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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
14/33

部長、計画倒れ

馬車がレダニス救貧院の車寄せに到着すると、すぐさま扉が開いた。

ネルーさんが、あら、と意外そうな声を上げる。

御者のおじさんが扉を開けてくれるには、早すぎるタイミングだったからだ。


「……おい、ラン。これはいったい、どういうことだ」


そこにいたのは、赤髪のニッケだ。

手には、クシャクシャになった今朝の瓦版(シアルチェ)が握られている。

密命を受けた探偵が怪事件の調査をはじめている──わたしをおとりにして犯人を刺激しようと部長が仕込んだ記事だ。


「いやー、それは部長が……」

「ああもう、勝手なことしやがって!」

「いったい、なんの騒ぎ?」


ネルーさんがニッケの手から取った瓦版に目を通すと、深く溜め息をついた。


「……ただでさえ複雑な立場なのに、この上、まだ面倒に飛び込むつもり?」

「だって、知ってしまった以上、気になるじゃないですか」

「仕方ないわね……ニッケ、中に入って扉を閉めて。少し作戦会議をしましょう──」


一時間後。

わたしは、子供たちの表情をみながら、ネルーさんが新作絵本を読み聞かせるのを観察していた。

書物が一般に普及していないにもかかわらず、ネルーさんの読み聞かせは驚くほど上手だった。

ページをめくる前に、本文にない合いの手を、絶妙な形で入れる。


「……さあ、次に来るのは誰でしょう?」

「ウサギさん!」「クマさん!」

「『やってきたのは、ウサギさんでした』」


歓声が上がる。子供たちは大はしゃぎだ。


「……お姉ちゃん」


小さな手が、わたしの(そで)を引いた。

子リスのような耳をしたミリちゃんだ。


「ミリのお話しした、ウサギさんのお話、ご本にしてくれてありがとう」


目がキラキラしている……かっ、かわいい……。


「こちらこそ、お話ししてくれて、ありがとう」

「ねえねえ、お姉ちゃん……」


ミリちゃんは小さな声で隠れるように言う。


「あのお兄ちゃんは、<悪い男の人>なの?」

「わっ、悪い男って」

「アステル先生、いやがってる」


それは赤髪のニッケだ。

ニッケは、修道女のアステルさんの隣に座って、あれこれと施設についての質問をしていた。


……アステルさんは──たしかに、少し迷惑そう。


「ええ」とか「はあ」とか、適当な返事を繰り返している。


これがネルーさんとニッケが即席で立てた作戦だった。

<おとりの入れ替え>だ。

ニッケがわたしたちに同行し、事件を詮索(せんさく)するような質問を繰り返す。

もし犯人が、瓦版に書かれた<探偵>の妨害をしようと動くなら、狙われるのはわたしではなくニッケになるはずだ。


「まったく……俺の任務は、お前の監視と警護なんだぜ。

ちゃんと、()()()()()()よな」


馬車の中でサラッとニッケに言われた言葉が、妙に耳に残っていた。


そもそも、ネルーさんから<奇病>の話を聞いたニッケは、状況を上司に報告し、内務省の別のチームがこの事件の内偵を進めていたという。

そこに、いきなりあんな瓦版が出たので、ニッケにも知らせが届いたのだ。


「……へえ、じゃあ、この施設はもともと、修道院だったんですか?」

「ええ……創建は、王都でも最も古い部類に入るとか……」

「それなら、今は使われていない、秘密の部屋なんかも、あるんでしょうね」

「さあ……」


ニッケの質問攻めに答えていたアステルさんが、少し口籠(くちご)もった。


「し、施設の考古学的な価値にご興味がおありでしたら、シスター・ターニアにご質問なさってください」

「シスター・ターニア、ですか」

「はい……教皇庁から派遣されてきた方で、子供たちに読み書きを教えるかたわら、施設の歴史についても研究されているのです」

「へえ、教皇庁から。シスター・ターニアは、いつ頃、こちらに赴任(ふにん)されたんですか?」

「も、もう3年近く前になりますわ。あの方は、あんな<奇病>とは、なんの関係も……」

「おや? 面白いことをおっしゃいますね。<奇病>とは、世間を騒がせている、あの病気のことですか?」

「そ、それは……」


アステルさんが、真っ赤になっている。

悪事をたくらむ犯人が<ボロを出した>というよりも、<恥じらっている>ような──?


読み聞かせの会は、子供たちの歓声とともに終わった。

「バイバイ、お姉ちゃん!」と無邪気に手を振るミリちゃんたちに手を振りかえして、廊下に出る。


「あー……俺は、もうちょっとこの施設の話を聞きたいんで、残ります。じゃ!」


ニッケはそう言い放つと、アステルさんが「あの、困ります……」というのを無視して、去ってしまった。

ネルーさんが、何も知らないような顔をして、前を歩くアステルさんに声をかける。


「それにしても、あの眠り続けている女の子──ユーナちゃん、でしたわね。

あの子たちは、まだ回復されないんですって? ご心配ですわね」

「はい……ありがとうございます……」

「いかがですの、ユーナちゃんの体調は」


アステルさんの足が、止まった。

細い肩が、少し震えている。


「リース先生のお見立てでは、もう何日ももつまいと……」

「そんな……」

「あの……!」


アステルさんが、意を決したように振り返った。

目が真っ赤になって、(うる)んでいる。


「お二人は、あの探偵さんのお仲間なのですよね!?」

「あー……ええ、まあ」


わたしが苦笑いすると、アステルさんは両手でわたしの手を取って、懇願するように言った。


「どうか……どうか、お二人のお力を、お貸しいただけませんか。

このことは……どうしても、殿()()()()()()()()()()()のです」


──へっ? どういうこと?


ネルーさんとわたしは、顔を見合わせるしかなかった。

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