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第008話 聖女失神


 トーマが王都に来て数日が経過した。

 その間、王都はディラムたちパーティの墓場で成した英雄的活躍の話題で持ちきりだった。そして今日は大通りでパレードが開催される。


 ルカの薬店はとても繁盛している。ルカが作る各種の回復薬は、有り体に言って質が良かった。

 ルカの薬作りはタヒネから伝授されたものだ。材料や作り方に大きな違いはないが、工程の至る所に小さな拘りを加えることで劇的な差を生み出している。

 同業者の事を考慮して、価格が高めに設定していたが、客が絶えることはない。


 ハンターにとって、直接命に係わる回復薬は、他を節約してでもお金を出すべきものだった。そう考えないハンターは早死にする。

 材料がほぼ同じなのに売価が高いので、ルカの薬屋はかなり儲かっているらしい。トーマが家賃や食費の支払いについて相談した時に、いらないと笑いながら、ルカが説明してくれた。


 そこでトーマはお願いしてルカの店を手伝わせてもらうことにした。

 ちなみに、トーマはお金がないわけではない。タヒネから持たされた大量の金貨が収納魔法の中にあった。街で1枚でも使おうとしたら驚かれることは間違いない。金貨は10才の子供が持っているようなものではない。


 じゃあ、店番からね。というルカの言葉の、じゃあ、の意味はわからなかったがトーマは素直に店番をしている。

 初日はルカが付いて色々と教えてくれたが、翌日からは1人になった。

 色々というのは店で扱っている各回復薬の種類と効能と価格、あとはお金についてだ。ヨナバル大森林で育ったトーマはお金の知識が欠如していて、ルカを驚かせた。



 接客については、決まりとかはないから好きにやってと丸投げされたトーマ。

「常識を学ぶための荒療治よ!」とも言っていたが、そもそもルカが1人のときは、店の奥で薬を作りながらの接客だったので、とても接客と呼べるようなことはしていなかったらしい。


お客さんが計算してくれたり、お金がカウンターの上に置かれていたりというのは日常茶飯事。それでも代金を誤魔化されたり、商品が盗まれたりという事はなかった。

兵士やハンターからもはや信仰ともいえるほどの絶大な人気を誇るルカの回復薬。ルカの薬店から何かを盗むということは、彼らすべてを敵に回すということだからだ。死ぬより恐ろしい目に合う。

トーマが店番をしている間、ルカは奥で薬作りをしているので、何かあったら呼べばよいことになっている。




 朝の準備は店舗前の掃き掃除から。決まって鴉が挨拶にやってくる。ルカさんに許可を貰って、店の中に止まり木を置こうかとトーマは思案する。

 外が終わったら、店の中。売り場をチェックして、整理整頓、不足分は前日の最後に奥のストックから出してきて並べてあるので、朝にすることは多くない。床の掃き掃除も前日の片付けの際にしてある。

 というのも薬店のピークは朝一番だからだ。あとは夕方にちょこっと売れる。ハンター相手の商売はどこも似たような流れになることが多い。


「おはよう。ルカの薬店も今日は暇そうね」

 入ってきたのはハンターギルド職員のロヴィーサだ。

 この春にギルド職員になったばかりの15才。この国の成人年齢は15才だ。

 毎日午前中には来るのでトーマとももう顔馴染みになっている。今日はいつもよりだいぶ早い。


 ルカの回復薬の中で売れ筋のポーションや毒消しなどはハンターギルドでも取り扱っている。ハンターギルド内に売店があり、ハンターが日常的に消費するものが色々と置いてある。その中にルカの回復薬もあった。

 生産者がハンターギルドに納品に行くのが通常なのだが、ハンターからの要望が多くギルドからお願いして置いてもらっている場合は、ギルドの職員が取りに来てくれる。


「おはようございます。ロヴィーサさん」

 トーマの店番初日にもやってきたロヴィーサは、その肩に黒い靄が濃く現れていた。

 病気には見えないから事故に違いない。ルカにその事を伝えたトーマは、店を出るロヴィーサの後をこっそりと追いかける羽目になった。もちろんルカの指示だ。

 大通りとの十字路に差し掛かった時、大通りを兵士の乗った早馬が駆けてきた。何をぼんやりとしていたのか早馬の前にふらふらと出ていくロヴィーサ。トーマは慌ててその袖を引っ張った。

 助けられたことがわかったロヴィーサは余程びっくりしたようで、トーマは何故そこにいたのかを聞かれなくてホッとした。

 本人が知らぬこととはいえ、死神の能力を人助けに使うトーマであった。


「まずは、これが昨日の分の代金ね。今朝はギルドもガラガラ。ポーションが1つだけ。みんなで暇してるの」

 ギルド内ではみんなから新人子供扱いのロヴィーサだが、その反動もあってかトーマ相手には大人のお姉さん振る。

 ロヴィーサはお金の入った袋と補充用の革袋をトーマに渡すと、とっくに見飽きているはずの店内をうろうろする。時々小瓶を手に取り意味深な視線を向けるのを忘れない。

 トーマはお金の確認と補充分の回復薬の準備で忙しく、ロヴィーサを見ていない。今日補充するのは昨日売れた分なのでいつもと同じくらいの数はあった。


「朝でポーションが1本だけなら、明日は補充なしでも良さそうですね」


「明日もちゃんと来ます。買い出しが気分転換だから、無くなったら困る。仮に0本の日があっても、報告のためとか言って来ちゃうから。

本当は定休日もなくして欲しいくらいよ」

 ハンターギルドは年中無休だが、ルカの薬屋は週に1日の定休日がある。他に材料の仕入れなどで、数日店を閉めることもあるが、そういう時はきちんと事前に告知する。


 ルカの話ではハンターギルドからは手隙の人が来るから色んな人が来るという事だったが、トーマが会ったことがあるのはロヴィーサだけだ。

 トーマの店番初日に当たったロヴィーサが、ギルドに戻ってから急に補充の担当になると宣言し、雑用的な補充業務が面倒だった他の職員たちが了承したという裏話をトーマは知らない。


