だ。あまり手に入らないから普段は作らないんだが、お前があんぱんを教えてくれたお礼にだとさ」

「わあ……あれ、でも部長、わたしが起きてこなかったら、これひとりで食べちゃってたんじゃ……」

「そりゃあ、お前、起きてこないほうが悪いだろ」


何よそれ!

──という怒りはさておいて、わたしは部長に言った。


「あの──経緯はお話しできないんですが、わたし、見つけたんです」

「見つけた? 何を」

「マンガ、です」

「はあ?」

「この国の旧時代に、書籍化された、マンガの山を見ました」


部長は、何も言わずに、椅子に座った。


「……ちょっと待て。いま、なんて言った」

「ですから、この国には、マンガが書籍化されて流通していた歴史があったんですよ! それに現代人でも、すぐにちゃんとマンガが読めるようになることもわかりました」

「……ルブルグの家に、あったのか」

「いえ、そうじゃないんですけど」

「じゃあ、どこで見た」

「そ、それは言えません」

「なぜ言えない」

「うーん……あ、取材源の秘匿(ひとく)、ですっ!」

「『あ』って、お前、明らかにいま考えたじゃねえか……」


部長は額に手を当てて、深く溜め息をついた。


「まあいい……この魔法の世界に来て、お前は妙なことにばかり首を突っ込んでるからな……。

だが、いまの話は聞き捨てならない。わかるだろ」

「はいっ……」

「現代のこの国には、マンガはおろか、書籍すらほとんど流通していない。

しかし、人々はマンガを読む習慣を、少なくとも昔は持っていた。完全なブルーオーシャン……。

これだ……これこそ、俺がイメージしていたチャンスッ!! ミズハッ!!」


部長が、急にわたしの手を握った。その目には、うっすらと感動の涙が浮かんでいる。


「は、はいっっ!!」

「よくやった!! お手柄だ!!!!」


パタ


部長が叫んだ瞬間、何かが落ちた音がした。

わたしたちは、顔を見合わせた。


事務室にしている居間をのぞく。

早朝に帰ってきたとき、机の上に放り出してあった、わたしのポシェット。

その口が開いて、床に何かが落ちている。


白い、四角いもの。

少し分厚い、文庫サイズの──


「なんだぁ? 束見本(つかみほん)じゃねぇか」


わたしが拾い上げたものを見て、部長が妙な顔をした。


束見本。

書籍を作るとき、本文用紙の斤量(きんりょう)やページ数を計画している本にあわせて作る、真っ白な本。

装丁家が、それを見本にしながら、表紙や背表紙のデザインをする、サンプルだ。


「束」つまり本の厚みの「見本」、だから、束見本。

中を開いても、本文は何も印刷されていない。


この小さな束見本も、中身は真っ白だ。


「そんなもん、この国にゃねぇだろ。<あっち>から持ってきたのか」

「いえ……」


何気なく、パラパラと最後までページをめくる。

最終ページに、小さな紙が貼り付けられているのに気づいた。


「うーんと……」


========================

魔導製本所(グリモワリエ)クオリ

書名: 未定

判型: 小メント判

寸法: 小口3.5メント×天地4.9メント

表紙: AQプリンセス上質

本文用紙: 封霊紙 736ページ(連環仕様)

……

お願い: この仕様書は束見本と一緒に弊社にお返しください。

封霊紙は魔力を定着させますので、長期間放置すると危険です。

緊急制御が必要な際は、まず書名を付与してください。

========================


──ん、これって魔導書用の束見本……?


貼り付けられた仕様書のメモを、指でなぞる。


プルプル


本を持つ手に、違和感を感じる。

束見本が震えだした。

まるで生き物が身をよじるように、わたしの手から逃れようとするように。


「こっ、これっ、生きてるっ」


キュイイ


甲高い鳴き声。

背表紙が真ん中で割れて、小さなキバの生えた口が開いた。


「痛ッ……!」


束見本が、わたしの人差し指に噛み付いた。


「このやろっ……!」


部長が束見本をはたきおとす。

床に落ちた束見本は、憤慨したようにピョンピョンと部長に向かっていく。

気がつけば、もとのサイズよりふた回り以上大きくなって、口にもズラッとキバが並んでいた。


「おいっ、これ……どうにかならないのかっ」

「そ、そんなこと言われても──!」


──緊急制御が必要な際は、まず書名を付与してください。


書名。タイトル。名前。

もう、とりあえず、なんでもいい──

わたしは、目をつむって叫んだ。


「──『ツカミン』! <やめなさい>!」


……

……

……え?


急に静かになって、わたしは目を開けた。


わたしの足元で、束見本がピョンピョンと跳ね回っていた。

まるで、ご主人さまに駆け寄ってきた、小型犬みたいに。


こうして突然、わたしの異世界ライフに、新しい仲間が加わったのだった──。

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