第007話 救国の英雄
街道に続く脇道を走るルカとトーマ。
トーマは墓地の入口が完全に見えなくなったのを確認し、ルカを止めた。
「ルカさん待って」
「後にしなさい。緊急なの。王都が危ないの」
「あのアンデット、僕のせいなんです」
トーマはルカに事情を説明した。
アンデットの軍団はトーマに惹き付けられて姿を現したのに違いないこと。トーマの鎌で危険なく簡単に退治できること。
そのことを知っているのはタヒネと今話したルカの2人だけで、他の人には内緒にしておきたいこと。
今回アンデットが沸いたことで、ルカには話しておいた方がいいと判断したトーマだった。
トーマの告白に頭を抱えるルカ。
超越者である不死者の王タヒネから預けられた弟子が、そこまで常識外の存在だったとは。
「アンデットの軍団はトーマに寄ってくるのね。じゃあ、トーマが王都に戻らなければ、王都に危険はないということで間違いない?」
アンデットは生者に引き寄せられる。通常であれば、この墓場で沸いたアンデットは最も近くにあり、人口も多い王都に向かう。
「うん。おそらくだけど」
トーマの答えにルカは一息つく。王都に危険はない。
トーマがアンデットを簡単に退治できるということなら、残る注意点は1つだけになる。トーマの力をディラムたちに気づかれないこと。
そこでルカは悩む。
「ディラムはとっても正義感が強いの。もうバカなんじゃないかと思うくらい。実際バカにするハンターもいるわ。
だから、彼らは勝てる見込みのないアンデットの軍団にも逃げずに戦う。すぐに逃げてくれたらいいのにね」
「あの4人ではアンデットたちに勝てないの?」
「当たり前でしょ。あんな数のアンデット、勝てるわけがないじゃないの」
(それであんな表情だったのか)
トーマは腑に落ちた。ベテランに見えたけどそうじゃなかったのかも・・・でも、何かが引っかかった。こういう時に確認を惜しんでも良いことはない。
「ルカさん、ちなみにですけど、ハンターとして彼らは・・・弱いの?」
トーマの質問にルカは呆れる。
「ディラムたちはBランクハンターで、それも上位だから強い方よ! 」
(おー、おー、確認しておいてよかった)
超越者である不死者の王タヒネに育てられ、大森林から出たことにない自分が常識を持っているとはトーマは考えていない。しかし、タヒネの存在があまりにも飛び抜けていたため、感覚がだいぶ上に引っ張られていたことにトーマは気付いた。
「わかりました。じゃあ、急ぎましょう。あの4人には悪いけど、こっそりと気絶してもらいます」
Bランクハンター4人を相手に気づかれずに気絶させる。トーマが簡単に言ったことを実践するのにどれだけの力量が必要か。
「あっ、そう」
ルカは深く考えるのをやめた。
「あと、退治した残骸が残るので、アンデットの軍団を退治した人が必要になりますよね。
それをディラムさんたちにお願いしましょう」
といってもちろん言葉でお願いするわけではない。トーマはディラムを人身御供にすることにした。
トーマの感覚では雑魚だが、あれだけの数のアンデットを倒すのは普通の人間には難しいことだとわかった。となれば、それを成したものが誰なのか、人々の話題になるかもしれない。トーマは用心深い性格だった。
ルカも反対しない。他に候補がいないからだ。
◇ ◇
「踏ん張るぞ。王都に住むたくさんの人たちの命が掛かっている。気合を入れろ」
ディラムは両手剣を握る手に力をこめる。
ディラムが真ん中、左右にヴァーニーとアレクス。後方にエマ。彼らにとっては戦い慣れたフォーメーションだ。
魔物なら近づいてくる段階からヴァーニーとアレクスが弓などで攻撃を仕掛けるが、アンデット相手には効果が期待できない。
「エマ、初っ端からかましてやれ!」
「言われなくてもそのつもりよ」
出し惜しみする状況でないことはエマもわかっている。エマが扱える中で最大の破壊力を誇る魔法を詠唱する。幸いなことに、アンデットにとって有利な炎系の魔法。
エマが両手でスタックを前に掲げ、魔法を発動した。
「煉獄の永炎よ、深淵より来りて敵を燃やし尽くせ。煉獄炎嵐!」
ディラムたちの目前。エマの生み出した炎の渦が20体ほどのアンデットを包み込む。
その圧倒的な熱量にアンデットたちはなすすべなく果てる。炎の消えた後には、燃え残ったアンデットの煤けた骨が散乱していた。
「流石はエマだ! 」
ディラムが声に出して褒める。
怯んだアンデットたちにディラムが両手剣を振り上げて突撃する。
ヴァーニーとアレクスが続く。数百体のアンデット。エマの魔法で倒れたのは1割にも満たない。
下級アンデットの動きは遅い。ゾンビよりは滑らかだが、1対1ならCランクハンターでも余裕を持って倒せる相手だ。
ディラムたち3人はテンポよく退治していく。特にディラムは、ほとんどのアンデットを1撃で仕留めている。
