刹那の残像
彼の高校3年生の生活も年が明けた頃。
大学の推薦受験の試験も終えて、
次の戦いが始まるのかどうかと結果待ちをしていた時だ。
まったく接点はなかった彼女と高校生活で唯一、
彼女に接近することがあった。
それはなぜか学校の行事ごとで毎年、年明けに行われる
学年対抗百人一首大会の時だった。
これは卒業式の前にある最後の学年対抗の学校行事になるが、
ほとんどが3年生は受験でそれ所ではないという感じだった為、
推薦受験で試験は一度終わっていたことから彼がクラスの代表に選ばれた。
各学年のクラス内で予選会のようなものが行われて、
3人1組で3対3の各学年の各クラス代表者同士が最後はトーナメント方式で戦う
というような内容で、
書初めのように正月明けに古き日本の伝統と心を学ぶというのが趣旨で始まった行事らしい。
その行事で対戦相手として彼の向かいに現れたのが彼女だった。
彼は部活の先輩になるとはいえ、
ほとんど受験や就職などで将来へ向けての戦いで忙しい3年生は幽霊部員と同じ。
直接的な接点もなかったので彼女の方には覚えられていないとは思うが、
彼の方は新入部員で入った時の彼女の自己紹介などを見ていて、
自分とは真逆の存在で明るく、自分より年下なのにどこか大人びて見えたのもあり印象に残っていた。
その為、楽しそうに学園生活をしている姿を遠くからよく見かけることもあり、
受験というのから逃避するように彼女を見かけてはどこか癒されつつ、
少し憧れのような印象を彼女には持っていた。
そんな彼とは違い彼女の方は特に彼を意識するようなそぶりはなく、
チームのメンバーと楽しそうに百人一首を行っていた。
彼の方は遠くから見ていた彼女と接近したことで、
人と距離をおく人見知りなタイプの彼は百人一首の札もとれず、
チームの役にも立てずにいた。
しばらく時間が過ぎ、その雰囲気にもなれてきたのか、
彼も百人一首に集中できるようになってきて、
少し札をとるのに躊躇していたが何とか多少とれるようになっていた。
札も少なくなり、覚える札の場所も少なくなる。
そして、彼が場所をはっきり覚えていた札が読まれた瞬間、
反射的にすぐに彼が手で札をおさえたと思ったその時……。
彼の視界は完全に札をおさえた自分の 手だけに集中している。
そんな視線の先に少し遅れて向かい側から手が出てきて手と手が重なった。
思わず彼はその向かいからきた手の先を追うように視線を見上げるように動かすと、
向かいにいた彼女の視線と一瞬だけど瞳が合う……。
「あっ。ごめんなさい。どうぞ……。」
彼女はそういうと手をすぐにはなしたが、
彼の手の甲などには彼女の温もりの残像は残っていた。
ほんとうにすぐにはなれていことは理解できているが、
札をとるまでのほんの一瞬の出来事だがなぜだろうか……。
彼女が言葉を出すまでの時間が、
彼の中ではスローモーションのように感じる不思議な体感で、
集中していると時間がすぐに過ぎているというのは経験した事はあるが、
その逆の初めての感覚に少し彼は驚きも感じていた……。
結局、そのあとは普通に時間が過ぎ、
彼女のチームに百人一首は負けて百人一首大会は終わった。
時間の感覚が変わるような不思議な体感もあったが、
別次元のような存在だと思って、
遠く壁の向こうの存在のように見ていた彼女と接触したことで、
彼は彼女の事を現実にいるのだと認識すると同時に壁に少し綻びがでるような、
そんな変化を感じつつ、少し意識するようになっていた……。
【次話】 傍観者≠神様