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編集後記は異世界から。  作者: 瑞波らん
王都邂逅篇
1/33

部長、暴走する

バアン!

机を叩く音。

わたし、水波(みずは)らん、29歳は、フロアの入り口でビクリと身体(からだ)を震わせる。


「局長、いいんですかぁ! このままでは、<こっちの世界>のコンテンツは、()()()()()()()()しかないと、<あっちの世界>の人間に思われてしまうんですよ!?」


また、やってる──。


東京・文京区。K出版第四コミック編集部。

部長の青児(せいじ)友也(ともや)が、コミック事業の統括局長に食ってかかっているのだ。


「これじゃあ、日本のコンテンツ・ビジネスはおしまいですよ!」

「いやいや、そうは言ってもねえ、青児くん」


押され気味の局長は、メガネを直しながら、反論する。


「うちのアニメ化作品だって、()()()()()()()()で帝国に配信されはじめたんだし、当分は様子見で、いいんじゃないかねえ」

「まだそんなことを言ってるんですか!」


部長が激昂(げっこう)して言う。


()()()()()()()()()なんですよ!? 国際展開なんてもんじゃない。翻訳コストもかからないんだ。なぜ、あっちに支社を作って、直接コンテンツの売り込みをさせてくれないんですか!?」


……そろそろ、「何言ってんだこいつ」と思ったでしょう、はい。


解説しよう。


20XX年、秋。

月の裏側から、もうちょっと離れたところに。

突如として月の半分ほどの直径の、レンズ状のものが出現したのです。


東京からも、肉眼で見えた。

まだ学生だったわたしも、空を見上げて、まじビビりました。

就活とかしてる場合じゃないんじゃないかと思ったものです(なつかしい)。


当然、米国もEUも中国もロシアも、ビビりまくりで、世間は騒然。

各国が密かに、あるいは公に準備していた宇宙軍がいっせいに出動。

映画みたいに、次々と宇宙船が飛び立ちました。

わたしみたいな素人は、へえ、地球の技術も捨てたもんじゃないのね、と思ったりしたわけ。


<宇宙レンズ>に近づいた宇宙船からは、全世界にネット中継。

地上波でも放送されて、視聴率は75%だったとか。


わたしも見ました。ええ、見ましたとも。


空間が歪んで見えるレンズの向こうから、銀色に輝く物体が、スーッと現れた。

大きなペーパーナイフみたいな宇宙船が一機、空間を貫くように。


そして、おもむろに、彼らからの通信が入る──。


「異世界の同胞諸君、こんにちは!」


……は?


その、底抜けに友好的な来訪者は、わたしたちを「異世界人」と呼んだ。

だから、わたしたちも彼らを異世界人、と呼んでいる。

多元宇宙を旅する方法を編み出した彼らは、隣(?)の宇宙(せかい)の住人である、わたしたちと、国交……もとい、「界交」を求めてきたのだ。


それが、約10年前であーる。


で。


全地球的な大論争が起こりました。

この異世界と、国交を結び、通商交渉を進めるべきか。


ところが、商魂たくましい()()()()が、「地球統一での方針を」と叫ぶ諸国を無視して、さっさと<あっちの世界>と通商協定を結んでしまったわけ。


何しろ、<あっちの世界>と<こっちの世界>は、<宇宙レンズ>を通して移動し放題。

資源も商品も、どんな物体でも持って通れるというのだから、ビジネス的には地球が2個になったようなもの。

あらゆる分野の潜在市場が、一気に2倍になったのだ。


はじまってしまったものは、しかたない。

どの国も、われ先にと異世界との交渉をはじめたのです。


もちろん、少子高齢化が進む日本の企業にとっても、一発逆転の大チャーンス!