エマの合図で3人が足を止め一斉に下がる。押されていたアンデットが攻勢に転じるより早く、詠唱を終えていたエマの煉獄炎嵐が放たれる。
魔法の炎が消えるまでの間に、3人は一息つく。ベテランらしい連携の取れた戦いだ。
「わかっているとは思うけど、あと1回しか使えませんよ」
エマの注意に無言で頷く3人。こんな威力のある魔法を3回も使えるのはエマだからだ。エマの魔力量は名のあるAランク魔法使いと変わらない。
「さて、そろそろだな。油断するなよ」
「「了解」」
炎の渦が消えると同時に、ディラムたちは剣を振るう。息継ぎをした3人は再びアンデットをテンポよく打ち倒していく。
それぞれが15体から20体ほどのアンデットを倒し、次の一息を体が求め始めた頃、ディラムに対峙したのは上級アンデットだった。
「くっそったれ、アンデットウォーリアだ」
疲れが出始めるのを見計ったように現れた上級アンデット。ディラムが悪態をつくのは無理もなかった。
ディラムが両手剣を全力で叩きつける。アンデットウォーリアはディラムの攻撃を剣で流した。
アンデットウォーリアが剣を横なぎにする。ディラムはバックステップでなんとか躱すが体勢が崩れた。アンデットウォーリアが間合いを詰め、上段から剣を振り下した。ディラムは両手剣の腹で受け止める。
「エマ」
ディラムの苦戦が見えていたアレクスがエマに魔法を求める。エマは既に詠唱を終えていた。
「わかってる。ここの方が、全体がよく見えるんだから。ディラム、今よ、後ろに跳んで!煉獄炎嵐」
エマの声に反応し、受け身も取らずに全力で後ろに跳躍したディラム。ディラムがいた位置も含めてエマの魔法の炎嵐に包まれた。
「いてて、エマ、ギリギリを狙い過ぎだろ」
「ギリギリを狙ったからうまくいったのよ」
エマの憎まれ口をディラムが鼻で笑う。
炎の向こうにはまだアンデットが犇めいている。しかし、逃げようと言い出す者はいない。
「エマ。魔力切れだろ。お前は逃げろ」
鍛えればいくらかはモノになる前衛職と違い、魔法使いになれるのは魔法に適性がある者だけだ。その数は少ない。エマほどの魔法使いがここで犠牲になるのは惜しい。ディラムの本心だった。
「怒るわよ」
エマは泣きそうな顔をしていた。
「すまない」
ディラム、ヴァーニー、アレクスの3人は武器を構え直し魔力の炎が消える瞬間に備える。
異変にいち早く気づいたのはエマだ。
「避けて」
炎を割って、火球が飛んできた。ディラムとアレクスは間一髪でなんとか避けたが、ヴァーニーは直撃を受けた。辛うじて立っているが、足元がふらついている。
炎の渦が消え、その奥からアンデットたち剣を振り上げ迫ってくる。
アンデットたちの先鋒はすべてがアンデットウォーリアだった。その後方に同じく上級アンデットのアンデットメイジが詠唱をはじめている。
これほどたくさんの上級アンデットが一度に現れるなんて聞いたことがない。そしてディラムはアンデットウォーリアの奥に無数の影をみた。ディラムの顔に絶望が浮かぶ。
数百体ではきかない。無数のアンデット。
「まいったなぁ。アンデットの見本市の日だったのか」
死を覚悟したディラムは、人生最後の軽口を叩いた。しかし仲間からの反応がない。
ディラムは左右に立っているはずの仲間を確認し、驚愕する。いつの間にか2人とも倒れていた。アンデットウォーリアとはまだ剣を交えてもいないのに。
ディラムはエマの無事を確認するために振り返る。
エマを見ようとしていたディラムの視点はピントを外した。ディラムの真後ろにぼやけた何かがいた。ディラムは気を失った。
◇ ◇
アンデットの軍団に向かって鎌を振るだけの簡単なお仕事を終えたトーマは、ルカの元に戻ると飛べないというルカを抱えて王都近くまで飛んだ。
収納魔法さえ使えないルカが飛べないことに不思議はなかったが、アンデットの件もあったのでルカに確認してみたら、飛行魔法を使える人がかなり少ないと教えてもらえた。
(うーん。これは慣れるまでかなり気をつけないと危ないな)
トーマは心にとめる。
門に駆け込んだルカは、門兵に向かって迫真の演技で、墓地にアンデットの軍団が発生したこと、そしてディラムのパーティが時間を稼いでいることを伝えた。
その情報はすぐさま王城とギルドに伝えられた。
ギルドがディラムたちに緊急依頼を出していた事から、ルカが伝えた情報がおそらく正しいと判断された。
夜の王都に鐘が鳴り響き、緊急事態が発生したことを人々に知らせる。
王城からは騎士団が、ハンターギルドからは緊急招集されたハンターたちが王都から飛び出し、墓地に急いだ。
馬を駆って急行した騎士団の先遣隊が発見したのは、墓地の入口付近で倒れている4人の傷だらけの冒険者と、その奥にある無数の骨、退治されたアンデットだった。その数は千体を越えていた。そして多数の上級アンデットが含まれていた。
4人に命の別状はなかった。王城に運ばれ、救国の英雄として手厚い看護を受けた。