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第003話 不死者の王


 がんがんがんがんがんがんがん!

 一心不乱に壁に頭を打ちつける美女。


 トーマが不死者の王(リッチー)に拾われてから7年。トーマは10才になっていた。

 ヨナバル大森林のほとんど中心地に建つ立派な邸宅。そこから不定期に響く打撃音は春先にキツツキが奏でるドラミング音の様にこの7年間で森の生き物たちにすっかり定着していた。


 ある種の狂気を纏って頭を打ち付けるこの美女こそトーマの養母となった不死者の王(リッチー)である。

 トーマと共に暮らすようになって間もなく、本来の骸骨の上に魔法で血肉を貼り付けるようになった。生前と同じボンキュッボンだ。多少盛っているかもしれないが自己申告以外に確かめるすべはない。


 維持するにはそれなりの集中が必要で不死者の王(リッチー)とはいえ手間らしい。当時まだ3才だったトーマが、うっかりおばさんと呼びかけてしまう事がきっかけだったという。

 不死者の王(リッチー)、名前はタヒネといい本来は金髪だ。しかし今は赤髪にしている。トーマの実母と同じ髪の色である。この種の優しさが彼女にはあった。



「いい加減にしとかないと、脳震盪を起こしちゃいますよ」

 トーマは魔導書から目を上げずに声をかけた。


「おーかーまーいーなーくー。のーみそ入ってませんからー」

 トーマは大きく息を吐くと魔導書から視線を上げた。こうなった時のタヒネは面倒くさい。

 実際にも、タヒネは負担を抑えるため、外面以外は、食事に必要な口、喉、胃、腸、肛門を除き空っぽだった。


「はい。どうぞ」

 トーマは2人分のお茶を入れ、1つをタヒネに差し出した。受け取ったタヒネは礼を言うといつもの椅子に座りなおす。


「あとちょっとの所まできてるって感覚はあるんだけど。何かが足りない。欠けてるの。それが思いつかない。思考がうまくジャンプしないの。着地失敗。あー、きっともう脳みそ腐っちゃってるんだ」

 タヒネが期待して待っているが、突っ込んではあげない。

トーマはずずーっとお茶を啜る。


「はぁーっ、5000年も生きてきたのにこの仕打ちか」

 おでこに手をやったままチラチラとこちらを見ている。

 トーマはわざとらしくため息を吐く。

「生きているんですか?」

 タヒネはにっこりと微笑む。

「そこが問題なのだよトーマくん!」

「はい。どうぞ」

 トーマはタヒネに続きを促す。


「アンデットは生きているのか生きていないのか。死んではいるけど、魂は存在し続けている」

「ややややこしいですね」

「茶化さない! 今いいとこよ。で、では魂とはいったい何なのか。その謎を私は解明したいのだよ」

 一緒に暮らしたこの7年で何度も聞いたことである。ちなみに、タヒネが抱え込んでいる謎はいくつもある。筋金入りに考えずにはいられない体質なのだ。そうでもなければ不死者の王(リッチー)になったりしないだろう。


 1000年の時を超えた者がだけが至る不死者の王(リッチー)の中でも、タヒネはずば抜けて古株だ。1000年や2000年程度の不死者の王(リッチー)など彼女の足元にも及ばない。

 経験、知識、技術それらはすべて積み重ねである。恵まれた才能を持ったタヒネが5000年という圧倒的な時間、絶え間なく研鑽を積んだ。

 この世界でタヒネと比肩する存在は、同じく超越者という括りにあるドラゴンたちの中でも最古の古龍(エンシェントドラゴン)だけだろう。



 タヒネは5000年と簡単にいうが、5000年前のこの地上には現在の人々が古代文明と呼んでいるまったく別の文明が繁栄していた。その古代の魔法文明が滅んだのがおよそ3000年前だ。それによって失われた強大な古代魔法の数々。


 当時から不死者の王(リッチー)のタヒネはもちろんそれらを習得している。そしてタヒネにとっての魔法は途切れていない。古代魔法も現在使われている魔法もすべてひっくるめて等しく魔法だ。

