部長、看破する
「なるほど……絵にかいたようなパターンだな」
部長がうなった。
「異世界との交流を推し進める、大公殿下や大臣たち。それに反対する教会や保守派の貴族たち──。
そういう対立構造が、この国にもあるってわけだ」
ルブルグさんは、深く溜め息をついた。
「ご明察です。もっとも、現代では我が国でも政治と宗教は切り離されていますし、教会が異教徒や異人種を迫害するような強権的なふるまいをしていた時代は終わった……と、わたしたちは信じています。
ただ、レガシスの国をご覧になればわかる通り、ここではやはり、中世的な伝統が重んじられていますので」
「あのー……前から疑問だったんですけど、聞いていいですか?」
わたしが手を挙げると、ルブルグさんは微笑んだ。
「なんでしょう、ミズハさん?」
「イズナマニア帝国は、科学先進国って感じですよね。で、レガシス公国は伝統を守る国。
それでいて、両国は友好的な関係にある。
どうして、レガシスでは高層ビルを立てたり、インターネットを普及させたりしないんですか?」
「ああ、なるほど。ロード・ブランシェ協定のことですね」
「ロード……なんです?」
「ロード・ブランシェ協定。帝国と公国が200年ほど前に締結した協定です。
帝国は科学工業を中心に都市政策を行い、公国は伝統にのっとった国民生活を維持する。
大陸を二分する両国が、伝統と発展のバランスを取るために結んだ協定──表向きは、そういうことになっています」
「表向きは?」
「ええ……もう、あなたがたに隠す必要はないので、真実の歴史をお話ししましょう。
ロード・ブランシェ協定の真の目的は、魔法の才能を持つ人間の維持だったと言われているんです」
魔法の、維持。
「当時、帝国や公国では、科学工業を中心とした第二次産業革命が起きました。
人々の生活習慣や労働の仕方、社会のシステムが、大きく変わり始めたんです。
政治や宗教、社会のあちこちで、さまざまな問題が発生したわけですが……そのひとつに、魔導士人口の急速な減少がありました」
「つまり、科学が普及したら、魔法を使える人が減ったんですか?」
「そうなんです。因果関係は、200年経ったいまでも、完全には解明されていません。
ただ、工業化が進んだ地域では、確実に魔導士人口が減っていったんです。
危機感を覚えた両国の政府は、それぞれの国で役割分担をすることで、問題を解決しようとしました」
──帝国は科学工業を中心に都市政策を行い、公国は伝統にのっとった国民生活を維持する。
「……ですから、たとえば、公国の医療現場には、帝国で医術を学んだ医師がたくさんいます。
これは、帝国からの医療技術の無制限の提供が、ロード・ブランシェ協定によって、保証されているからです。
一方で、帝国で活動している魔導士の多くは、公国の領土出身です。魔導士の留学や帝国での就業を、公国が推奨していることが背景にあります」
部長が、あごをさすりながら言った。
「そうなると……教会の権威も、200年前と大きく変えることはできない、ってわけだな」
「どうしてですか?」
「考えてもみろよ。魔法だぜ? たとえば、それが人々の信仰心と結びついていたら、どうする。
まあ、お前みたいな不信心なやつが使えるくらいだから、その線はなさそうだが、200年前に協定を結んだお貴族さまがどう考えたかが問題だ」
その通りよ、とネルーさんが言った。
「公国による大聖道教会の庇護も、協定に盛り込まれているの。
大公殿下も王妃さまも、祝祭日の礼拝を欠かされたことはないと聞いているわ」
「そんな国が、よく俺たちを受け入れると決めたな」
部長は、ルブルグさんをジロリと見た。
ルブルグさんは、また困ったような顔をした。
「協定に、異世界に関する規定はないんですよ……。
もともと、わたしたちは、この国はもっと柔軟でいいと思っているんです。
そんなときに、あなたがたの会社から支社設立の申請があった」
「もっと、ハッキリ言ってもいいんだぜ。
日本の出版社なんてのは、アメリカのネズミーのように、脅威になるほどの大資本じゃない。
軍事企業でもなければ、総合商社のように、取引国の経済構造を変えてしまう影響力もない。
新聞や通信社とも違って、速報ニュースでこの国の情報をダダ漏れさせてしまう恐れもない。
教会や守旧派には、文化事業だと言い訳もたつ。
あんたみたいな改革派の官僚は、異世界との取引で、帝国に完全に置いていかれることは避けたかった。
俺たちの来訪は、渡りに船だったってわけだ」
部長が一気にしゃべり切ると、ニッケがヒュウ、と口笛を吹いてみせた。
巻き込んで本当に申し訳ない、と言いながら、それまで立っていたルブルグさんも、ネルーさんの隣に座った。
「異世界という要素は、教会にとっても最近まで想定外だったはずです。
セイジさんが急速に大公殿下に近づいたことで、乱暴な<意思表示>に出た、ということでしょう」
それはわかったが、と部長はわたしを見た。
「……こいつが入学する魔法学校は、修道院付属なんだよな。教会系の学校で、大丈夫なのか」
「聖シアルネ学院は、まあ、治外法権のような感じですよ。
教義を説く神学校というより、魔導士の養成学校という側面が強いですし、貴族社会の力関係のほうが重視されていますね」
「ルブルグさんは男爵さまで、ネルーさんは騎士のお嬢さまなんですよね?