……の、はずだった、のだが。


結果として、日本は、この流れに完全に取り残された。


まずは、官。

ファースト・コンタクト以来、霞ヶ関には、11万3489件の審議会、検討会、審査会、協議会など会議体が作られた。

たとえば、

「異世界農産品の検疫体制にかかる検討会」

「異世界との往来における防疫体制検討審査会」

「世界間の知的財産権保護に関する専門家会議」

「異世界における邦人保護にかかる事前協議会」

……キリがないわ。


次に、政治。

日本の政治家は、異世界への不安を持つ有権者に配慮して、こう繰り返した。

「えー、異世界問題につきましては、各審議会において、専門家のご議論をお願いすることとしまして……」

「まずは、国民のみなさんの安全と安心を第一に考え、決して経済優先ではなく……」


さらには、民間でも。

ある日のニュースは、こんな感じ。

『……速報です。経団連と連合は、日本企業に勤める労働者が、企業の方針によって異世界への転勤を強制されることはなく、異世界ビジネスについては労使の協議に基づき、慎重に対応するとの合意文書に署名しました。

この合意は、今後の日本の異世界ビジネスの指針となるものと見られ……』


……で。

結局、日本が<宇宙レンズ>を建造した異世界の帝国イズナマニアとの通商交渉に入ったのは、OECD加盟国で、うしろから2番目。

その間に、国連と帝国が、「急速な交流拡大は、双方の世界で、文化の衝突を引き起こし、民衆の不安を煽る可能性がある」という点で合意。

貿易相手国数や輸出入量を制限し、10年ずつ段階的に基準を見直す、いわゆる「バレンシア世界間貿易体制」に入ることになった。


日本は実質、帝国との経済交流のチャンスを逃してしまったのです。


すべりこみで唯一、日本が通商協定を結べたのは、レガシス公国。

帝国の船に「おみそ」のように大使が乗ってきた、友好国のひとつで、人口はイズナマニアの10分の1。

異世界の惑星ペンテラの永世中立国で、「伝統と歴史を守る」ことをモットーにした、中世のような王様のいる国だけなのです。


わたし、水波らんは、そんな動乱の時代に、普通に出版社に就職。

週刊誌の編集や、ウェブメディアの運営を担当したあと、今年ようやく念願のコミック編集部に配属された。


とはいえ、この第四コミック事業部は、「コミックを中核とした新規ビジネスの開拓」がミッション。

わたしが憧れていた紙の週刊誌や月刊誌ではなく、ウェブやアプリにオリジナル漫画を載せるのが普段の仕事。


その新分野開拓チームのリーダーが、さっきから怒鳴り散らしている青児部長だ。


「もう、ウェブでサブスクをいくらやったって、頭打ちなんですよ。それだけじゃ、何も新しくない。

異世界の人間だって、漫画読むでしょう!? 異世界にだって作家もいるかもしれない。

どうして、そのチャンスに踏み出さないんですか」

「そ、それはそうだがね……。行くと言っても君、あっちで仕事しようなんていう物好きがいるかね」

「俺が行きますよ!」

「君、ひとりで仕事はできないよ。ひとりで行って、君が倒れたらどうする」

「そのときは、そのときです」

「会社というのは、そういうわけにはいかんのだよ」

「じゃあ、誰か適当につけてください」

「適当にって君、会社からの命令で異世界に行けとは言えないよ」

「誰か、ひとりくらいいるでしょう、やる気のあるやつがっ!」


部長が、くるりと振り返る。

みんな、巻き込まれまいと目を伏せる。


「誰も、いないのかっ!?」


青児部長は、猪突猛進。突っ走りはじめると、誰も止められない。

異世界でも、あの世でも、強引に連れていかれそうだ。


「……どういう状況?」

「はい!?」


後ろから声をかけられて、不覚にもわたしは声をあげる。

背後に音もなく立っていたのは、なんと社長だ。


先代の息子で、40代で代表取締役の座についた社長は、神出鬼没、社内のあちこちに顔を出す。


「おお、ミズハ!」


部長の野太い声がする。


あきらかに、よろこんでる


わたしは、こわばった顔で室内を見る。


「あ、あの、いまのは社長が……」


社長が、よう、とわたしのうしろから顔を出す。

青児部長は、のしのしと歩いてくると、わたしの両肩に手を置いて、くるりと社長のほうに向き直らせた。


「社長! 俺とミズハとで、異世界支社をやらせてください!」

「ちょ……ぶ、部長」


社長は、へーと声をあげると、一瞬だけ考えて、言った。


「いいんじゃない。やってみれば?」


ほえ……?


こうして突然、わたしは「異世界転勤」することになったのだった。

読んでくださって、ありがとうございます。

コツコツ書いていきたいと思います……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 内容とは関係ないんですがタイトルがシンプルで部長押しなのが結構好きですw
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