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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
11/33

部長、刺される

悲鳴の主は、宴席に食器を運ぼうとカートを押してきた、メイドのようだった。

ホールに続く渡り廊下が、中庭に面したあたり。

床には、皿やフォーク、ナイフといったカトラリーが散乱している。


わたしたちが駆けつけると、すでに衛兵が何人か集まり、声をあげていた。


「医者だ、宮廷医を呼べ!」

「くそっ、(ぞく)はどっちへ行った!」


そして、兵士たちが取り囲む中庭の噴水に、ぐったりともたれた人影──。


「部長!」

「セイジさん!」


押し止めようとする兵士に、ルブルグさんが何か説明している。

でも、そんなの待っていられない。

わたしは、脇をすり抜けて、部長のそばに駆け寄った。


血の気が引いて、青白い顔。

腹部には──パーティー会場で使われているのと同じ、肉切りナイフ。


「……ぅうっ、ミズハか……ヘマ、しちまった……」

「何言ってるんですかっ! 早くナイフを──」


ナイフに手を伸ばしかけたとき、


「やめろ、ラン!」


と、わたしの腕を誰かが握った。


「ニッケ──」

「いま、ナイフを抜けば出血がひどくなる。宮廷医が来るまで待つんだ」

「そんな……せめて、<初級回復魔法(ヒール)>を……」

「落ち着けって。宮廷医は医師であるだけでなく、回復術の達人ばかりなんだ。

こんな傷、すぐに治すさ」


こんな、傷──?


「……なに、言ってるの」

「いや、だから大丈夫だって──」

「大丈夫……? これの、どこが大丈夫なの? こんなに……こんなに血が出てるんだよ?」

「ラン──」

「わからない……治せるのに、治してくれないなんて」

「……いいか、ラン。セイジは絶対、大丈夫だ。だから、落ち着いてくれ……」


わたしたちの会話が聞こえたのか、ルブルグさんが近づいてきて、静かに言った。


「……城内とはいえ、人目のある場所で、いきなり魔法を使うわけにはいかないのです……。

兵士はともかく、召使いや客の多くは、目の前で魔法を見たことなどないのですから……」

「そんなの……知らない──」


この国の、<不都合な事情>なんて、わたしには関係ない。

治してくれないなら、わたしが──


部長の手を握る。

冷たい。

回復魔法の基本は、相手の身体を<イメージする>こと──。


手から、血液の流れをたどって……。

腕へ。

胸へ。

心臓へ。

心臓の拍動が、震えるように早く、でも確実に弱くなっている──。

太い血管から、腹部へ。

よかった、ナイフは、大きな血管は傷つけていない。

でも、内臓──肝臓に、傷。

肝臓自体、少し白っぽく、不健康──脂肪肝?

まったく、いつも飲み過ぎなんですよ、部長……。


そこまで<感知>したところで、部長の手の力が、ふっと抜けた。

意識を失ったみたい……。

わたしよりひと回り大きな部長の手が、重い。


意識のない者に、<初級回復魔法(ヒール)>は使えない──。

<初級>でも使えない、いまのわたしに、部長を治せるはずがない。


どうして……。

どうして、こんなことになってるの。

どうして、部長が刺されなきゃいけないの。

どうして、誰もすぐに助けてくれないの。


どうして、どうして、どうして……!


わたしの中に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

どうして、こんなところに来ようなんて、あなたは言ったのか。

どうして、あのとき、わたしを連れていくなんて社長に言ったのか。


いつも勝手に決めて、勝手に進めて、勝手に振り回して。


──こんなところで、勝手に死にかけて。


いったい、なんなの。どういうつもりなの。そんなの、絶対許さない。


そう、こんなところで刺されているなんて──<認めない>から!


こんなところに、ナイフが<感知>できるなんて、<認めない>!

こんなところの、血管が、神経が、断裂しているのなんか、<認めない>!

こんなふうに、肝臓が、割れているのも、硬化しているのも、<認めない>!


「……! ラン! ダメよ!」

ネルーさんの声が、遠くに聞こえる。

でも──


わたしは、こんなの<絶対に認めないパーミッション・デナイアル>!


<意識>の中で、イメージが(はじ)ける。

存在を<拒絶>されたナイフは、部長の身体を素通りして、地面に落ちる。

裂けた肉や内臓は、分離したことを<拒絶>されて、閉じていく。


わたしは──


そのあとの記憶は、ない。


気がついたときは、ベッドの上に寝かされていた。

病室?

