第006話 アンデット
「疲れたよー、お腹すいたよー」
薄暗い街道をぼやきながらトボトボと歩くルカ。トーマを迎え入れるため朝から街中をあっちにこっちに走り回っていたルカ。鴉の用事をがんばって解き明かしたあの時の自分が憎らしい。
鴉の用事、それは店から無くなったハイポーションに関してだった。鴉はその現場を目撃していた。それで犯人の所に案内してくれるという。
「ちょっと休憩にしようか」
まったく疲れていないトーマはルカのために提案する。タヒネと暮らしてトーマは大人に気を使える子供である。
「うん。そうしよう。休憩しよう」
日没直後の街道に他に人影はない。王都から出る時、あまりの軽装に門番に心配されたように2人は手ぶらだ。
トーマは収納魔法でストックから2人と1羽分のパン、干し肉、飲み物を取り出した。
「えっ、トーマ。もしかしてそれって収納魔法?」
空腹のあまり食べ物の方に気がいくルカは、中途半端に驚いた。
「うん、収納魔法だけど。ルカさんはタヒネから教わらなかったの?」
「うっうん。教わってないかなぁ。そもそも私の魔力量では使えないかなぁ」
ルカは適当に返事をして、干し肉に齧りついた。
(簡単な収納魔法が使えないなんて、ルカさんって魔力量は少ないんだな。あっ、それで薬師なのか)
トーマは1人納得する。
「この先は大規模な墓地があるんだよ。王都で死んだ人たちが埋葬される墓地。他国との戦争で死んだたくさんの兵士とか、魔物に殺されたハンターたちも埋葬されてるの」
お腹が満たされて落ち着いたルカがトーマに教える。
「ふーん。そうなんだ」
「墓地だよ。墓地。それもおっきいの」
「うん」
「えっ、怖くないの?」
ルカの師匠もタヒネである。タヒネは不死者の王。
「ルカさん、怖いの?」
「もっもちろん怖くなんてないわよ。私はお姉さんだから。もしかしたらまだ子供のトーマが怖がるんじゃないかなと心配だっただけよ」
「ありがとう。でもアンデットやゾンビは怖くない」
「アンデットが出るの!?
って、王都に着たばかりのトーマがわかるわけないよね。もし出てもということね」
頷いたトーマにホッとするルカ。
休憩を終え移動を再開した2人と1羽。
街道を少し歩くと、ルカの言ったおっきな墓地へ続く脇道があった。両脇には樹木が生い茂り如何にもという雰囲気だ。
鴉は当然のようにその脇道の方に進んでいった。
「待ぁてぃ」
素直に鴉の後を追うトーマの腕をルカが慌てて掴んだ。
「どうしたの?急に大声なんか出して」
「トーマ。さっきの私の話を聞いてた?こっちは墓地、そこで行き止まり。他には何もないの」
「じゃあ、到着だ。あっ、作戦会議?」
「本当に行くの?」
「あっ、鴉が勝手に先へ。早く追いかけないと」
急に体をもじもじさせ小声でごにょごにょ喋るルカ。
「あのね。ハイポーションくらいもう諦めてもいいのかなって。私のハイポーションには、こんなに遅くなってまで探すほどの価値はないのかなぁって。トーマも王都に着いたばかりで疲れているのかなぁぁって」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫。疲れてない。さっ、行きましょう」
先頭を跳ねるように進む鴉。その後を軽快に歩くトーマ。トーマの腰の辺りの服をしっかり摘まんでへっぴり腰で続くルカ。
墓地の入口に複数の人影が見えた。
まったく警戒することなく近づいていくトーマ。
相手の集団もトーマたちの接近に気が付き警戒している。こんな時間帯に墓地にやってきたトーマたちはかなり怪しい。
「アッ、アンデット、アンデットなの?」
というルカの大声は相手にかなり失礼だろう。
「もしかして、その声はルカさん?」
人影の1人から突然名前を呼ばれたルカが驚く。
「えっ、私はアンデットに知り合いなんていんだけど」
ルカの中で師匠のタヒネはアンデット枠に入らないらしい。
「アンデットじゃない。俺だ。ハンターのディラムだ」
