夢の道を踏んでみて
これまでに何度も書いてきたが、僕は読書量が圧倒的に少ない。
小学生の時に(たしか)世界文学全集を読み終えていたという村上春樹氏に比べれば、国語の教科書の「つりばしわたれ」に悪戦苦闘していたレベルである。
何で小学生にドストエフスキーやトルストイの面白さが理解できるの!? とは今でも思うのだが、まああの人は人生3度目くらいなのだろう。
高校に上がって、現国で山田詠美さんの「ひよこの眼」を読んだとき、衝撃を受けた。
「なんで教科書は、こういう作品をいっぱい載せないの!? 小難しいものばかり載せて、読書嫌いを量産してバカじゃないの!」
と初めて感じたのが、僕の「頭の良い人たち」への不満だった。
それまでは、教科書は難しくて当たり前だと信じていたのである。
たとえば、マンガ家の萩尾望都さんは確かにすごい。しかし、作品の格が完全に文学であり、ほかに新しく、色んな話題作が時代とともに出てきたが、僕の中では”少女マンガ”のNo.1は30年間『星の瞳のシルエット』でまったく動く気配がない。
要は、「官僚脳」(テストの点数を苦もなく取れる人)は、未熟な子供の、情動の成長過程をまったく理解できてないように思えるのだ。
大人の精神を持った子供が読んではじめて、国語の教科書は面白いのである。
思いっきり自慢になるのだが、それでもなぜか現国にだけは強く、テストで苦労したことがなかった。(ものすごく不思議である。”スイミー”や”くじらぐも”(小学校低学年)くらいまでしか面白いと思わなかったのに)
それでまあ、高校に入って「スレイヤーズ」というものに出会った。
その頃は「ラノベ」などという言葉はない。
しかし、恥ずかしく、本屋さんには迷惑すぎる話になるのだが、それは万引きで手に入れたものだった。
(大人になって本屋さんの現状を知り、後悔し、償いをしたかったのだが、その本屋さんはもう潰れてしまって謝罪も、店に貢献もできなかった。だからというわけではないが、よその店に貢献していたら、結局その店も潰れてしまった。町で最後の本屋さんがなくなってしまったのは僕だけのせいではないが、申し訳ない気持ちでいっぱいである)
スレイヤーズの一巻を読んだとき、「面白いなあ」ぐらいの感想だったと思う。
しかし2巻からはきちんと購入し(作者の神坂一さんにもスミマセン)5巻の「白銀の魔獣」や6巻のラスト、獣神官ゼロスと主人公のゾクゾクする会話で完全にはまってしまった。
当時は「ロードス島戦記」も同級生の間ですごい盛り上がっていて、僕には難しかったが読んだら確かに感動しまくった。
しかしやはり、僕は現国の教科書の中で「ひよこの眼」にしか反応しなかった男である。
スレイヤーズ、ロードスの双璧の選択では、迷いなくスレイヤーズのライトな楽しさに魅了された。
それで、高校卒業後の進路として小説を書いてみたのだが、まったく話にならず、そのまま自衛隊に連れて行かれてしまった。(地方連絡部というものがあり、よく”地連のおっちゃん”が自衛官のスカウトに動き回っているのだ。お疲れさまです)
陸自に入り、泥にまみれて、「自分には集団生活が向いていない」と理解したのは10年後である。……遅すぎる。
体は頑丈だったため、中隊に重宝されて使い回され、思い上がって勘違いしてしまったのだ。
それで退官し、再び小説家を目指しはじめて今に至るわけなのだが、驚くことになったのだ。
マンガではドラゴンボール、寄生獣が僕のトップであり、本当にメジャーなものが好きで、特にバトルアクションに憧れがあったので自分もそれを目指すものだと思っていた。
「不死もいつかは少女へ花を」と、「勇者の心は二度折れる」という話で※注 宣伝ーー短いが戦いのシーンを書いたのだ。
しかし、ここで夢の道が変に曲がってしまったのである。
自画自賛になるが、それなりに楽しいシーンが書けたのではないかと思っている。
ただ、心底びっくりしたのが、あれほど憧れがあったバトルアクションを自分で書くと、ぜんぜん高揚しなかったのである。
懸命に挑戦はしたのだが、はっきり言ってただの徒労にすら感じた。
「夢を抱いていた子供が、現実を知る」というものではなく、大変なだけならいくらでも覚悟してつき進むのだが、自分の目指したいものが完全に違っていたらしいのだ。
……俺は、いったい何に向かって進んでいたのだろう? という崖際の脱力である。
これまでの数十年間は……自分の人生は……すべてフィクション?
そして悟った。
僕がメジャーなものにばかり惹かれているのに、その路線から見事にはずれたものを書いているのは、たぶんバトルアクションの向こう側を描くためなのだろうと。(どこかのマンガで読んだようなセリフだな、おい)
というわけで、これから僕は、とても面白くて新しい小説を書いていきたいと思うのだ。
できるかどうか分からないが、たぶん75歳くらいになって、「ああ……俺には、ノーベル文学賞はちょっぴり遠かったかな」と言いながら、まだ書いていると思う。
そういう、夢に踏み込んで、霧が晴れたら想像以上に変な道先だった、という話である。
読了、只感謝!