天蓋(てんがい)から吊り下げられた、白いカーテン。

薄明かりに目が慣れてくると、その向こうに、別のベッドが見える。


部長──。

ぼんやりと、魂の抜けたような顔をして、部長が身を起こしている。

窓の外には、双子の月。


「……部長……」

「おう……目が覚めたか」

「傷は……もう……」

「傷? そんなもんねえよ。お前さんが、すっかり消しちまった」


でも、部長は、なんだかぼんやりして、覇気がない。


「気分、悪いですか?」

「血はずいぶん、持ってかれたが……ま、<賢者タイム>ってとこだな」

「賢者……って、なんで下ネタっ!?」

「ちょうど、そんな感じなんだよ、この感覚。なんかぼーっとして、考える気がおきねぇ」


コホン、と咳払いが聞こえた。

カーテンを開けて、白い長衣をまとった、丸メガネをかけた細面(ほそおもて)の男性が現れる。


「……<離断感>。わたしたちは、そう呼んでいます。

身体の状態を、強制的に<否定>されたことで、自意識と身体の間に生じるラグのようなものです」

「あなたは……」

「申し遅れました、わたしは宮廷医ラミング。

それにしても、やってくれましたね。素直に、我々の到着を待ってくださればよかったものを──」

「だって……」

「だって、じゃ、ありません」


あ、結構、怒ってる……?


「でも……誰も、回復魔法をかけてくれないから、わたしが──」

「いや、いやいやいや」


ラミング医師は、金髪をかきあげながら、(あき)れたように言った。


「回復魔法? あなたがやったのは、回復魔法などではないでしょうに」

「だって、傷が──」

「ですから、だって、は、おやめなさい」

「は、はい……」

「いいですか……あなたが使ったのは、<禁則魔法(インターディクション)>です。

神聖なる生命を回復させるならいざしらず、他人の身体の状態を<否認>することで復旧するなど、医者にとっては認めがたい外道(げどう)の術……」

「げ、外道……」


外道魔法。なんか、それはすごい響き……。


「あのー、それは、使ったら追放されるとか、そういう……?」

「何を言ってるんですか、あなたは。私は、医者の立場からは認められないと言っているんです。

現に、こうして後遺症も出ている……当然です、外傷には通常、適用外の術ですからね。

高位の禁則魔法が使えるなら、なぜ安全な回復魔法を選択しなかったのかと、そう言いたいわけです」

「あはは……それが、わたし、回復魔法は、まだ使えなくて……」


なんですって!? と、ラミング医師が絶句したとき、何人かの足音が廊下のほうから聞こえてきた。


「ラン! よかった、目が覚めたのね」

「ネルーさん……」


ルブルグさんとネルーさん夫妻、そして赤髪のニッケだ。


「セイジも、問題なさそうだな」


ニッケが言うと、部長は力なく笑った。

ルブルグさんが、硬い声音を出した。


「……セイジさんを襲った賊は、まだ見つかっていません。

おそらく、もう城内にはいないかと……」

「近衛の警備兵も、俺たち内務省の警備班も、やつらの足取りを追えていない。

帝国の城に比べれば、うちの警備は手薄かもしれないが、手際がよすぎるぜ……」


ニッケが苦々しい表情で吐き捨てると、ルブルグさんがラミング医師に声をかけた。


「先生……すみませんが、少しはずしていただけると」

「なるほど、わかりました」


ラミング医師は何かを察したのか、丸メガネを中指でスッと直すと、病室から出ていった。


「さて……」


ルブルグさんは、溜め息をついてから語り始める。


「目が覚めたばかりで、気が重い話になって申し訳ないのですが、わたしたちの考えをお伝えしておきます。

セイジさんを襲った犯人ですが……おそらく、セイジさんの暗殺が目的ではなかった」

「え……」

「殺害が目的なら、場所も方法も悪すぎます。

犯人は、セイジさんが小用(しょうよう)に立つのを待って、襲ったわけですが──」

「しょうよう?」


わたしが呟くと、部長がおまえなあ、と呆れ声を出す。


「トイレだ、トイレ。編集者のくせに教養のない」

「くっ……一瞬、ピンとこなかっただけですー」


ルブルグさんは困ったような顔をして笑った。


「ともかくですね……犯人は、わざわざ、メイドが運んできたワゴンからナイフを奪い、セイジさんを刺した。

当然、彼女はすぐに人を呼ぶ。ここは王宮です。宮廷医が駆けつけることは、想像にかたくない。

しかも、犯人は急所を狙っていない。痕跡を残さないプロが、ヘマをしたとは考えにくいでしょう」

「じゃあ、なんで……」


ベッドの横に置かれた丸椅子に腰をおろしたネルーさんが、わたしの疑問にこたえて言った。


「警告。あるいは、脅迫」

「警告……」

「商人とはいえ、外国の賓客(ひんきゃく)が城内で刺された──そんなことは、公国の名誉を傷つけるわ。

だから、この件は、おおやけにはならない。

あなたがたにも、きっと王宮からお()びと、口外しないようにというお願いが来るでしょうね……。

つまり、これは内部への、つまり大公殿下や大臣、貴族たち、そして異世界から来たあなたたちへのメッセージと見るべきよ」


向かいの、空いているベッドに腰を下ろしたニッケが、あとを続けた。


「……そうなると、黒幕はバレバレだ。たぶん、本人たちも隠す気さえないんだろう。

ま、証拠が残っていない以上、追求もできないしな」

「それって……?」

「大聖道教会さ。やつらがバックにいるなら、刺客たちがこの城を抜け出すのも簡単だ」

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