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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
13/33

部長、しかける

「どうだい、ランちゃん。こんな感じかね……」

「お! おおおおお! すごいです、おじさん! これです、これ!」


支社の向かいにあるパン(テッペ)屋さんのカウンターの中。

わたしは釜から出てきた、(つや)やかな丸いパンに感動していた。


「あれ、なんだ、ミズハお前、そっちに転職か?」


道から気の抜けた声がする。

部長だ。

昨夜も、繁華街の店で、飲み明かしてきたらしい。


「ガハハ、いいのかセイジさん。うちはいつでもランちゃんを引き抜くぜ」


パン屋のおじさんが、屈託なく笑う。

部長はカウンターをのぞきこんで、まだ湯気の出ているパンを指さした。


「なんだぁ、そりゃあ」

「へへん。聞いて驚け。あんぱんですっ」

「あんぱんだぁ?」


そう、これはあんぱんなのだ。

今日の午後、わたしは絵本の取材をした救貧院を訪れる予定だった。

瓦版(シアルチェ)屋の紹介で、部長が探してきた挿絵画家のイラストを添えた、絵本『みんなでどっこいしょ』の原稿を、いよいよ子供たちに見てもらうことになっている。


その手土産に、何か変わったお菓子をプレゼントしたいと思ったのだった。


「部長も試食してみてくださいよー」

「……お前、料理なんかできたのか?」

「失礼な。文句があるなら、食べてから言ってください」


あんぱんをトングで取って、部長の手に渡す。


「あちちっ、バカ、ちょっとは考えろ……」


焼き芋でも冷ますように、両手でぽんぽんとあんぱんを転がした部長は、がぶりと遠慮なくかぶりつく。


「お……いけるな」

「でしょー?」


パン屋のおじさんが、ほくほく顔で言う。


「でも、いいのかいランちゃん。こんなレシピを、うちでもらっちゃって」

「いいのいいの、使ってください。いつもお世話になってるんだからー」

「そうかい。じゃ、遠慮なく……<甘い豆のパン(テッペ・ドノ・ジッタ)>とでも名付けようか」


いやー、やっぱりいけると思ったのよねー。

<こっち>の世界では、ジッタ豆を甘く煮るっていう発想はなかったみたい。

あずきの代わりに使えるなら、和菓子も作れるかも……。


「それはともかくな、ミズハ……」

「なんですか?」

「救貧院に行く前に、話しておきたいことがある──」


支社に戻ったわたしは、部長がこれまでに何をしていたか、初めて聞かされた。


子供たちに広がる<奇病>──。

わたしが伝えた、その話を部長は忘れていなかったのだ。


「俺はまず、いくつかの仮説を立てて、取材をしてみた。

第一の仮説。<奇病>がはじまってから、医療棟をこしらえたというパトロン、ルドボロン伯爵。

こいつが、何かからんでいるという仮説だ」


そのために、部長は伯爵が足しげく通っていると噂の妓楼(ぎろう)、<黒薔薇(くろばら)>の常連になった──。


「……ほんとですかぁ? お酒とか、デュルレさんがお目当てだったんじゃ……」

「中尉か。ありゃあ、お前、本物のいい女だな」


やっぱり……。


とにもかくにも、伯爵に接近し、飲み仲間になった部長だったが、心象は「白」。


「伯爵は酒好きだが、下品なところもない。頭も切れる。地位も名声もあって、おまけにカミさんともうまくいってる。

(やしき)にもお招きにあずかったが、奥方はえらいベッピンさんで、性格もいいときてる。

息子がひとり。これも好青年だ。

ルブルグに聞いたが、貴族の間じゃ、将来は大臣クラス確実と言われている期待の星さ。

領地の森林地帯が、王都に木材を供給している関係で、羽振りも悪くない。

使用人たちにも探りを入れてみた。スキャンダルってのは、たいてい、そういうところから出るからな。

だが、からっきしだ。みんな、ご一族を慕っている。まるで問題なし」


それで、<伯爵(か、その一族)のゆがんだ欲望>説は、棚上げになった。


「第二の仮説。医者を追ってみた。伯爵が送り込んだ、リース医師だ」


ところが、これも行き止まりだった。


「リースってのは、数々の功績から王立医学アカデミーの理事におされたのを、自分はいち臨床医だからと蹴って、小児医療にチカラを注いでいる、人格者だそうだ。

いまさら、救貧院の子供たちを苦しめて何かをたくらんでいるとは、到底思えない」


そして、第三の仮説。


「救貧院の中に、犯人がいる。たとえば、お前が会った修道女のアステル。

俺が教会にマークされているからか、もともとやつらが閉鎖的なのか知らないが、教会関係の情報は、あまり入ってこないんだ。

ただ、瓦版の版元で聞いた話じゃ、あの救貧院は近くの下町の貧民街(スラム)で長年、炊き出しをやったりして、評判は悪くない。

活動費を出しているパトロンの伯爵にも、あれこれ聞いてみたが、黒い噂が出てくることはなかった」

「うーん……そしたら結局、第四の説を考えざるを得ないですよね。

つまり、わたしたちがまだ知らない関係者がいる。一見、施設とはまったく関係ない犯人がいる、とか」

「第五の説もある。実は、この<奇病>は何かの超自然的な現象で、少なくとも人間が犯人ではない」

「人間じゃないって、じゃあ、なんですか?」

「知らん。地下に巣喰う魔物、とかな」

「魔物って……」

「他に入所している子供に悪霊がついているとか、あるいは他の子供の特殊能力の影響だが、誰も気がついていないとか、そういう話もなくはない」

「結局、真相はわかりませんね……」


そこでだ、と部長は髪の毛をくしゃくしゃとかきながら言った。


「喰いつくかはわからんが、とりあえず(えさ)をまいておいた」

「餌、ですか?」

「これだ。今朝の瓦版──」

「『怪奇! 子供たちを襲う<夢魔の奇病>』……すごいタイトルですね。

なになに……『名医リース医師の治療もむなしく、いまだ犠牲者の回復は見通せず』……『業界筋が明かしたところによれば、伯爵は密かに探偵を雇いて、事の次第を(あば)かんと調査させつつありと』……探偵って?」

()()だよ」

「はい?」

「仮に、施設の周辺に犯人がいるとして、そいつをあぶり出すには、相手を動かして尻尾(しっぽ)を掴むしかない。

子供たちのところに、最近通い始めた人間。それも、ルブルグ男爵夫人のネルーさんとは違って、素性のわからない人間といえば、お前しかいない。つまり、身分を隠した探偵がいるなら、お前が一番あやしいってことだ」

「……それ、わたし完全に、()()()ですよね?」

「このネタ、持ってきたのはお前なんだ。今日行って、何か妙な動きがないか、しっかり観察してこいよ」


久しぶりの部長の大暴走で、不安しかない。

それでも、わたしはあんぱんを詰めたカゴを馬車に積んで、救貧院に向かったのだった──。

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