第005話 王都の薬師
「そいうわけで、すまねえが他の門にまわってくれ。壁沿いを右周りに行って2つ目にある門が街道への出入り口となっている主要な門の1つだ。そこまで行けばきちんと字が読める奴がいるから」
門番の男はトーマから受け取った手紙を差し出す。門番の申し訳なさそうにしているが、裏門のような役割しかないこの門にやってきたトーマの方が非常識なのだ。
「はい。わかりました」
トーマは手紙を受取ろうと手を伸ばす。
「ダメメェエエエエッーーーー!!!」
門の内側から猛スピードで突進してくる女。
「バキッ! グエッ!!」
女はトップスピードのままトーマにタックルをかまし、その場に崩れ落ちた。
外見上は年相応の普通の少年に見えるトーマだが、その基礎能力は超越者級である。ドラゴンの同類である。10才の少年だと思い全力でタックルした相手が、実は少年の形をした鉄の塊でびくともしなかった。そんな惨事である。
(えっ、何?)
突然の出来事に困惑しかないトーマ。なんとなくいけない状況だというのはわかっている。
「こっ、こし、こし、腰が・・・」
女の腰が曲がってはいけない方向に曲がっている。トーマの胸に激突した顔もちょっと可哀想なことになっていた。
「おばさん大丈夫ですか?」
確認は必要だが、明らかに大丈夫ではない。
「だ、だい、大丈夫・・・」
女は震える手で懐から小瓶を取り出し、器用に蓋を開けて、半開きだった自らの口の中に流し込んだ。
瞬く間に女の怪我が治った。
「ふう。人生最大のピンチだったわ。でも王都の平和は守ったわ」
立ち上がった女は両手を腰に当て胸を張る。
思春期以上のオスならそのスタイルに見惚れるだろうが、トーマは以下である。
(王都には変な人がいるんだな。関わり合いにならないように気を付けよう)
手紙を差し出したままの姿で彫刻のように固まっていた門番からトーマは手紙を回収し、その場を立ち去ろうとする。
「私って少しそそっかしい所があるから、生傷が絶えなくていつも特製ハイポーションを持ち歩いているのよ。だから気にしないでね。って、こら待てーーー! 」
自分で少しという人が本当に少しであることはない。
「何か御用ですか? 」
「何が御用ですかじゃありません。君が私に御用なの。今朝、タヒネ師匠から魔法連絡を受けました」
トーマは上から下まで視線を動かす。黒いとんがり帽、黒いマント、深いえんじのワンピース。
トーマは目の前の女が、出発前にタヒネが魔法を飛ばした相手だと理解した。王都でお世話になる予定の人。タヒネは知り合いだと言っていたけど、この人はタヒネを師匠だと言っている。そういう間柄だとトーマは理解した。
ようやく気を取り直した門番が口を挟む。
「ルカさん。この少年と知り合いなんですか?」
門番は、ルカが大怪我をしてハイポーションで回復した一連の過程と、物騒な決めセリフについては何も尋ねない。あのルカだから。薬師ルカの名を知らない者は王都にいない。
「ええ、親戚なの。これがこの子の身分証よ。これを準備していて遅くなったの」
タヒネが予想した通りルカは忘れていた。日々の多忙を理由に、頭の片隅に追いやり後回しにしていた。
連絡を受けたルカは急いで準備し、トーマのニセの身分証もなんとか間に合った。身分証自体は正規に発行された本物だが、申請内容が真っ赤な嘘。
「そうでしたか。はい、問題ありません」
ルカは門番にトーマの身分証を差し出す。門番はそれを確認してルカに返した。
「ありがとう」
トーマはルカに礼を言った。疑問は残るものの、とりあえずトーマのために骨を折ってくれたのはわかる。実際にも骨が折れていたようだし。
「どういたしました。いやー、でもびっくりしたよ。門にきたら、ちょうど君が門番さんもろとも城壁を吹き飛ばそうとしようとしている所だったからね。焦った焦った。
そんな虫も殺さないようなかわいい顔をしててもタヒネ師匠の弟子だね。じゃあ、立ち話もなんだし、さっそく家まで案内するよ。ついてきて」
颯爽と歩きだしたルカについていくトーマ。
門番は、ルカの残した言葉の意味を考えないことにした。
薬師ルカの店は王都の目抜き通りから1本だけ内に入った賑やかな通りにある。込み合った建物のほとんどが個人商店で、それらを求めてやってくる人々で日中はいつも混雑している。
ルカがトーマを連れて店舗兼住宅である彼女の城に戻ると、主の留守を護り固く閉ざされているはず門、つまり入口の扉が僅かに開いていた。
「あれ?あっ、また鍵かけ忘れてたみたい」
少しそそっかしいルカである。テヘっと可愛げで誤魔化そうとするが、トーマにははじめて見たそのジェスチャーの意味がわからなかった。
「ほら、ボーっとしてないで遠慮せずに入って。君も今日からここに住むんだから。あっ、一緒に住むんだからきちんと名前で呼ばないとね。
私のことはルカお姉さんね。二階に部屋はあるから、少し散らかってるから片付けないといけな・・・ああっーー! 」
突然のルカの絶叫にトーマは思う。
(ちょっとタヒネに似ている)
「ハイポーションが1つ無くなってる!! 」
商品棚にキレイに並べられたたくさんの小瓶。それらの中身は各種の回復薬。取りやすい中段に隙間なく詰め込まれているのは安価なポーション。その上の段、仰々しく4本だけ並べられているのがハイポーション。今は1本と3本に分かれているが、本来は等間隔に5本置いている。
お店の鍵をかけ忘れ、大切な商品を盗まれた。ルカが両手を床について悲しみを表現しているのにはそれだけの理由がある。
ルカのハイポーションは高級品だ。生活に余裕のない低ランクのハンターはまず買うことができない。高ランクのハンターや王国軍の指揮官クラスが万が一のために備える。それほど逸品だ。余所で売られているハイポーションとは格が違った。
「カァー」
中に入るタイミングがつかめないまま入口の外で立っていたトーマの頭の上に、鴉が舞い降りた。
(どうして頭の上?)
トーマの辺りを見回してすぐに納得する。
人通りの多い賑やかな通り、他に鴉が止まれそうな所はない。
(王都には来ないはずだけど?ああ、一緒には来ないで、別々に来るという意味だったのか。意思の疎通が難しい)
「おぉー、その鴉はトーマの使い魔ね。使い魔なんて初めて見たよ」
降りてきた鴉に興味を持ったルカが近づいてきた。
「使い魔?この鴉は友達」
「へー、使い魔と友達なのね。あっ、私もタヒネ師匠の弟子だからね。今は王都に住んでるから外弟子。
なので私が姉弟子。トーマが弟弟子。で、その使い魔さんの名前は?」
「名前は・・・鴉」
「・・・・・。よろしくね、鴉さん」
「カァー」
「いい子ね。挨拶のために降りてきてくれたのね」
「カァーカァー」
「2回だから違う。正しいときが1回。何か用事があるのかも」
「カァー」
「何の御用かしら?」
「カァー」
「・・・・・」
「・・・・・これは難問ね」
「カァーカァー」
「・・・・・」