 トーマはそのタヒネから魔法を習った。必然的にトーマにも古代魔法と現代魔法の区別はない。


「諦めたら?」


「ぜーったいに諦めません。トーマ、キミの存在が私に閃きを与えてくれるはずなの」


 不死者の王(リッチー)であるタヒネがトーマという幼児を拾ったのは、トーマの能力に興味を持ったからだ。タヒネをしても知らない未知の力。

 それはタヒネの知る世界の理の外にある力だった。


 死期の迫った生き物はトーマに引き寄せられる。

 トーマが鎌を振ると魂を刈り取ることができる。しかしそこに魔力は働いていない。

 刈り取られた魂は忽然と消失する。消えてなくなるのだ。タヒネでも魂がどこへ移動するのか追うことができない。

 そして、魂が消失する時、トーマはその生き物が持っていた生命力を吸収する。魂の消失により保持力を失い拡散するはずの生命力を、トーマが吸い寄せてしまうのだ。つまり、魂を刈り取るほど、トーマの生命力は上昇する。


 この7年間、ヨナバル大森林で死にゆく魔物たちの魂を狩り取ってきたトーマの生命力は劇的に増加している。生命力の増加に伴い筋力、体力、魔力などすべての要素が上昇し、トーマの基礎能力は超越者と呼ばれるレベルに達している。


 ()()()()の魔物を引き寄せる死神体質にも磨きが掛かっている。今ではタヒネでさえ気を抜くとついついトーマの方向に近づいてしまうことがあった。

 代わりに、効果を及ぼす範囲はとても狭くなっている。これまでダラーっと漏れていたものが、ギュッと凝縮しておけるようになっているイメージだ。



「そんな大げさなものじゃないと思うよ。僕は」

 トーマは自らの死神体質のことを()()()()()()と自覚している。逆に言えば、いつも傍にいるタヒネが規格外の存在なので、そのくらいの認識しか持っていない。


 もちろんいくらマイペースとはいえ、トーマも考えないわけではない。

(死が間近に迫った生き物たちはどうして僕の所にやってくるのだろう。残された短い命を懸けてまで、何を求めて僕の所やってくるのだろう)

 タヒネでも答えられない謎。

 トーマがタヒネに拾われてちょうど7年が経ったあの日。大森林を出て、外の世界を知りなさい。とタヒネは言った。そこに手掛かりがあるかもしれない。

 この住み慣れた森を離れるのは面倒だけど、仕方ないかなとトーマは思う。


「そんなに心配してもらわなくても、一人でもやっていけるよ」

 トーマはとても聡い子だ。それはタヒネも認めている。

 また、興味深いことに不死者の王(リッチー)であるタヒネから見ても、トーマは少しずれている。タヒネはそれがトーマの本質に由来するものだと考え、あえて修正せずに育ててきた。

 外の世界に触れれば、聡いトーマはたちまち慣れて、その本質が隠れてしまうだろう。それでタヒネはこの年になるまでトーマを外に出さなかった。


「トーマがやっていけても私が暇になるの!

 それにその考えは甘いよ。トーマ。今のトーマは基礎能力だけはそこそこあるけど、経験がまるでない。格下(リッチー)雑魚(ドラゴン)にも苦戦するからね」

(それは、戦闘訓練なんかしたことがないからね。この家には、剣も槍も弓も何1つないんだから、訓練のしようもなかったじゃないか)

 タヒネの苦言に心の中で毒づくトーマ。言い返しても言い負かされるだけなのはこの数年で学習している。


 そもそもタヒネにはトーマを手放すつもりがない。

魂とは何か?それは数ある謎の中で不死者の王(リッチー)であるタヒネが最も答えを知りたい謎だ。数百年、数千年の渡って考え続けても、なお謎として君臨する強大な謎。


 そこに降って湧いたのがトーマだ。

 タヒネは数千年振りに心躍る日々を送っている。手放せるはずがなかった。


 しかし、人々にとって死の象徴である不死者の王(リッチー)が外の世界でトーマと一緒に過ごすことはできない。

 けれど、このまま大森林の中という特殊な環境に閉じ込めていては、トーマ自身にこれ以上の変化が望めない。外の世界に触れるべきだ。それがトーマのためにもなり、すなわちタヒネのためにもなる。

 そしてタヒネにはトーマに起こる変化を、どのような細やかなものであれ見逃すことはできなかった。

 そこでタヒネは、トーマの中に入ることにした。


 タヒネが目を付けたのはトーマが魂を刈り取った生き物の生命力を吸収しているという一点だ。トーマに自らの魂を刈り取ってもらい、生命力を吸収してもらう。

 それだとタヒネの魂は消失してしまう。ここでタヒネの魔法の出番である。生命力と一緒に魂もトーマに吸収してもらおうという計画だ。


 トーマを拾った時から、計画的に準備してきた魔法だ。

 魔法は予定通り完成した。

 タヒネは期待に胸を膨らませる。



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