あーあ、わたし、大丈夫な気がしない……はっ!」
そうだ! 大切なことを忘れていたっ!
「……ラン、変な声を出して、どうしたの?」
「ネルーさん、どうしよう。わたし<初級回復魔法>使えそうにもない……。
このままだと29歳の顔のまま、16歳やらないといけなくなっちゃう……」
イタい、イタすぎる……。
「部長に使ったのは、<禁則魔法>だって言われたし……」
「そうよ、まったく……<絶対否認>をいきなり使うんだもの、驚いたわ」
「……ごめんなさい」
しかし、とルブルグさんが口を開いた。
「だんだん、ミズハさんの傾向がわかってきた気がしますね」
「傾向?」
「ええ。あなたは、たぶん<支配魔法>の系統なんだと思います」
「<支配魔法>ですか?」
「ニッケが見たという<禁止挿語>も、今日の<絶対否認>も、何かを禁止したり、拒否したりする魔法なんです。
そういう魔法を<禁則魔法>と呼ぶんですが、その上位概念が<支配魔法>です。禁止するだけではなく、存在や概念に命じることもできるようになると思いますよ」
存在や概念に、命じる?
「たとえば……そうですね。ルブルグの家系は、だいだい、氷の属性を得意としています。なので……」
<氷よ>とルブルグさんが手のひらを開くと、野球ボールくらいの氷の塊が現れた。
「これは、一年生の冬に習うでしょう。
わたしは、属性魔法として氷を呼び出したので、呼びかけの詠唱で発動させています」
ふむふむ。
「でも、おそらくミズハさんは、属性魔法として氷を作るより、<禁則魔法>を使うほうが楽なはずです……。そうだな、ちょっと、あれで実験してみましょう」
ルブルグさんは立ち上がると、病室の隅に置かれていた洗面器を手に取り、水差しの水を張った。
「いいですか、ミズハさん。あなたの世界でも、水の中には無数の水分子があることを習ったと思います。
いま、この水の中では、水分子たちが熱運動で動き回っています。その動きを、イメージしてみてください。
回復魔法を使うときに、人体を<感知>したのと、似たような要領です」
「はい……」
わたしは、目をつむった。
水。
えいち・つー・おー?
たくさんの、分子が、動いて……いる……。
掴みきれないくらい、たくさんの、点のような、もの……。
「その、動いているものに向かって、<動くな>と念じてみてください」
……<動くな>!
イメージの中で、雲のように、無数の軌道を描いて、走り回っていた点たち。
その動きが、だんだん小さくなって──。
ミシッ
と、変な音がした。
目を開ける。
洗面器の中の水は、氷になっていた。
「すごい……」
わたしが呟くと、ニッケが大きな声を出した。
「すっげーな、ラン! 一発で成功じゃんか!」
「やはり……思った通りですね。
分子の熱運動をある程度、禁止できれば、氷を作ることができるわけです」
ルブルグさんも、満足そうにうなずく。
「あとは、あなたの気にしている、その、<見た目問題>です。
<禁止>することで、どうやって、その問題を解決するか──」
ルブルグさんがそう言いかけると、ネルーさんがワザとらしく咳払いをした。
「あなた。レディーに向かって<見た目問題>とはなんですの」
「む……失礼、つい魔法のことに夢中になって……」
「女性の身だしなみに、殿方の口出しはご無用ですわ。ここからは、わたくしとランで考えますので、あしからず」
「そ、そうだね、君。これについては、君に一任しよう……」
こうして、わたしの<見た目問題>解決に向けた挑戦に、あらたな希望の光が見えたのだった──?
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