「あなたたちがハイポーション泥棒だったの! 」
ルカの大声に慌てる集団。
「ヴァーニーどういうことだ!」
ディラムの声にははっきりと怒りが含まれている。30代半ばの充実した肉体。背中の重そうな両手剣も筋肉で盛り上がった両腕なら軽々と触れるだろう。
「ちっ違いますよ。誤解です。お世話になってるルカさんの店からハイポーションを盗むわけないじゃないですか。店に行ったらルカさんがいなくて」
ヴァーニーと呼ばれた男も同じ年頃、高価そうな鎧に身を包み、腰には剣を佩いている。
「それでつい出来心で盗んだのね?」
ルカがグイッと前に出る。さっきまでのへっぴり腰が嘘のようだ。
「「「ヴァーニー!?」」」
「だから誤解ですよ。ハイポーションは持ってきましたが、代金はきちんとカウンターの奥に置いてきました!」
みんなの視線を一身に受けたルカは、ツーッと視線を逸らした。ルカはカウンターを確認していない。少しそそっかしいルカだった。
ルカのお得意様であるディラム、ヴァーニー、アレクス、エマの4人パーティは、ハンターギルドから緊急依頼を受けてこの墓地に来ていた。
緊急依頼を頼まれるくらいなので、ディラムたちにはそれだけの実力がある。アレクスとエマも他の2人と同じく30代だ。アレクスの武器はヴァーニーと同じで剣。エマは魔法使い。前衛3人後衛1人。王都では名の知られたベテランパーティだ。
ハンターのランクは下から順に、F、E、D、C、B、A、Sの7つに分かれている。その中で下級がD、E、Fの3ランク。中級がCランク。上級がS、A、Bの3ランクだ。
一番人数が多いのはCランク。Bランクに上がれないまま現役を終えるハンターも多い。王都のような大きな街ならBランクハンターはそこそこいる。Aランクは数名、Sランクはいない。ちなみにSランクは王国全体でたった1人しかいない。
4人はBランクだ。その中でも上位だと目されていた。
ハイポーションの手持ちが切れていたため、出発前にルカの店に買い出しに行ったヴァーニーだが、タイミング悪くルカが不在。いつもなら改めて来るだけことだが、緊急依頼でそれができない。ヴァーニーは仕方なく、代金を置いてハイポーションを持ってきた。
「緊急依頼って何があったの?」
聞かなければよいのについ聞いてしまうルカである。
「ああ、未確認なんだが、この墓地に上級アンデットが発生したらしい。その情報の確認と可能なら討伐だ」
ディラムの言葉に頷く3人。
「さっ、誤解も解けたことだし急いで帰りましょう。トーマ」
「そうだな。危険だから。早くこの墓地から離れた方がいい」
ディラムに促され、さっさとその場を去ろうとするルカだが、もう遅かった。
そうトーマの特異な死神体質である。
「これは、どういうことだ」
アンデットの軍団。数えきれないアンデットが、のこのこと墓地にやってきたトーマに引き寄せられてしまった。
「上級アンデット1匹って全然話が違うじゃねーか! 」
「ディラム。大多数は低級アンデットですが、この数は私たちだけでは抑えきれません」
エマが冷静に分析する。
「ルカさん。王都への連絡を頼む。ここは俺たちが出来るだけ食い止める。こいつらが王都へ行ったらまずいことになる」
トーマは後ろ手に腰の後ろに挿している鎌を確認する。
(これって僕がここに来たせいだろうな)
墓地に来たのはもちろんはじめてのトーマだが、アンデットが沸いたのは自分のせいだろうと直感的に気が付いた。
トーマの特別な能力については、出来る限り秘密にするようにタヒネからきつく言われているので、鎌は使えないがこの程度のアンデットはなんとでもなる。
「わかったわ。あなたたちも無理しないで、危なくなったら逃げるのよ。こう見えても足は速いんだから、少しだけ時間稼ぎしてくれれば十分だからね。いい、ちゃんと逃げるのよ」
ルカはポケットに入っていた回復薬をすべてディラムたちに渡し、トーマの手を引いて王都に駆け出した。4人と離れたかったトーマは素直に従った。