「トーマくんも午後のパレードを見に行くんでしょ?聖女様も来るらしいよ」

「いいえ、店番がありますから」

 聖女というのがよくわからないが、それはスルー。

「閉めちゃえばいいのに、ルカさんもトーマくんも功労者なんだから」

 アンデットの軍団を王都に知らせた功労者、ただしそのアンデットの軍団はディラムたちによって退治されていたのだから、本当に功労者になるかは微妙である。

 しかし、ディラムたちがアンデット退治に失敗していた場合を考慮すれば、それはやはり重要な役割ではあったらしく、ルカには褒賞金が与えられている。パレード未満褒賞金以上という評価のようだ。


「少なくてもお客さんは来ますから、そういうわけにはいきませんよ。お待たせしました。準備が出来ました」

 トーマはカウンターから出て補充の回復薬を詰めた革袋をロヴィーサに手渡した。ロヴィーサが出ていく背に向かってトーマはお礼の言葉を掛けた。




 結局、午前中は数名のお客さんだけで終わった。

 奥の作業場からのそっと姿を出したルカが唐突に提案する。

「パレード見に行こう! トーマは経験ないよね。どこから湧くのかうじゃうじゃいる群衆にギューギューに圧迫されてすっちゃかめっちゃかになるイベント!

 ショック療法というやつで、あれを経験しておけば王都での大抵のことは平気になる」

 大抵の何が平気になるのかよくわからないが、トーマは了承した。なんとなくルカが行きたいのだろうという気がしたからだ。そう考えたのは朝のロヴィーサの話のせいかもしれない。



「近くで良かった。一番前だね。ふっふっふ、背中からの圧も凄いことに・・・」

 思い付きで出て来たのに最前列をキープ。ルカの店はパレードの行われる大通りから1本入った所にある。とても近いのだ。

 タイミングが良かったのか、僅かな時間で後方に人が詰まっていく。


「まだ食べちゃダメだからね。はじまってからよ。ぐふふふ」

(ルカさんが何をしたいのかはわからないけど、これは聞かない方がいいやつ)

 トーマの両手には昼食として行きがけに売店で購入したサンドイッチと飲み物。ルカも同じスタイルだ。


 まだ数日の付き合いしかないが、トーマはルカの性格を把握しつつある。

 トーマの見立てでは、ルカは師匠タヒネの同類だ。途方もなく高い目標に向かい毎日毎日努力を惜しまずコツコツと積み重ねていく。そんな代わり映えの無い日々にたまにやってくるイレギュラーを楽しむ。そういう人たちだ。


 ディラム、ヴァーニー、アレクス、エマ4人の救国の英雄を讃えるパレードがはじまった。

 大門の広場を出発したパレードの行列は大通りを練り歩き、といっても主役たちは山車(だし)の上だが、王城へ向かう。

 王城では各種イベントが色々あるらしいが、それはトーマたち庶民には関係のない話だ。


 待ちくたびれていた群衆にゆっくりと波のように賑やかさが浸透してきて、トーマも遠くに見えてきた先頭の山車に気が付いた。山車は1台ではなかった。

 群衆の間をパレードより少し早く流れてきた情報が正確なら、先頭の山車に乗っているのはパーティーリーダーであるディラムと聖女。


 アンデットの軍団という教会の宿敵を殲滅したディラムたちに、ウムサ正教会は偶然にもこのフリケナ王国を訪れていた、若くて美人で庶民からも高い人気を誇る聖女という最大の切り札を気前よく切った。


 トーマたちからもディラムや聖女が目視できる所まで山車が近づいてきた。

熱狂する群衆で会話するのも難しくなる。

「トーマ。今よ! 」

「何がですか!? 」

「サンドイッチ!!! 」

 ディラムたちの様子にはまったく興味のないルカであった。

「あっ、はい、いただきます! 」

 トーマは背後からの強烈な圧力をまったく感じていないかのように平然とサンドイッチに齧りつく。ルカの期待を完全に裏切ったことにトーマは気付いていない。


 サンドイッチを食べ終えたトーマは指先についたソースを舐めながら顔を上げた。ちょうど目の前には山車。聖女と視線が合う。

 聖女はふっと倒れた。


「ルカさん! 聖女が急に倒れちゃったみたいですよ」

「えっ何! 聖女がどうしたって?今それどころじゃないの! 」

 トーマが山車から視線を落とすと、そこには押された拍子にサンドイッチのソースをべっちゃりと顔に付け、溢した飲み物でローブを濡らすルカがいた。




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